宵闇の妖怪、ルーミアは最近酷く悩んでいた。
気になって仕方がない存在が出来たからだ。
それは人間だった。人食い妖怪である彼女にとって、人間とは食料に他ならない。

だが、その男、○○は別だった。

その日、久し振りに出会った獲物を、ルーミアは遂に食べる事が出来なかった。
里に中途半端に近かった事と、そう遠くない上空で巫女と白黒とパパラッチが空中戦をしてたからだ。
ひょっとして人間が襲われてると気付かれたら、巫女に退治されるかもしれない。

そう思って手を出すに出せなかった彼女に、○○は話しかけて来た。
妖怪の危険性をあまり認知してないのか、○○はルーミアに対しても気さくだった。
ルーミアの方も最初は身構えていたが、その内○○の話にそーなのかーと相槌を打つようになった。

○○は優しかったし、いろんな面白い話を知っていた。
何時しか、○○とルーミアは世間話を楽しむ間柄になっていた。

だが、それはルーミアにとって楽しみと同時に本能との闘いにもなった。
幾ら親しげにしても、彼女にとって人間は食料であり狩るべき対象だ。
無防備で魔力も霊力も無い○○は、彼女が爪を一振りすれば絶命するだろう。
表面上は楽しく話せても、彼女が時折心の底で顔をもたげる食欲という本能を押さえ込むのに、どれだけの労力を労した事か。

○○ともっと話したい、もっと一緒に居たい。
○○を食べたい。肉の一欠片から血の一滴まで独占したい。

好意と本能がごちゃ混ぜになり、ますますルーミアは○○に対する関心と執着を深めていく。
最近はよく長屋に忍び込んで、○○の様子を一晩中監視するのが趣味になった。
○○の様子を伺う度にルーミアは、本能と好意と執着の板挟みになった。
いっそ、○○の部屋に躍り込み、○○を喰らい尽くそうと何度考えた事だろうか。
考えに耽るがあまり、別の部屋に住む男の元へ夜這いに来た里の守護者と鉢合わせになり吹っ飛ばされたりもした。
何故か長屋に住み着いていた土着神の放った、得体の知れない祟り神に一晩中追いかけ回されもした。

そしてルーミアの限界は臨界点に達した。
これ以上は我慢できない。それが本能であろうが、○○に対する歪んだ好意であろうが。
兎に角発散しないと、○○もルーミア自身もどうなるか解らない。

(……そうだ、○○と同じ、外来人を食べよう!)

自宅で何日も悶絶していたルーミアの頭に、唐突に浮かんだ考え。
それは代償行為という奴だろう。○○の代わりに、○○と同じ場所からやって来た人間を食べる。
精神的安定を図る為の自慰行為に近いものであったが、救いを得れるかも知れないと考えたルーミアは止まらない。
早速、○○と同じ長屋に住む外来人達を狙う事にした。

存外、そのチャンスは早く来た。
長屋に住む外来人には、何故か強力な妖怪や能力者と知り合いになっている者が多い。
纏め役に至っては、外界から渡ってきたマレビトの一柱を妻としていた。
迂闊に近付けばルーミア程度あっさりと退治されそうな面子だった。
しかし、チャンスというものは意外に転がり込んでくるものである。
1人でノコノコと出歩き、迷いの竹林で竹を採取している男をルーミアは捕捉したのだった。

竹林は朱に染まった。ガツガツと何かを喰らう音が響き渡る。
ルーミアは、その男を頭から爪先まで一切残さず喰らい尽くした。
だが、頭は最後まで食べなかった。ルーミアの目には、何故か○○の顔に見えたからだ。

(これ、凄く良い! ○○を食べてるんじゃないのに、まるで○○を食べてるみたい!!)

歪んだ愛情と変質した妄執が為せたのかは解らない。
ただ、ルーミアはパンパンに膨らんだ腹と、充実感に満たされていた。
これで暫くは、○○と今まで通りに付き合えそうな気がする。
これはこれで楽しいので、定期的に外来人を食べよう。
歪んだ笑みを浮かべて、先程より膨らんだ腹をルーミアは満足げに撫でた。

(……あれっ?)

そう、先程より膨らんだ腹は、また膨らんできた。
流石に異常だと思い、ルーミアが慌てた瞬間彼女の中からそれは聞こえて来た。


―――いいのかいホイホイ人食いなんかして。


何か、自分の下半身で、激痛と共に破滅的な音が聞こえたような気がした。


―――俺は妖怪の腹ン中でも構わず蘇生しちまう蓬莱人なんだぜ?


「そ、そうなのか、アッー!!」



それから暫くの間、ルーミアは○○の前に姿を現さなかったという。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年08月27日 15:01