霊夢/5スレ/11 13
今日も母様からのお教えとお務めが終わり、八雲様のお屋敷へと帰る。
母様は「もうじき、あなたに博麗の巫女を継がせるわ」と仰っていた。
でも、母様は私とは一緒に住まないという。
山奥に作っているという分社に移り、私に博麗の巫女のお役目を任せて引退すると仰った。
言うだけ言って、母様は席を立ち社務所の奥へと入ってしまった。
私に出来る事は、礼儀に従い頭を下げて見送るだけ。
母様は、ずっと昔からそうだった。
私が物心付いてから、ずっと住んでいるのは八雲様のお屋敷。
母様と私の接点は祭儀と博麗の巫女としてのお務め。それだけ。
遊び相手は橙、教師は藍様、後見人はこの郷の管理者である八雲様。
母様と顔を初めて合わせたのは、五歳になり、本格的に巫女としての修練を積む為に博麗神社へ赴いた時。
その頃から徹頭徹尾、母様の私に対する態度は変わってはいない。
八雲様は、決して「指摘してはならない、すれば例え実の娘でも殺される」と前置きした上でこう仰った。
母様は、心を病ませてしまっていると。
故に、私を遠ざけているのだと。
確かにそうかもしれない。
私がこの世に生を受けた頃から、母様は神社で宴会を開かなくなったという。
時折起きる異変を収める時以外は、殆ど神社に篭もり人付き合いが無くなったと
魔理沙様からも聞いた事がある。
そしてそれは、実の娘である筈の私も同じだった。
赤子の頃に、私は八雲家へと移され、そこで育てられた。
母様は、何で私を遠ざけるのだろうかと子供の頃何時も思い、10歳頃まではこっそり泣いていた。
母様は、外来の人に恋し、私を身籠もったという。
しかし、その人は母様が身籠もった前後に外の世界へ戻り、母様がずっと待っているのに戻って来ないという。
私はその辺で大まか事情を理解している。
考えたくはないが、私は母様を裏切って戻って来なかった外来人との間に出来た子供。
だから、母様は私を遠ざけているのでは無いのかと。
愛していたのに、自分を裏切り子供を産ませておいて去っていった存在との繋がりだから。
今日も結界の修繕方法の教授と祭事の稽古が終わると、八雲様への言付けを残して奥へ入ってしまった。
最近は、分社への引っ越しに忙しいらしい。
場所は教えて貰ってはいるが、入り口からの立ち入りは禁じられている。
分社の中がどうなっているのか知りたくはある。
ここ数ヶ月間、母様は私への引き継ぎと分社への引っ越しに忙しい。
何故、ただの引っ越しにそこまで忙しいのかは解らない。
神社の施設や境内や龍脈、結界を動かす訳でもない。
ただ、母様が住まいを分社という隠居先に変えるだけなのに。
それを母様はたった1人でやっている。
他言は禁じられたし、詮索も禁じられた。
私は黙って母様に従うだけだ。
母様は、禁を破った場合、私を決して許さないだろうから。
そして数ヶ月後に、私は母様から博麗の巫女としてのお役目を継いだ。
そして母様は分社へと入り、二度と博麗神社に戻る事は無かった。
私が博麗神社を継いでから、徐々に人や妖怪が訪れるようになった。
魔理沙様やレミリア様も昔を懐かしむように、偶に訪れては昔の話をしてくださっている。
母様が面倒くさがってやらなかった参道の整備を行ってからは、偶にではあるが参拝客の人が訪れるようになった。
母様が私を産んでから十数年、母様はずっと近付きがたい空気と結界を張り巡らしていたという。
それでも尚出入りしたのは八雲様と私、
魔理沙様ぐらいだ。
「いや~、久し振りに和らいだ感じになったよ。ここ暫くは酒を飲みながら寛げる雰囲気じゃなかったからね」
そんな事を言ったのは、十数年振りに行われた宴会で萃香様が仰った言葉だ。
この神社に過去訪れた人々がそう仰るのであれば、母様は真実精神を病んでいたのだろう。
……これからは、私が頑張って神社を盛り上げないといけない。
博麗の巫女として、頑張らないと。心を病ませてしまった母様の代わりに。
……最近、面白くない事が起きている。
一ヶ月前に、神社の近くで結界の綻びが発生した。
直ぐに補修を終えたところ、下級の妖怪に襲われている男の人が居たので助けた。
……その人は、外来の人だった。
恐らくは、結界の綻びから迷い込んで来たのだろう。
私は外来の人は嫌いだ。男の人だったら尚更嫌いだ。
母様を独りにして、心を歪ませてしまった外来人が嫌いだ。
直ぐさま送り返そうとしたけど、本人に拒否されてしまった。
彼が言うには外の世界で全てを喪って絶望し、悲嘆のあまり森の中を彷徨っていたら此処に流れ着いたのだという。
兎も角、神社で彼を預かる気にはならない。
帰るつもりもないのなら、ここに居る理由はない。
慧音様に連絡し、人里に引き取って貰った。後の事は私の知った事ではない。
…………その筈だった。
「また貴方ですか。何をしに来たのです?」
「いや、こんな広い神社だと掃除とか大変だろ? 僕でなら少し手伝えるかなって」
「私独りで充分です。貴方に手伝って貰う謂われはありません。陽が高い間に山道から里へお帰りなさい」
私がそう言うと、外来人の青年は寂しそうな顔をして去っていってしまった。
慧音様が言うには、不幸をあまりにも一度に背負いすぎて心が折れてしまっただけであり悪い人ではない。
実際、最近は心身共に立ち直って里でも屈指の誠実な働き者になったという。
加えて心が優しいらしく、私に対しても助けて貰った恩を返したいと常々言っているらしい。
「だから、何だというのですか。私には関係ありません」
気持ちは分かったけれども、私としては拒絶したい。
母を傷付けて去っていった外来人の男。あの男も同じかも知れない。
そう考えると、あの人の人柄や行いを鑑みるよりも、反射的に拒絶してしまうのだった。
それからも、彼は数日おきにやって来た。
私の仕事を手伝おうとしたり、御茶やお菓子を持ってきたり。
最初は拒絶し続けていた私も、途中から根負けして少しではあるが手伝わせたり、お菓子などを受け取るようになった。
過去の記憶は相変わらず私に拒めと囁くが、確かに、彼は善人だった。
愛する家族を全て不条理な事件で失うような悲劇さえなければ、外の世界で穏やかに暮らす誰もが認める誠実な青年だったろう。
だからだろうか。
私はいつ頃か、彼が神社に尋ねてくるのが楽しみになっていた。
……その日、私は参道を人里に向かって低空で飛んでいた。
「今日は遅いですね。道草でもしているのでしょうか?」
何時もなら、○○がお菓子を持ってやってくる時間帯なのに、彼は来なかった。
参道周りには定期的に結界を張ってあるので、無差別に人を襲うような低級妖怪は近づけない。
道順さえ間違わなければ、無事に辿り着く筈。なのに、彼はいつもより一刻が過ぎても神社に来なかった。
「今度からは、私の方から迎えに行こうかな……あ?」
林に挟まれた参道の先に、○○が居た。
鼓動が僅かに高まり、思わず声を掛けようとして……声を上げかけた私は口を閉ざした。
○○は、確かに参道に居た。
参道の脇で、夜雀の脚を手にして包帯を巻いている○○の姿。
親しげに、優しい態度で夜雀の怪我をしたらしい脚を手当をしている○○。
ズクン。
何かが、私の中で蠢いた。
○○が、夜雀を助けているのが、何故か、言い難い、不愉快感を、感じた。
何故だろう、○○はその優しい性格な為、怪我をしている夜雀を助けただけなのだろう。
ただその筈なのに。なのに、なんでこうも不愉快なのだろう。
夜雀はなんで嬉しそうなんだろうか。助けて貰っただけなのに。
そんな頬を染めたりして、親しげに○○相手に囀っているのだろうか。
態度、仕草、話しかける声も挙動も、全て不愉快で目障りだった。
○○も、なんでそんな親しげなのだろうか。
手当は終わりかけているのに、なんで長引かせるような話をしているのだろうか。
夜雀なんかに直に触るなんて、 どうして。
私の手に手が触れた時は直ぐさま引っ込めた癖に。
バキン。
気が付くと、手にしていた御幣が真っ二つにへし折れていた。
こちらに気付いた○○が驚いた顔をしていた。
夜雀が酷く怯えた顔で私を見ていたが、それは別にどうでもいい。
「ねぇ、○○。そこで何をしているのですか?」
私は、ゆっくりと○○に対して歩き始めた。
「ねぇ、○○。なんで、そんな顔で私を見るんですか?」
私の中で、何かが軋んだような気がした。
終わり
感想
最終更新:2019年02月09日 18:25