○○は嘘を吐かない。
私は、そこに惹かれた。

○○は被害者だ。加害者は、たぶん紫。
また食料用だとか理由をつけて暇つぶしに人間を「輸入」したんだろう。外の世界から。
私がいつもみたいに神社の縁側で酒を飲んでまったりしているときに、いきなり空から落ちてきた。
それが○○。後に、外の世界では一人暮らしをしていた、と言っていた。
幻想郷では空から人が落ちてくるなんてことは日常茶飯事だが、興味を持った私は近づいて声をかけた。
「大丈夫かー?」と顔を覗き込んで話しかけると、○○は少し驚いたように目を見張って私に言った。
『・・・ちっちゃくて可愛い女の子だ』って。
私は一瞬呆気に取られてしまった。何を言い出すんだろう。
でも、嘘は言ってなかった。私は感じた。○○の本心からの言葉だと感じた。
それが、私と○○の出会い。よくわからない知り合い方をしたと思っている。
その後はここが幻想郷であるという事と、○○が迷い込んだということの説明。
そして霊夢に○○を紹介してやった。このくらいやれれば十分なはず。
○○は『かわいい女の子にこんなに良くされるなんていい夢だ』って私の方を見て、笑った。
また嘘は吐いてない。それに心からの笑顔。笑顔が少年みたいで、少し可愛い。
ロリコンなのかとも考えたがかわいそうなので言わなかった。

・・・認めたくはないが、今の人間は基本的に嘘を吐く生き物だ。
嘘を塗り重ねて、自分の身を必死に守って生きている。
そして私達鬼は嘘を嫌う。嘘を吐き続ける人間とは一定の距離を保ってきた。
それなのに○○は違った。○○は嘘を吐かない。
たぶん、○○は自分を偽らない、子供のような素直な心を持っていたんだろう。
それが私の興味を惹いたのだと思う。
あの時の事を、○○は『当初夢だと思った』と言っていた。
夢だと思ったのは、私も同じ。
こんなに素敵な人間が空から落ちてくるなんて、普通考える?
普通は鬼でも思わない。はず。

それから、神社に仮住まいさせてもらう事になった○○。
帰る手はずを整えるのは霊夢。○○には何時まで居ても構わない、と言っていた。
○○は申し訳無さそうに、また一方で喜んだように霊夢に礼を言っている。
そんな○○と私の距離は近づいていった。
ある時は○○と酒を飲んでみたい、と思う一心から人を萃めて宴会を起こしてやった。
霊夢には怒られたが○○はあまり酒に強くないという事を知れた事と、
酒に潰れた○○を介抱できたからよしとしよう。
私が慣れない膝枕なんかしてやろうと、縁側に腰掛けてぽんぽんとももの上を叩いてやると
○○はおずおずと私のももに頭を乗せた。
調子に乗って頭を撫でてやると、○○は『ありがとう』と一言呟いた。
体は私よりもずっと大きい○○がなんだか可愛くなって、なんだかずっと膝枕してあげたくなった。
だから酒を飲ませたら○○がさらに酔いつぶれて大変な事になった。霊夢にも怒られた。
また別の日は川に水浴びに誘った。○○は水着が必要だと言い、終始恥ずかしがっていたが私には関係なかった。
川の水が冷たくて気持ちよかったし、○○といっぱい遊ぶことができた。
あまり○○は私の方を見てくれなかったけど楽しかったに違いない。
次の日は『上手く寝付けなかった』と言っていた。○○は結構初心でかわいい。
あとは人里に連れて行ったり、妖怪の山を案内したりした。
旧都にも連れて行ったし、勇儀にも新しい友達だと紹介した。
○○は山の神社の巫女とはずいぶん会話が弾むみたい。なんだか悔しかった。
それでも楽しかったし、酒もおいしかったからよしとする。
○○と遊ぶのは楽しかった。
私の心に、何かが萃まるカンジがした。

私の心に何かが萃まる。それは、今までに感じたことのないもので、
温かくって心地よくて。
私の力だけじゃ萃められない、何か。
まだ、私にはよくわからなかった。

紫は逃げた。○○を幻想郷に連れてきておいて自分はいつも寝ている。
昨日も寝ていた。起きてる紫を最近見ていない。
なのに式が言うには、「起きた時はスキマで○○を観察して日々ニヤニヤしている」ときたもんだ。
趣味が悪い。

今じゃすっかり打ち解けて、こたつに入る時なんかには○○があぐらをかいて、その上に私が座るという形すらできあがっている。
その時に○○が私の髪をなでてくれたりすると、とても気持ちがいい。
晩酌なんか、○○との会話を肴に酒を飲んでると言ってもいいくらいだ。
寝るときなんてこっそり○○の布団にもぐりこんでも許してくれるし、何も言わない。
私は○○が好きだった。
最近になってはっきりとわかった。私は、○○が、好き。
ああ、私の心に萃まってきていたのは○○だったんだ。
○○が私の心に入り込み、私を中から変えてしまう。
○○で心が満たされていくことに私は喜びを感じていた。
人間だとか、鬼だとか、そんなものはどうでもいい。
男と、女と。それだけだった。
恋をすることなんて初めての経験かもしれない。
私は、○○に酔っていた。

○○の組んだ足の上に座って、私は言った。「○○、好きだよ」って。
いつもと変わらない口調で言った。けど、嘘なんて少しも混じっていない私の本心。
○○は、少し固まったが、『嬉しい』と言ってくれて、その後恥ずかしそうに『俺もだよ』と言ってくれた。嬉しかった。
嬉しくなって○○を正面から抱きしめるような形で突進した私を、○○は受け止めてくれた。痛そうだったけど。
私は○○の頬に口付けをする。突然のことに戸惑いつつも頬を赤らめる○○を、
今度は霧になって取り囲んでやる。○○より私の方が、もっと顔が赤くなってたから・・・
○○と私が一緒になったような、そんな気持ち。
○○のためなら、なんでもできそうな気持ちだった。心の中に○○が萃まる。
私の心は○○でいっぱいのはずなのに、それでもまだ○○を求め続けている。
好きな人と一緒に居れるのは幸せだった。

ある日○○はお昼を食べた後に軽く霊夢の手伝いをしたあと、どこかへ出かけていった。
○○が幻想郷に来てからはほとんど一緒の行動だったので、私は気になった。
霊夢に言いつけられた買出しなら、一緒について行くつもりだった。
○○がつないでくれる手は、大きくて温かい。手をつないで人里の人間達に見せ付けたいとも思っていた。
鳥居の外の階段を下ろうとしている○○に、私は霧になって近づいて、そして首に抱きついてどこへ行くのか尋ねる。
○○は、うまく答えてくれなかった。
語を濁して、目を合わせないで、適当にはぐらかされてしまった。
まるで、嘘をついてるみたいに・・・
気になった私は、気づかれないように、さっきより「疎」な霧になって○○を追いかけることにした。
いつもと変わらない足取りで歩く○○。だけどさっきから何かを気にしてるみたいで落ち着かなくて。
そうしている間に○○はいきなり消えた。
いや、消えたのではなかった。さっきまで○○が居た場所にあったのは暗い色をした隙間。
紫か・・・

私は見てしまった。
○○と紫は愛し合っていた。それも、私が感じているような事ではなく、もっと肉体的な、直接的な意味で・・・
激しく、そして互いを愛おしく貪る様に。感じあっていた。
そもそも○○を呼び出したのは紫。それが、ああこんな事だったなんて。
○○は紫に呼び出されたから、いや違う。もっと前に合っていたんだ。
紫ならば隙間を通じてコンタクトを取ることも容易い。ただ簡単な事、
○○は私の知らない所で紫と会っていた。それだけだった。
紫にとってはこれも暇つぶしのうち。好みの人間を外から連れてきた、それだけ。
私がそんなことを考える間にも、紫は普段からはあまり想像もつかないような甘い声を上げて、
○○はそれに答えるように腰を動かす。
私の顔は赤くなってしまっているだろう。見ていたくなかった。
後悔もした。軽い気持ちで○○を追ってしまって見たくないものを見てしまった。
私の心に萃まった○○は、もういない。
それも全部、紫の方へ移ってしまったのだとでも言うのか。
その代わりに、別の物が萃まる。
黒くて、重くて、終わりのない何かが私の中に、萃まる。
私は内側から、この得体の知れない感情にやられてしまいそうだった。
とりあえず、手土産として持ってきた、一緒に飲むつもりだった酒を地面に投げつけ、私は一目散に霧になってその場を逃げる。
私に好きだと言ってくれたのは嘘だったのだろうか。
嘘・・・○○は私には嘘をつかないと思っていた。
私の勘違い?
そうじゃない、○○はそんな人じゃない。
私の大好きな○○は決して嘘なんてつかなくて・・・

わかった。○○ったら素直になれないでいるだけなんだ。
ただそれだけのことなんだ。私は安心した。
○○に素直になってもらわないと。
私に対して素直な気持ちをぶつけてくれるようにしないと。
そうすれば、私も○○に思いを伝えられる。二人で幸せになるんだ。

そう思ったら私の行動は早かった。
紫との事後に、何食わぬ顔で歩いて神社まで戻ってきた○○を、私はひっつかみ、空を飛ぶ。

ここはどこだかなんてどうでもいい。
妖怪の山を超えてもっと行った、どこか。
空の色もだいぶ濁り、心なしか私の心境を表しているようにも見える。
私は、場所を決めると、傷つかないようにゆっくりと○○を降ろす。
気を失わせた○○を私の鎖で木の幹に縛り付ける。
そして、大好きな○○の手を取る。
大きくて温かくて、撫でてくれると嬉しい○○の手。
わたしのよりずっと大きな手。その手を引き寄せると、私はその一本の指を取り、
握った。

○○の指は、暗い朝に積もった初雪を踏んだときのような軽い音をして形を変える。
もっと力を込めると、こんどは熟れたトマトが口の中で弾けたよう。
形が変わるどころじゃない。○○の人差し指はなくなってしまった。
痛みで気を取り戻した○○は、獣のような大きな叫び声をあげる。
身体をよじっても鎖のせいで身動きができないことを悟ると、○○はさらに顔を青ざめさせて叫び続ける。
そんな○○を私は制して、口付けをする。
今度は頬にじゃなくて、口に。
愛する人同士って、こうするんだよね。
○○は私の顔を見ると、今度は信じられないという顔つきで言葉を漏らし始める。
嫌だ、とか。
痛いだとかやめてほしいだとか。
こんなことをする私なんて嫌いだ、とか。
嘘。
そんなの嘘に決まっている。
○○は素直になれないんだよね?私にはわかる。
○○の事だったら何でもわかるもん。
○○は私が好き。
紫なんて知らないよね?騙されていただけだもん。
○○には私しか見えてない。もちろん私にだって・・・
なのに、ねえ○○。
私が欲しいのはそんな言葉じゃない。
○○に好きだと言って欲しい。
それだけでいい。嘘を吐かないで・・・
素直に私を好きだと言って欲しい。ただ、それだけ。
だから○○を素直にさせるために、今度は中指を手に取って、力を込めた。

私達の気配を「疎」にしてある。
霧になって空気中に分散させるのと同じ要領だ。これも私の力。
だから私達は誰からも悟られることはない。

わかったことがある。紫との行為を見てしまった後、私の心に萃まった、何か。
あれは、愛。あの黒くて汚く渦巻くものが愛。
私はそれを理解した。○○を誰にも渡したくない。
○○には私だけを考えていて欲しい。そう感じた、この感情が、愛。
私は、愛を理解し、○○に向ける。
○○も、私の愛にこたえるはず・・・だよね?

・・・もう○○の指は、全て無くなってしまった。
○○はただ泣いて、私に謝り続けている。
もう、私が聞きたいのはそんな言葉じゃないのに。
ちゃんと私の目を見て、好きって言って?
嘘をつかないで、心から私のことを、好きって・・・
じゃないと、ねえ○○、
まだ、やめてあげないからね?















萃香に狂おしいほど愛されたい 終
最終更新:2010年08月27日 20:02