あらすじを述べるとすれば、
幻想じゃないと生きられないような能力を持っていたとかで、
よくあるタイトル聞いても「ああ、あれ」くらいとしか答えられないようなラノベの如く、
綺麗なおねーさんに拉致られて幻想入りした訳で。
ところでその能力が何かと聞いてみると、
「えーと・・・・・・ゆっくりする能力?」
どうしよう晴れて二次元の住人なのにちっとも嬉しくねえ。

しかしまあ、確かに拉致られた分幻想郷で生活するのは楽だった。
「ゆっくり」と呼ばれる生饅頭の事はネットとか某大型画像掲示板で知っていたし、
割と田畑を荒らしたりな害獣的な側面(という設定を持つ)事もしっていた。
そして八雲嬢から告げられた「ゆっくりする程度の能力」。
周囲の諍いを鎮め、またゆっくりに最大の安息をもたらす力。
そこで自分は里長から案山子としての仕事を託された。
里の畑から少し離れた所に家を構え、ゆっくりを惹きつける。
彼女?らからすると「ごはんをたべるよりおにーさんのそばにいるほうがゆっくりできるよ!」
との事で、
噂が広まったのか家の周りにゆっくりはどんどん増えていった。
こうして自分は楽して報酬を受け取って生活するという、
永遠亭の姫君もびっくりなネオニート生活を手に入れたのです。
めでたしめでたし。






阿求と会ったのは次の年の正月の事だった。

稗田家は毎年里の有力者を招いて新年の祝事をするらしいが、
正直里の外れと森とを行ったり来たりな自分は入るのが初めてで、
まず何よりも、入ってすぐに周囲に漂う異臭に鼻をヒクつかせた。
長らく嗅いだ覚えは無いが、
香の様な安らかさも、はたまた女性の淫靡さも感じさせない、
糖類の甘ったるい臭い。
まだ幻想郷に来たばかりの頃。
能力の及ばなかったゆっくりが畑で蟻に集られていて、
ああ、そうだ、これは・・・・・・
潰れたゆっくりからする臭いだ、それも、
臭いの元が明らかで、まるで目に見えるようだ。
はっきりと離れから臭いが漂ってくる。
同行した面々はそれに気づいて無いのか、無視しているのか、
家主の案内に従って広間へと黙って入って行った。
「お待ちしておりました」
求聞史記に目を通した事があったが、
文章のイメージ通りの、華奢で、年相応な性格らしくない可憐な少女だった。
そういえば、招待状を渡しに来た天狗の曰く、
自分を招待したのは彼女の意向だったか。

大人だらけの宴会、
こんな時、外の世界だと子供が横でひっそりゲームができるように、
ジュースの一杯でも用意するものだけど、生憎ここは幻想郷、
そんなものはない。
15過ぎれば元服と言ったところで下戸に変わりは無い。
要は暇なのだ。
しばらくして阿求が「抜け出しませんか」と聞いてきて。
恐らくお互いに、それが本題なんだろうという事で彼女の部屋に行く事にした。

阿求の部屋は、あの離れだった。

入ってすぐに、彼女の後ろで自分は顔をしかめた。
この部屋は明らかにおかしい。
壁は黄ばんだ白さと黒ずみで汚れており、
床に敷かれた畳はまだら模様のようになっている。
そしてあの異臭が、何故か全くしない。
代わりに伝わってくるのは悪寒。
しかしそれも、
得体の知れない物に対する恐怖から来ているのか、
それとも何らかの危機を第六感が感じ取っているのかは分からなかった。

「さて」
部屋に気を取られていて一瞬驚く。
阿求は真新しい巻物を一枚広げていた。
「何でここに呼ばれたのか、大体分かってますかね?」
声は少し震えていた。
何で、
ああ、呼ばれた理由ではなくて。
「はい」
何故彼女が、震える必要なんかあるんだ。
「とりあえず、いくつかの質問するので、
適当に答えてくださいね」
男が苦手?
馬鹿を言うな、転生の記憶があるなら子供一人の何が怖い。
「はぁ」
気の抜けた返事で返したものの、内心では彼女への不信感が募っていた。
しかし、
「・・・・・・適当とは言いましたけど、
 いい加減な事を書いてしまうのは私が許しません、わかってくれますね」
すっと姿勢を崩して、擦り寄って、顔を近づけて。
甘い髪の香りに怯んだのは自分で、
ほら、耐性が無いのは自分なんだから、
きっとさっきからの不信感は気のせいなんだろう。

ところで、
自分の能力について阿求が、深く言及するでもなく「素敵ですね」と言ったのが不思議だった。
妖怪も吸血鬼も亡霊も、
「応用が利かない能力って大変ね」と評価していたのに、
謙遜じゃなしに、
「ああ、ゆっくりが好きなの?」
「ええ、とても」
その時だけ、
彼女の見せた表情には自分の知らない感情が浮かんでおり、
何か、体はそれを警戒した。



Re: ゆっくり病んでいってね! 逆襲のAQN - ジョバンニ


むやみに人を警戒させる気がする割には、
阿求は女の子らしい女の子で、
出会って何週間か経った頃には、違和感こそあれど不思議な警戒心はなくなった。

ところで、阿求の部屋、潰れた饅頭からするはずの餡の臭いが全くしない事が謎だったが、
彼女に聞いてみた所理由を快く答えてくれた。
「・・・蟻が嫌いなんですよ」
「蟻?」
「ええ、虫の類はどうしてもね・・・」
そう言って阿求は自分の眉を指さした。
ああ、なるほど。
菓子に集る蟻だとか、やはりそう言ったグロテスクな物は見たくない。
ましてやそう言ったものが即座にフラッシュバック出来る阿求なら尚更の事か。
「え、でも、ゆっくりは別なん?」
「え?ああ、あれはね・・・別なんですよ・・・」
なんだか悲しそうに、遠くを見ていた。




そして、
粘膜の作り出す幻想は、次第に頭まで侵し始めるようで、
僕は阿求が言った言葉の意味を、一瞬噛み締める事が出来なかった。
「は・・・・・・?」
「・・・何度も言わせないで下さい」
彼女は何度も転生して、何度も飽きられずに運命を過ごして来て、
さも外の世界の人間みたいな無常観を持っていて、
それが、長い付き合いの元だったのに、
「貴方の事が、好きです」
視線は少し外を向いていて。
―――彼女は自分から、関係を壊しに来た。

阿求の寿命は短い事は知ってるから、
彼女も僕も、その言葉の重さを分かっている。
だったらむしろ、さ。

自分は一人目じゃないんだ。

誰かの愛の上に、
それによって生まれた阿求の先代の後ろに立ってるんだ。
何となくそんな負い目を感じた。
「ねえ、○○。
 八雲の妖怪とか、永遠亭の姫君とか、後は烏天狗もかなぁ、
 彼女達や、私が怖い物が一個だけあるんです、わかりますか?」
「・・・負い目を、感じられる事?」
阿求は悲しそうに笑ってそれを拒絶した。
いや、首を振って、悲しむ自分こそ否定した。
そしてにっこりと笑って、懐にまで入り込んで。
「いえ・・・違います。
 そんな繊細な生き方、私には出来ません。
 答えはですね、○○さん、飽きる事です」
懇ろな中と言っても急に近寄られると驚いてしまう。
後ろに下がった僕に、阿求は馬乗りになるように前傾する。
「貴方は、一緒に居て飽きません」
「・・・気持ちはわかるけど、ちょっと自己中心的すぎやしないかい?」
「ええ、だってそのぐらいじゃないと・・・・・・」
すっと阿求が起き上がり、
直後、足に何かを嵌められた。
「愛してもらえませんから」
「え・・・・・・?」
足枷だった。
拷問部屋じみた内装になったこの部屋で、
こんな物を付けられたらそれこそ自らの生死を疑う所だが、
現実は不思議と冷静な物で、
「ああ、じゃあ」

「ゆっくりも飽きないんだ?」
虚勢を張って、
こんな事をされても何とも思わないよと。
彼女を受け入れてるつもりだった。

その言葉が引き金になるとは思わなかった。

頭に強い衝撃が走り、
甲高い音が脳内に響くようで、
何かで殴られて、転んだ事に一瞬気づかなかった。
「ええ、本当に似てますから、○○さんは、あれに」
多分、そう言った。
すこしだけ呻いた後、下手に声を上げた方が危ういと悟った。
「ですから、こうやって」
かちゃりと、今度は音がして、両手にも枷を繋げられた。
「這いずる事しか出来なくしたらそっくりですよ?」
「あ、阿求、何で・・・」
「もっとマシな質問は出来ないんですか?出来ませんよねぇ饅頭頭じゃあ」
腹を蹴って転がす。
分からない、
転がされた拍子に阿求の顔を見ると、今までに無い程に恍惚としていた。
「はぁ・・・・・・○○さん、楽しくて息が詰まってきます。
 まあ、○○さんが私と一緒に暮らしてくれるならこんな事はしなくて済むんですけどね。
 貴方がいれば饅頭は本物がいくらでも手に入りますし」
「はは・・・この変態が!」
阿求はにぃと笑って、
無理やり唇を奪い、舌を引きずり出して、
・・・そのまま噛み千切った。
背を海老反らして逃げた為千切られこそしなかったが、
口の中にはじんわりと鉄の味が広がっている。
「悪いお口ですね」
そういって、自分の口の周りに付いた僕の血が混じった唾液を舐め取った。
「ああ、確か貴方・・・・・・外の世界だと中々無為な人生を送ってましたよね。
 仕事もせずに学業もせずに、跡継ぎを作るでもない、
 私より寿命が長いって言っても、流石に無駄すぎると思いません?」
「だったら何だ、お前が・・・・・・」
「ええ、私が、貴方の人生を素敵にしてあげます。
 女を教えてあげます、時間の短さを教えてあげます。
 何もかも思い通りになって何も出来ないクソみたいな運命を送って欲しいんですよ、貴方に」



「ここで誰にも見つからないまま、自ら生活できる饅頭以下の生物として、
 唯一世話をする私と運命を共にする、素敵じゃないですか。
 だって、生物以下ですよ?生活できない分ゆっくりにも劣ります。
 惨めで、卑しくて、汚い私だけの○○さん、素敵ですよ?」
駄目だ、こいつ、狂ってる。
「ええ、飽きないんですよ、ゆっくりは。
 儚くて、脆くて、自由に未来を閉ざす事が出来てそれに気づかない。
 羨ましいですよ・・・何度も何度も同じプロセスを踏ませられる私からすれば」
阿求は懐から、剃刀と注射器を取り出す。
「所で○○さん、薬で動けなくなるのと剃刀で腱を切られるのはどちらが良いですか?
 ああ、好きなだけ悩んで良いですよ、どうせもう逃げられませんし。
 だってこれ、貴方の人生で最後の自由になるんですから?」
激痛からくる耳鳴りはそこで消えて、時が止まった様な感覚がした。
いや、むしろ静寂の数秒は本当に時が止まっていたのかもしれない。
その言葉の意味を理解して表情が一瞬動いた瞬間、
「さあ」
恍惚は消えていて、
容易に想像できる、かつては妖精に、近くはゆっくりに向けられていたであろう好奇心に満ちた笑顔を向けた。

「・・・薬で」

「分かりました。
 じゃあ○○さん、もう人間には戻れませんからね?
 私が、人としての尊厳を全部犯してあげますから、
 生きてる事を辛く、幸せにしてあげます、大好きです、○○さん」
注射針から入る冷たい液が血管に広がる。
腕が冷えていくような感覚と共に視界は暗く落ちる。
せめて、最後に、自分を、覚えて、
「駄目です」
頭を両手で抱えられ、視界に最後に入った物は、
恍惚に染まった阿求の表情だった。




とてもゆっくりできる場所、
ゆっくりプレイスとは違うどこか。
繁殖すら生温いその安息の地は突如として消え去り、
ゆっくり達の記憶からもあっという間に消えていった。
里の田畑の被害は再び増えてしまい、人々は対策に追われる日々となった。

ただ、
「絶対にゆっくり出来ない場所」
そんな記憶がそれらゆっくりの記憶からいつの間にか消え去っていた事に気づく者は居なかった。

少なくともそこは、
誰かにとって最も安息する場所になったのだから。


>>ジョバンニ氏

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最終更新:2010年09月03日 09:39