ごめんなさい
ごめんなさい、○○
私は総領娘様よりも、ずっと悪い妖怪なのかもしれません
「……あのさ……衣玖」
些細な切欠で生みだされた、気まずい雰囲気。
彼女との間に流れるソレは、言葉を阻害し、視線を逸らさせる。
俺は、謝ろうとしていた。
あんな事、冗談でも……言わなければ良かったと。
(俺は、きっと衣玖よりも早く死んでしまうけど……)
気がかりだった。
彼女と結ばれたその時も、その事が頭から離れずに。
俺は告白し、受け入れて貰えたその後で――
その言葉を口にして、しまった
「○○さん」
彼女の声で、我に返る。
「衣玖……」
かける言葉が見つからず、名前を呼ぶ事しか出来ない。
「……」
衣玖は黙って自分の後ろに寄りそうと、抱きしめる様に腕を回し――
「ごめんなさい」
そう、謝った。
「違う!悪いのは俺の……」
「でも、それを真に受けたのは私ですから。
貴方に心惹かれ、全て捧げた瞬間から……覚悟しておくべきだったんです」
俺の問答を許さずに、衣玖は謝罪を続けた。
「だから」
そうして、衣玖は腕を遠ざけると、自分から後ずさり――
「……ご飯にしましょうか、○○。
今日の料理は謝罪の意も込めて作ったんです。
それでまた、何時もみたいに笑って過ごせる生活に戻りましょう?
私は……貴方を失いたくないんです。だから」
悲痛さを、堪えるかのような表情をしていた。
鍋を持って、食卓に乗せると、そこには肉じゃが。
自分が何も答えずとも、食事の支度を整え、椅子に座り微笑んだ。
「さあどうぞ。好きなだけ食べて下さいね」
「あ、あぁ」
……。
彼女の持つ、柔らかな空気に流されるまま。
自分は頷いて、微笑み返す。
衣玖の優しさに甘えてばかりの自分に、胸が、痛んだ。
「……ん?」
「どうか、されましたか」
「あ、いや……この肉じゃが、何時もと違うんだなって。
油っぽくないし、臭みも無い。今まで食べた事も無い位、美味しいよ」
「そ、そうですか?冗談だったら怒りますよ」
「冗談で言ったら、この料理に失礼だよ。
本当にありがとう、衣玖。腕によりをかけてくれたんだね?」
「いえ」
「え?」
「かけたのは腕ではなくて
――私 の お 肉 で す――」
じわり、と。
衣玖の腹部から、血が滲んだ。
どうやら、服の色と形で紛らわすようにして、自分に隠していたらしい。
食べていた肉の正体を知った自分にが催したのは、吐き気でも、怖気とも、違った。
「何で、こんな事をッ……!!」
衣玖の傍により、体を支える。
けど、彼女は光の無いその目で、微笑んだまま。
「……知ってますか?人魚の肉って、不老長寿の効果があるらしいんですよ……」
服の血の色が、更に拡がってゆく。
「もういい!喋るなっ。今、医者……いや、あの薬師さんを……」
「竜宮の使い、ですから……もしかしたら、少しはあるかもって……ね。
そうでなくとも、妖怪の肉なら……可能性……ありえなくはないでしょう?」
「衣玖!!」
「……大丈夫ですよ?貴方を置いて、死ぬ訳が、ないじゃないですか……
私は、空気の読める、女、ですし……
……だから。置いていかないで……
私を……衣玖を……置いていかないで……下さい……」
ストン、と手から力が抜け落ちて。
「い、衣玖?」
彼女は……
穏やかな顔で。
自分の手を握りながら、眠りに落ちていった――
「……ねぇ、それでどうなったのよ?」
「秘密です」
「此処まで話しておいてそれ?私待つのは好きだけど、じらされるのはあんまりねえ」
「何の話ですか。
まぁ、そうですね……総領娘様が大人になったら、全て御話致しますよ」
「でも衣玖、あんたが生きてるんなら特に話す様な事も無いんじゃない?
一体何が話せないってのよ」
そうして衣玖は微笑んで、こう言った。
「さぁ、どう言う事でしょうね……
妖怪となった彼が、私に肉を分け与え、それで私が蘇ったとか。
魔法使いになった彼が、禁忌を犯して以下同文、とかでしょうか。
勿論そのまま、私がただ単純に、生きてたって話かもしれませんよ」
「……はぁ。まぁ何にせよ、結局話す気は無いって事か」
「そのようです」
「でも」
「私が今此処に居るのは、彼が私を置いていかなかったから」
青い空を見上げるようにして、衣玖は言った。
最終更新:2010年08月29日 03:48