恋人のミスティアが大怪我をして帰ってきた。
屋台の材料を集めに来ていた所を何者かに襲われ、なんとか家に帰り着いたものの傷は深く
家から一歩も動けない状態になった。
「大丈夫か!?ミスティア」
「あはは…ドジ踏んじゃった」
「何でこんな事に…なあミスティア、犯人の顔は見ていないのか」
「…ごめんね、○○。それは言えない」
「!?……なんでだよ?」
「○○の事だから絶対犯人を探そうとするでしょ?でもね、○○は人間なんだよ。」
痛みに苦しみながらも真剣な目を○○に向け、ミスティアは言葉を続ける。
「幻想郷の巫女や魔法使いみたいに空も飛べないし弾幕も撃てない、ただの人間、それが○○でしょ」
「で…でも、工夫すればなんとか…」
「取り返しのつかない怪我をしたらどうするの?私には○○の身に何かあった方が耐えられない」
ミスティアの言葉は辛辣だが全て事実であった。
「……確かにそうかもしれないな。わかった、犯人は捜さない、約束する」
「○○……ありがとう」
「礼なんか必要ないさ、可愛い未来の嫁さんの願いを聞かないほうが野暮ってもんだ」
「…………うん」
顔色は相変わらず優れなかったが、それでも頬を染めたミスティアの顔は喜びに満ちていた。
外来人の○○とミスティアの出会いは、○○が幻想郷に迷い込んだ直後、直前に弾幕勝負に負けて川に落ち
溺れていたミスティアを○○が助けた事が始まりだった。
その事がきっかけでミスティアの屋台に出入りするようになり、そのうちに最初は普通の客として、
次に常連として、そしていつの間にか店の手伝いをする様になり
いつしか、二人は将来を誓い合う仲になっていた。
器用で調理や掃除をてきぱきとこなせるが所々間が抜けてるミスティアと、
不器用で単純だが根元の所は意外としっかりしている○○は、お似合いのカップルだった。
結婚しないのか?と常連の客に聞かれることは度々あったが、そんな時返ってくる答えは
「いやー本当はすぐ結婚したいんですけどねー」
「結婚するのはもう少し余裕が出来てから、って二人で決めたんです」
「結婚したら子供も欲しくなるだろうし、歯止めが利かなくなりそうなんでw」
「もう、○○ったら…でも私も子供は欲しいんですよ。ただ…」
ミスティアの言葉を○○が継ぐ
「ただ、子供が出来たら暫くはそっちに掛かりっきりになりますからね。せめて俺が焼きまで覚えるか余裕が出来てからじゃないと」
なるほどそれならば、と事情を知った客は普段よりほんの少し多く杯を重ね、ささやかながら売り上げに貢献し、
元々○○が外の世界の人間だったと言う事もあってか、妖怪は勿論人間からも二人の婚約に反対の声は上がらなかった。
もっともその理由は、結婚が旨く行けば妖怪を一匹無害化する事が出来、仮に旨く行かなくなって喰われてしまったとしても
里にはなんの被害も無いので痛くも痒くも無いという打算的な理由だったかもしれない。
しかし、形はどうあれ二人の仲を邪魔する者は無く、また喧嘩も浮気も一切無い為、
二人の結婚が旨く行くことを疑う者は一人も居なかった。
今は余裕が無くて結婚出来ないと言う話だが、誠実に商売を続け、
互いの欠点をフォローしあう二人なら結婚もそう遠い話ではないだろう。
ミスティアが重傷を負ったのはそう思われていた矢先の出来事だった。
「出来たぞ、ミスティア、火傷しないように注意しろよ」
「○○、ごめんね、普段なら私が作る日なのに」
「気にするなよ、こんな時なんだしもっと頼っても構わないんだぜ」
「ありがとう○○…大好き」
「へへっ、照れるぜ……ミスティア、傷だってきっとすぐ良くなる。だから辛いかもしれないが頑張れ」
「うん!」
だがミスティアの傷は一向に良くならなかった。
そしてその傷はまるで呪いの様にミスティアの体だけで無く心まで蝕んでいった。
「ごめんね、○○。私、ずっと○○に迷惑かけてる」
「何を言ってるんだミスティア、俺たちいずれ結婚するんだ。助け合うのは当然だろ」
このやり取りだけなら初めてではない、謝るミスティア、それを慰める○○。怪我をして以降これは変わっていない、しかし
「私がもっと強い大妖怪だったらこんな事にはならなかったのに、○○、ごめんね、ごめん、ごめんなさい…ごめ…」
怪我の影響で歌えなくなって以降、段々と明るかったミスティアの性格が影を潜めてしまっていた。
何よりも歌を愛していた彼女にとって、それを取り上げられることは半身をとりあげられるより辛いことだったのかもしれない。
「何度も言うがミスティアは悪くない、それより、ずっと探してるんだがあの例の薬屋、肝心な時に居やがらねえ」
更にもう一つ大きな問題があった。
当然と言えば当然だが里にある人間の薬屋では妖怪の薬が手に入らないのだ。
里に薬を卸しに来る妖怪兎なら薬を持っているだろうと考え、なんとか連絡を取れないか里の薬屋に聞いた所、
少し前から姿を見せなくなって薬屋自身も困っている事がわかった。
これでは直接売ってもらおうにも○○にはどうしようもない
「知り合いには片っ端から薬屋の兎を見かけたら連絡をくれるように頼んであるんだが…すまん、ミスティア」
「ううん、○○こそ何も悪くないよ、それにあそこは”最近良い噂を聞かない”し」
「永遠亭だっけ、その悪い噂ってのは誰かから何か聞いたのか?」
「ほら、妹紅さんっているでしょ?その人から”最近入る人はいても出てくる人を殆どみない”って」
「妹紅さんってうちに炭の妹紅炭(もこたん)を納めてくれる人だよな?」
「うん、妹紅さん自身も里の知り合いって人から”最近入院した村人が戻ってこない”って言われて初めて気がついたらしいんだけどね」
「単に入院が長引いてるだけじゃ?」
「そうかもしれない、けど、薬屋さんが姿を見せない事もあるし、私、入院したくない」
「なんだ?怖いのか?」
「嫌な予感がするのも本当だけど、私、○○の傍を離れたくない…けど今のままじゃ迷惑だよね」
「いや、そんな事は…」
「お願い、怪我が治ったら私なんでもする。だからお願い…捨てないで」
「大丈夫、無理に入院なんかさせないから、安心しな。それに俺がお前を捨てるわけないだろう?」
「………うん」
「~~♪…~♪」
ミスティアから笑顔が消えてどれくらいたったのか、最早以前の彼女とは別人の様で、最近の○○の悩みの一つになっていた。
「♪♪…♪~♪」
布団から半身を起こし、殆ど聞き取れないような小さな声で彼女は歌っていたが
「~♪……コホッ」
突如顔を歪めて咳き込み、体を折り曲げる。
「ただいま…って、おい、大丈夫かミスティア!?」
丁度外から帰ってきた○○が、ミスティアの異常に気づき慌てて介抱する。
「また歌っていたのか…程々にしないと体に障るぞ」
「……ごめんなさい」
歌えない事がミスティアにとって何より辛い事をよく理解していた○○は、しかし、それ以上の事は言えなかった。
「いや、いいんだ。それより、こっちこそ謝らなきゃいけない事が出来た」
「……何かあったの?○○」
「実は、これから何日か帰れそうに無い」
「え!?……ど、どうして?」
「今度里で催し物をやるらしくてな、それの手伝いでどうしても何日か泊り込みしないと駄目みたいなんだ」
「そんな…こ、断る事は出来ない?」
「なんかここ最近里のほうでも人が足りないらしくてな、それに…」
「────嫌」
「え?」
「一人にしないで、○○」
「お前を一人にするのは俺も心苦しいさ…けど、人が足りない分給料はかなり良いみたいなんだ」
そう、ここ最近○○を悩ませているもう一つの問題は、貯金が心許なくなってきた事だった。
ミスティアが怪我をして以降、鰻を焼く事以前に捌く事すら完全では無い○○一人では、屋台を営業する訳にはいかず、店は閉めたままだった。
常連の客や知人からは度々見舞いや差し入れもあり、○○自身も看病や薬屋探し以外の時間は他の農家の手伝いや日雇い等で稼いではいたが
満足に時間が取れない現状では、それでも貯金は少しずつ減る一方であり、ここらで一つ大きく稼がなければならなかった。
現状怪我でミスティアが動けない以上、○○が稼いでくるしかない。
「結構ハードな日程になりそうだけど、給料を貰ったら暫く一緒にいてやれるからさ」
「食べ物が足りないなら私の分は無くてもいい、だから行かないで、○○」
「ただでさえ弱ってるのに、そんな事出来るわけないさ」
「嫌、私にとっては○○が居ない事のほうが辛いの、………………そうだ」
何を思いついたのか、泣きそうな顔で○○を引き止めていたミスティアが暗い笑みを浮かべる。
「前に私何でもするからって言ったけど、今のままじゃあ私何も出来ないよね、だから…考えたんだ」
笑いながらミスティアは言葉を続ける。
「だから、ね、その代わりにさ、私の事…好きにしていいよ」
「なっ」
好きにして良いと言われ、一瞬にして○○の顔が赤くなる、しかし
「私、○○になら殴られても蹴られてもいい、仮に×しても××にしても○○なら構わない、それに、○○が望むなら”私の卵”も食べて良いよ。」
とんでもない事をミスティアは口走ってきた。
「お願い、どこにも行かないで」
「……大丈夫、大丈夫だから、俺はミスティアを絶対捨てたりなんかしないから、それに前にも言ったろ?俺は卵も鶏肉も駄目なんだって」
それから〇〇は大丈夫だと何度も言いながら、ミスティアの布団を優しく掛け直したものの、
先程のミスティアの様子に気まずさを感じたのか、その日はそのまま部屋を後にした。
そして翌日、支度を終えた〇〇はミスティアに声をかけた。
「じゃあ行ってくる。お昼には妹紅さんが来てくれるから」
「〇〇…早く…早く帰ってきてね?」
あれから一晩中泣いていたのだろう、ミスティアの様子は、まるで親と引き剥がされたばかりの子供の様に弱々しかった。
「ああ…終わったら絶対すぐ帰るからな、じゃ、行ってくる」
長く話すと決心が鈍ると思ったのか、言葉もそこそこに〇〇は出て行った。
そして家に一人残されたミスティアはぽつりと呟いた。
「〇〇、行っちゃった。私の卵だけじゃ駄目なのかな……でも〇〇、本当は卵も×××くも×××りも大好きだったよね」
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それからお昼近くになり、〇〇が言っていた通りに妹紅炭(もこたん)こと炭屋の妹紅が様子を見にきた。
「ちょっと野暮用があって遅くなっちまった。お邪魔するよ」
「……いらっしゃい、妹紅さん」
「ああ、いいよいいよ無理に起きなくて、事情は〇〇から聞いてるから、そうそう、お昼にと思って持ってきたんだ」
そう言って風呂敷から、消化に良さそうなものをいくつか取り出す妹紅。
「口にあうかどうかわからないけど」
「本当何から何までお世話になって…ごめんなさい妹紅さん」
食事を終えた後、片付けをしている妹紅に、ミスティアがそうぽつりと呟いた。
「この前はこちらが世話になったしね、あんな事を手伝わせたんだしこれくらいお安い御用さ」
「でも私、妹紅さんにも…〇〇にも迷惑かけてばっかりで…」
「まあ、もし借りを作るのがどうしても嫌だってのなら、私の方のお礼は何年でも何十年先でも余裕ができた時でいいよ」
時間なんて私にはあって無いような物だからね、と言いながら妹紅はカラカラと笑った後、一瞬しまったと言う顔をする。
「……人間にももっと時間があれば良かったんですけどね」
当たり前の話だが人間と妖怪では寿命は大幅に違う、〇〇と共に人生を歩むと決めた時にそれは覚悟できた、はずだったが…
このままでいいのだろうか?このままもし5年、10年と治らなかったら?
妖怪にとっての10年は大した時間では無いが、人間にとってみれば10年は決して短い時間では無い。
そのような事が脳裏をよぎり、ミスティアの表情にまた影がさす。
「だ、大丈夫だよ、借りなんていざとなればまとめて返せるさ」
「…そうなんですか?」
「ああ、言い方は悪いが借りの貸し借りなんてのは帳簿付けするものじゃないから、同じもので返す必要は無いさ」
例えばそうだね、と言いながら先程の失言をフォローしようと妹紅は言葉を続ける。
「ようは相手が嬉しいと思いそうな事であれば良いのさ、特にサプライズプレゼントだと効果的だよ」
「プレゼント…ですか?」
「お前さんならプレゼントはわ・た・し、とかな、なんちゃって冗…」
「妹紅さん」
「な、なんだい?」
「二つほど頼み事して良いかな?」
「ああ良いよ、何をすればいい?」
「まず、屋台の方に置きっ放しだと思うから、私の包丁を持ってきてもらって良い?」
「良いけど、その体で大丈夫なのかい?それともまさか…」
「大丈夫、自殺なんてしないですよ、これからやる事は"妹紅さん"なら解ってくれるはずです。それからもう一つは…」
「じゃあ、一旦昼にしようか、とりあえずお疲れ」
「はい、じゃ飯行ってきます」
人里で働き始めて二日目の昼、段々と仕事にも慣れてきて、余裕も出てきた。
確かに仕事はハードだが日払いの賃金も良い、後の心配事はミスティアの方だが、妹紅さんもいるし大丈夫だろう。
「さて、今日はどこで食うかな」
「頑張ってるようだね」
「あれ?妹紅さん?ここに居るってことはミスティアの身に何か…?」
「い、いや…もう行ってきたんだ。それより、はい、これ差し入れ」
「お、ありがとうございます。妹紅さんが作ったんですか?これ」
「食えばわかるよ、じゃ私は行くからね」
「あ、はい、ありがとうござい…あれ」
〇〇が礼を言おうと振り向いた時には既に妹紅はいなかった。
「もう行ってしまったのか、急いでたみたいだけど…まあいいか、せっかくもらったんだし飯にしよう」
適当に近くの岩に腰を降ろした〇〇は、妹紅から貰った包みを解くと、中のお握りを頬張った。
「これ…は、鳥肉か、そういえば最近鳥肉は食ってなかったな」
〇〇自身実の所鳥肉全般が好きだったが、ミスティアの所に出入りするようになってから久しく鶏肉を食していなかった。
とは言え、もう調理されてしまった物を粗末にするほど懐に余裕があるわけでもなく、そのまま完食した
「ああ、旨かった。久しぶりにガッツリ食ったなあ、最初はミスティアの味付けにそっくりだからまさかと思ったけど、あいつに限ってそれはないよな」
その後も昼になると妹紅の差し入れがあり、それは一週間続いた後ぷっつりと途絶えた。
そして10日目に仕事が終り、大金を手に〇〇が家に戻るとそこにミスティアの姿は無かった。
「ミスティアの奴、あの体でどこに行ったんだ?最近は妹紅さんとも連絡が取れないし…ん?」
〇〇はテーブルの上に手紙がある事に初めて気がついた。
「これは…」
「〇〇へ、今までありがとう。
これ以上の迷惑はかけられないから、妹紅さんに頼んで永遠亭に連れていってもらうことにします
これは私が決めた事だから〇〇は悪くないし、妹紅さんも頼まれただけだから悪くないよ
〇〇は私の前では元気に振舞ってるけど、本当は無理をしているのが私にはわかる
これ以上〇〇が痩せていく姿を見るのが私には耐えられません
永遠亭は前に話した通りだから、もしかしたら戻ってこれないかもしれない
もし、私が一年経っても連絡も無く、戻ってもこなかったら、その時は」
手紙の文面を中程まで読んだ時、〇〇の目から涙があふれた。
「その時は、私のことを忘れて、新しい人を見つけてください
人間の一生は短いのだから、体を大事にして新しい人と同じ時を共に生きてください
その際に、あまりいい物は残ってないはずだけど、私の家にある物は全部好きにしていいよ
〇〇の幸せだけが、今の私のすべてです」
涙で手紙の文字が歪んで見える。
これ以上読むのは正直辛いが、手紙の後半はミスティアも辛かったのだろう、
〇〇の涙のせいだけではなく、実際に段々と文字が歪んでいる。
「私をさがしに永えん亭には近よらないでください。
き険な事はしないようわたしからのお願いです。
わたしのことはしんぱいしなくてもだいじょうぶ
からだがおもくて、いたくて、いまもいろんなところがすーすーするけど
〇〇のことをおもうとこころはとてもあたたかいよ
もし、このままあえなくなってもだいじょうぶ、だって
わたしのはんぶんは いつも〇〇といっしょだよ」
最終更新:2017年09月04日 23:25