好きになって欲しかった。
……それだけ。
――雨が、降っていた。
私の手にはべっとりと、いやらしいものがこびりついている。
……あぁ。そうだ。
これは、私の醜い感情のせいで付いた――
洗い流す事の、出来ない、証。
……涙は、幾らでも溢れてくるのに。
雨は、さっきよりも強く降り注いでいるのに。
色濃く、張り付く、その朱色――
『 』
幻想郷と呼ばれたその世界で、彼は女性と二人、仲睦まじく暮らしていました。
少女の名前はルイズ。彼の名前は○○。
魔界の旅行会社、そのツアーでの途中、二人は出逢い、一目惚れをしたそうです。
魔界の創造主である私も、彼女自身からその話を聞き、
とても目出度いと喜んだ事を良く覚えています。
私が創った子が、他の世界の子と幸せを育むだなんて。
とっても、とっても素敵な事だと思っていました。
私は夢子ちゃんと二人、ルイズちゃんの家へと向かい二人を祝福しようと訪ねました。
突然の訪問に、ルイズちゃんは驚きを隠せないと言った顔のまま、私達を招き入れます。
此処の風習に合わせ(?)肉じゃがを鍋に入れて持参していた私は、そのまま台所へと向かいました。
其処には、例の彼の姿。
一目見た感じでは、私には彼を好きになる理由が判りません。
「あぁ済みません、気が利かなくて」
私が彼を目視している事に気付き、彼は鍋を受け取ろうとしました。
気が利くのか、でしゃばりなのかは判りませんが、ルイズちゃんの顔もあるので、
大人しく笑顔を作ると、渡して上げます。
「貴方がルイズちゃんのいい人ね?」
「えっ……その、……はい」
私は改めて自己紹介をしました。
魔界の神である事。
彼女の創り手である事を。
すると、彼もまた驚いた表情を作り、敬う様にしてお辞儀をすると、丁寧に自己紹介を返します。
「……です。名前は、○○と言います」
「うふふ。そんなに畏まらなくてもいいわよ」
少し浮く様にして、彼の頭を撫でると、真っ赤な顔をして俯いてしまいます。
「その、やっぱりルイズさんのお母さん……とは、少し違うのかな。
でも、同じ位、その……綺麗で」
「あんまりそういう事をされると、恥ずかしいです」
と、照れくさい事を言って返してきました。
「と、当然じゃない」
当然よ、と私は答えました。
……いや、少しどもっていたかもしれません。
ルイズちゃんと夢子ちゃんと○○。
私と四人で、食卓を囲みながらその日は色々な話をしました。
○○が特に興味を引いていたのは、ルイズちゃんそっくりの子がまだ魔界には居るという事。
「じゃあ魔界に行く時には、自分は浮気しない様、入念に注意しないとですね」
そう三人で笑って話しましたが、やっぱりルイズちゃんは頬を膨らませ、○○ちゃんを抓ります。
「私というものがありながら、ひどいですわ!実家に帰らせて頂きます!!」
「じゃあ、皆で一緒に帰って皆で見張らないとですね」
「そうね。万が一変な気を起こしたら隙を見て私が後ろから……」
「ちょ、ちょっと!夢子さんも神綺さんも何言ってるんですか!!」
皆の談笑は、夜遅くまで続きました。
夢子ちゃんとルイズちゃんが就寝の支度を終え、私へとおやすみを言いに来ました。
「それでは、先に休ませて頂きます」
「神綺様も、余り夜更かしは……」
「いいのよ。もう暫く、色々と考えていたい事があるの」
「そう、ですか」
「おやすみなさい。二人とも」
……そうして、またルイズちゃんの事を思い出します。
私が創った子は多く、こういった話もまた、稀にある話でした。
時には、その子よりも強い妖怪とか。
ですが、私には一つ。
悩んでも、答えの出ない、何かがあったのです。
……ぐっと、拳を握る様にして私はテーブルに突っ伏してしまいます。
……私は……
―― 夢 子 ち ゃ ん は
お 気 に 入 り の お 人 形
私 の 言 う 事 を 何 で も 聞 い て
何 も 言 わ ず に
何 で も 何 で も し て く れ る
特 別 な お 人 形 ――
彼女の名前には深い意味を込め、画数の多い漢字を使いました。
唯一、その名前を持つ夢子ちゃんは、他の強く育った子達とも、同等以上の力を持っている。
そして、他の子達以上に。
私の言う事を、聞いてしまう。
……妄信。
彼女を見ていると、作り出した子達の行動の全てが。
本当は、私が無意識にやらせているのではないかと。
疑って、しまいたくなる。
そんな時が、ありました。
……だから今、幸せそうなルイズちゃんと○○を見て、その懸念が晴れたのだと。
私は思ったのです。
『 』
嘘です。
「え?」
『嘘よ』
「何……が?」
『嘘だって言ってるのよ』
「何を、言って」
『貴方の思った事、貴方の辿った事』
「だから、何の話よ!」
『何処からが嘘か、何処からが虚実か』
「いや……!知らない!私は、知らないっ」
ゼンブ シッテルクセニ。
立ちはだかっている。
同じ顔をした、”私”が。
でも、その翼は汚れてはいない。
真っ白くて、攻撃的では、ない。
……それに何故か、私の方の手は……
魔界で流行の、幻想郷ツアー。
私はそれに参加していた。
名前を伏せ、ルイズちゃんの姿を借りたまま。
現地へと辿り着くと、私は当初の目的をあっさりと忘れていた。
人里へ行って
居心地の良さそうな森を散策して
丘の花畑を眺め
あの神社を、通り過ぎた。
楽しい。
旅行会社が私の意見も聞かず、ツアーを組む理由も良く分かる。
でも、楽しいのに、何かが足りない。
ふと同じ旅行者の子達が通り過ぎて。
……それは直ぐに判った。
一人だからだと。
(それなら、夢子ちゃんを)
呼ぼうとして、はっとする。
そういえば内緒で来たんだった。
文句は言われないだろうが、ややこしくなるかもしれない。
私が悩んでいると、後ろから声が聞こえた。
「どうか、しましたか?」
……人間の、男だった。
「何か困っているみたいだけど」
「そ、そんな事ない……ですわ」
慌ててルイズちゃんの口調を作って、答えた。
彼は不思議そうな顔をして、私に何かを手渡そうとする。
「えっ。何」
「おにぎりだよ。腹が減ってるのかと思って」
「何で、いきなり」
「いや……道に迷ってるって言う感じでもないしさ」
「……えっと」
「……」
「ちっ、違……わなくもないん……だ……ですけど」
「……ん?」
妙に喋り方を変えようとするせいか、少し口が回らずにいた。
お腹が減っていたわけではないのだけど、
確かに、人里で色々な子達が物を食べているのを横目に、
何か食べたくなっていたのは事実だったから。
照れくさいと思いつつも、目線を合わせないようにしてそれを受け取る。
「い、頂くわね」
「どうぞどうぞ」
じゃあこれで、と言った感じで彼が立ち去ろうと通り過ぎる。
「ごちそうさまぁ!」
そしてその言葉で、彼はこけた。
「え……もう食べたのか?!」
「ええ。悪くない味だ……でしたわ!」
私は嬉々として、彼へと礼を言う。
「……いやはや」
彼は呆れているのか驚いているのか判らないと言った顔で、私を見ていた。
「お礼に、って言われてもなぁ」
「あっ、あそこのお団子も食べてみたい!あのお饅頭もよさそう……ですわ!」
「……食べ歩きに付き合わされてるだけなんじゃないのか?」
「何よ。ちゃんと奢って上げてるんだから良いじゃない」
「……っても、さっきから殆ど食べてないんだが」
「あーっ!あのお店なんか、隠れた名店って感じで、良さそう!」
「聞いちゃいねえな」
あの後、私はお礼にご馳走すると言って彼を連れまわしていた。
けれど、彼は結局は文句一つ言わずに私へと付き添い、日が暮れるまで相手をしてくれた。
「あーっ、楽しかったわ」
「そうか、それは良かったな……」
へとへとだと言わんばかりの返事をする。
「……ごめんね。もしかして、迷惑だった?」
「あはははー。さて、どうかな」
「あはははー。どうなのかしらねぇ」
「……」
「……」
「……ごめんなさい。お礼、のつもりだったんだけど」
私は、目を伏せるようにして俯いてしまう。
さっきまで、あんなに楽しかったのに、それは私だけだったんだ。
……こんな事なら、やっぱり夢子ちゃんと一緒に来ていれば……
「……ぷっ」
噴出す様な声が彼の方からして、私は頭を撫でられていた。
「冗談だって。……まぁ、疲れたのは本当だけど」
「……な、な」
「迷惑じゃなかった。楽しかったよ。此処まで派手に振り回されたことなんて、なかったしな」
「……なによぉ……」
「えっ……」
「ばかぁ……ばか、ばか、バカァッ!!
本気で嫌々だったのかって思っちゃったじゃない!!
楽しくって……楽しかったから……
ぐすっ、……ばか」
「わ、悪い!そんなつもりで言ったんじゃ……」
「……ひっ、くっ、ぅぅぅ……」
「あぁぁ……えーと!」
……彼はあやすようにして、私を抱きしめていた。
……私達、まだ名前も知らないって言うのに。
だから、決められていた事の様に。
「貴方は……名前、何て言うの?」
私は、名前を聞いていた。
「あぁ、そういえば。○○って言うんだよ」
「ばか○○ね。覚えたわ」
「誰がばか○○か!で、そっちは?」
「……神綺。神綺よ」
「……ふぅん」
彼の表情が少し固まる。だが、ああやっぱり、とも言いたげな。
「普通の人じゃないんだろ?」
「……ええ」
「そっか。別にいいんだけどさ」
「いいの?」
「いいんだよ」
そうして、私達は手を繋ぐと、別れを惜しむ様にしていた。
「じゃあな、神綺。楽しかったよ」
「うん。……ありがとう、○、○。私も……」
何度も振り返る彼を見送って、私は少しだけ、泣いていた。
……多分もう会えない。
いや、会ってはいけないと。
私の中の何かが、そう告げていたから。
「……綺様」
「……」
「……神綺様!」
「あにゃ?」
「あにゃ?じゃないですよ。どうされたんですか、ぼーっとして。
此処の所、毎日じゃないですか。
もう一月は経ちますよ?」
「みょん。そうだったかしら」
「何ですかみょんって……ほら、もっとしゃきっとなさって下さい!」
「あーうー」
「あーっもう!」
そんな感じで、夢子ちゃんに何か言われてもやる気が起きなかった。
ただあの時の感覚を拭えぬまま、私は毎日を過ごしていて。
思い出に浸る事で、癒されてようとしていた。
本当は何がしたいのか、判っている癖に。
「今日は用事があるとルイズが来てるんです!だから、ちゃんとして下さい神綺様ぁ……」
泣いて縋り付いて来る夢子ちゃん。
ああもう、可愛いなぁ。
……仕方ない。
「分かったわ」
「神綺様!」
「直ぐに支度をするから。夢子ちゃんはルイズちゃんを先に持て成していて」
「あっ……いえ、支度の手伝いを私も」
「一人で十分だと言っているのよ。分かるわよね?」
「……!はい」
そうして、夢子ちゃんが部屋を出ると、私は直ぐに鏡を見て、身なりを整えた。
……何だかやつれた様な気がした。
まぁそんな訳無いんだけど。
「今日は神綺様に報告したい事が御座いまして」
「あら、そう。何かしら」
態々言いに来ている時点で、面倒事かなぁ、と若干素っ気無く話す。
が、以外にもそういった事ではなく、ルイズちゃんが旅先でいい人を見つけたという話だった。
なので、あちらに住み、結婚することを許して欲しい。
少し塞ぎこんでいて、尚且つ彼との事ばかり考えていた私には、目出度い話だと思えた。
「それは素敵ね。ルイズちゃんが幸せになれるなら、私からは何も無いわ」
その言葉に、彼女も嬉しそうな顔をする。
私も、にっこりを微笑みかけていた。
少し羨ましいなと、思いながらも。
私はルイズちゃんを祝福しようと、彼が住んでいるという家へと向かった。
いきなり押しかけて、どんな男なのか見ておこうかしら。というのが半分位本音ではあるけど。
ルイズちゃんから貰った魔法の地図が示す家へと着くと
私は窓から見えた姿を疑った。
――え?
○、○?
が、何で、此処に
彼の目が、私を見た。
けど、その目は……
ドアが開く。
「あれ。うちに何か用ですか?」
やめて。
嘘でしょう。
「……?どうしたん、ですか」
彼が、遠ざけるような目で私を見る。
当たり前だ。
だって、私は――
「もし…………」
私は――
”彼と会った事が無い”
”彼と会ったのは神綺だが 彼と会った姿はルイズだった”
それでも、最後に希望に縋る様にして
私は彼に、聞いた。
「……あな、たは……ルイズちゃんの……?」
「え……あ、はい。そうですけど」
……。
私は、名も明かさぬまま、その場を後にした。
何も視たくない。
何も聞きたくない。
私は、私は、私は。
”私はルイズじゃない”
「私は、神綺じゃない……」
……何を、ばかな。
気が付くと、私はまたあの家に向かっていた。
ただ先にルイズと二人きりになっておくと、私の名前を明かさぬ様に念を押した事を覚えている。
……説明は、した。
魔界の神であり、彼女の創り手だと言う事は。
それ以外は、何を話しても、何を聞いても、二人とも心配そうな顔をしていたような気がする。
良く覚えて、いない。
はっとした頃にはもう、夜で。
食事をしても、味が、していなかった。
そして私は、何時の間にかベッドの中に居て。
疲れているのだろう、と、先に休まさせられたのだ。
……。
私は、立ち上がって、音も無くドアを開けた。
明かりは消えている。
○○とルイズの寝室の方を見ると、魂が抜け落ちる様な気がした。
「ぁ、あ、ぁ……」
力なくへたり込む。
何を、しているの、わたしは。
……ガチャン、と。
寝室の扉が開く。
「……あ!?」
彼の声。
「どうしたんですか、こんな所で」
私は、あんな風に
「すいません、疲れている所、態々来て頂いたみたいで……」
楽しく、過ご過ごす事が出来て
「とにかく、こんな所じゃ風邪を引きますよ」
幸せだったのに――
「貴方みたいに綺麗な人が、病気でもしたら大変ですよ。ベッドまで運びますから、肩に――」
何でそんな 残酷になれるの? ○、○――
「……やっぱり、あなた”ばか”よ、○○」
「え、何」
私は、ルイズへと姿を変えていた。
○○の顔が、一気に青ざめていた。
「神、綺……」
「覚えてたのね」
この、浮気者め――
経った一日過ごしただけの彼とは
付き合っていた訳でもないのに
そんな言葉を口にしていて
もう 訳が分からなかった
気が付くと、ルイズを壁へと追い詰めて、私は手をかざしている。
「……ねぇ。彼と付き合ったきっかけはなんだったの?」
「し、神綺様……何故、こんな」
「答えて」
冷たくそう言い放つ。
「か、彼の方から声を」
「……それで?」
「知り合いに似てる……って、言われ、て……
それ、で、話してみた、ら……
で、でもまさか、神綺様が」
「……そう。で、仲良くなっちゃったの」
「は、はい……で、でもわざとではありません。
それに、私達は本当に想い合って……」
「……い」
「えっ」
「聞いてない。お喋りね、ルイズちゃん」
「あ、ぅぁ、そのっ」
――。
響くような音と共に、ルイズは倒れた。
また、意識が飛んでいたのだろうか。
「ねぇ○○私と一緒に魔界で暮らしましょう?」
○○が何か言っている。私には聞こえない。
「ルイズちゃんが好きなら、ルイズちゃんとも暮らしていいわ。
魔界は良い所よ、ルイズちゃんに似た子だって一杯居るのよ。
それに、もっと可愛い子だって、あなたが望むなら一から創り出してあげてもいいし」
○○が何か言っているが私には聞こえない。
「あなたの望む事なら何だって叶えてあげる。
何がしたい?ねえ何をしたい?
何か食べたくはない?そうね、また二人で一緒に何か食べに行かない?」
○○が何か言っているが私には聞こえない。
「魔界には貴方の見た事のない物が一杯あるのよ。
きっと楽しいよ、だから私が案内してあげる。
まだお礼してないもの、○○を案内してあげたいの。
○○に喜んで欲しいの、○○に楽しんで欲しいの。
ねえ○○、私と一緒に」
○○が何か言っているが私には聞こえない。
「本当はもっと一緒に居たかったの、でもいけないなって我慢したの。
だって貴方ただの人間でしょう?
でもずっと一緒に居て欲しいから。
ずっと一緒に居て欲しいって、あれからずっと想ってたから!
私は、貴方が、好きなの……
愛してるのよ……
だから、貴方が望むなら。
あなたと一緒に居られるなら。
例え禁忌を犯してでも……」
○○が何かを言っている。
「貴方を、愛して……」
「……お前は……」
……あ
「お前は、ルイズじゃな……」
好きになって欲しかった。
……ただそれだけの事だった筈なのに……
私の手が、彼の体を貫いていて
いやああァああぁぅぁぁっ!!!
○○に覆いかぶさる様になっていた私は、ふらついたまま立ち上がると、
そのまま外へと飛び出していった。
何も、判らないまま。
手はべっとりと、朱色に塗れていた。
そうして何時の間にか、真っ暗な夜の闇を貫くようにして。
冷たい雨が、私の周りに、降り注ぎ始める。
……手の色が、落ちてゆく。
なのに、このべっとりとした感覚が、消えてくれない。
なんて、醜い。
出来るならこの両腕を、今直ぐにでも切り落としてしまえたらと。
……私は翼を広げ、そうしようと構えた。
先程よりも顔が熱い。
泣いて、いるのかもしれない。
けど。
勝手に勘違いして、人の幸せを妬んで、奪った。
私にはお似合いの姿かも、知れない。
手の朱色は、もう落ちてしまっている。
……私のは、もっと汚い色かもしれないね。
誰に言ったのか、目を伏せると、腕に向け魔力を込めようとして
私の前方から、何かがぶつかって来て、後ろへと吹っ飛ばされた。
「……神綺っ」
「……○、○……?」
目を開けずとも、その声で分かった。
何で、此処に……いやそれより、傷は――
「お前、勝手に自分で傷付けて、勝手に自分で治して飛び出してくから。
心配、させるなよ……」
「だっ、て……私、貴方を……」
「落ち着けって」
何時の間にか彼が今度は私に覆いかぶさっている。
振り解こうにも、そんな気力も無かった。
「わた、しはっ。ルイズちゃんじゃ、ないしっ……!ないから……っ」
「……おい」
「さいしょっから、この姿で、あなたと会えてたら、本当は、本当はって、だか、らっ……だか、らっ……」
「おい!!!」
「ひっ」
彼は物凄い目をして睨んで――いなかった。
それどころか、悲しそうな顔で自分を見つめている。
「お前は、神綺なんだからって」
……
「神綺なんだから。……本当はお前のが好きだったって、言ってやりたかった」
「…… …… …… …… え?」
「だから。……その、ルイズさんには悪いけど……本当はお前の事が忘れられなくて、その……」
「…… あ、あの」
「神綺の事が、好きだった。……いや、今でも好きだけど」
「あ、あの○、○」
「な、何も言うな。確かに、どうかとは思うけど」
「そうじゃなくて、うし――」
ガツン。
ろ。
遅かった。
後ろにルイズちゃんが来てるから、一旦その話は……と言おうとしたのだけど。
……わざと止めなかったんだけどね。
「し~ん~き~さ~ま~?」
「ル、ルイズちゃん。顔が恐いわよ。なんか目、開眼してるし!」
「人にボディブローかましてぇ。壁に激突させられて、笑顔でいられる魔界人がいるとでも?」
「え、えっと」
「……(にっこり」
「そ、そーなのかー」
それから暫くの間、私はルイズちゃんに頭が上がらずぱしりの如く使いまわされていた。無論、○○も。
「……そんな事もあったわね」
『全部知ってる癖に、何故あんな嘘の記憶を辿ろうとしたのかしら』
白い翼を広げた私が言う。
私の手は汚れたままだった。
「それを貴方が言うの?」
『私だからこそ、言うのよ。”私”ではなく』
「……」
「そうね」
「でも、だからこそ。嘘を付かれた事が許せなかったのよ」
『ルイズちゃんを好きでもないくせに、好きになった振りなんかして』
「代用品で本物を諦めようとした、その脆い脆い魂が」
「『 私 に は 許 せ な い』」
ぽちゃん、と私はそれを沈める
私とは出会う事も無かった世界の”元”を
○○……
貴方を人形にして……創り替えてしまえば……
もっと、私の事を好きになってくれるのかしら……
愛して、くれるのかしら……
でもそれで、夢子ちゃんの様に尽くすだけの人形みたいになって欲しくは無いの
私は、本当に貴方に愛して欲しい
だからね
もしも貴方が、私を愛してくれなくなったり――
壊れた人形の様になってしまったら
全部破壊して、この嘘の記憶で創り上げられた世界を、再生してあげる
私との事 全部無かった世界を……
それでどうするのかって?
決まってるじゃない
私は 汚れた手のまま、指を舐る
「貴方を拾い上げるのよ。例え禁忌を犯してでも、この汚れた世界(みず)の中から……
どれだけこの手が汚れたって、構わないから」
でも、私の事を好きだって言ってくれた貴方を……私は信じてるから
彼を傷付けてしまった部分をそっと撫ぜる。
傷跡はもう、あの時から無いけれど……
貴方の匂いが染み付いた手には、洗い流す事の出来ない証が刻まれているから。
朱色の宝石が左手の薬指で輝くのを見つめながら。
貴方も、私へと近付いていて――そっと、唇を重ねた。
最終更新:2010年08月30日 20:44