主人公/5スレ/649




香霖堂は、今日も暇だった。

店主は思う。
去年は外来人の男達が結構な頻度で来店しては冷やかしていったものだと。
少しばかりではあるが購入してくれる人も居たし、用途がいまいち判然としないものを説明してくれた人も居た。

今では、誰も来店しない。
彼らは愛という名の鎖で拘束され、想われた女性に囚われている事だろう。
比較的拘束が緩い外来人からは時節毎に近況報告が来るのが、唯一の名残とも言える。

「しかし、あの2人からあんな注文が来るとはね」

最近になって、霊夢と魔理沙からマタニティドレスを注文された。
それも五ヶ月連続でサイズの調整をやらされている。
丁度今は八ヶ月目。2人の小柄でほっそりとした肢体は、腹部だけ大きく膨れあがっていた。

「ま、健全な愛情であれば、無条件で祝福できたんだけどね」

諦観の中に悦楽が芽生えた感じの霊夢の相方と、茸の成分でぼんやりとした魔理沙の相方の顔を思い出す。
最近は人里もこんな感じだ。守護者である慧音も旦那をゲット……獲得した。
基本的に常識人である店主からすれば、女性陣の狂奔は理解の範疇外だ。

「ま、外がどうなろうとも僕はこうして店番をしているしかないんだが」

そんな事を呟いた瞬間、店のドアが荒々しく開かれ1人の若者が飛び込んできた。
若者は慌ててドアを閉め、背をドアに預けて震え始めた。

「おや……君は最近やって来た○○君じゃないか」

青年の返事はなく、ただ、ただ震えている。
と、ドアの向こう側に気配が現れた。
トントンとドアが叩かれ、青年の怯えが激しくなった。

「○○さん、私です、阿求です。先程の事については謝りますから出て来てくれませんか?」

トントントンとドアが叩かれる。
稗田のお嬢の声音は平坦だった。

「ああするのが○○さんと私にとって最善の手だと想ったんです。ああも、怖がるとは……もう、あんな事はしません。次はちゃんと加減します」

トントントントントンとひたすらにドアが叩かれる。
青年の喉から、嗚咽が漏れ始めた。

「やれやれ、店は壊さないでくれよ」

店主は、新しい茶を淹れるため急須を手に店の奥に引っ込んだ。
数秒後、店主の懇願も空しく店のドアは大破したのだった。







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最終更新:2019年02月09日 21:50