信仰を求めて幻想郷まで来たが、そう簡単に集まるわけじゃない
それは分かっていたつもりだったけれど

神奈子様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。まだ、ね」

この男は○○
早苗と同じ外来人
ここに来てからすぐ、私に信仰をくれた唯一の男
暴漢に襲われていたところを私が見つけ、難を逃れさせたのが始まりだった

それからすぐに信仰不足から来る体力低下が私を襲った
早苗の信仰だけでは、私と諏訪子二人を同時に境界させることはできなかったろう
もしも○○がいなかったら、私は消滅していたかもしれない
彼がいるだけで私は救われている
しかも私の役に立ちたいと言って、身の回りの世話まで焼いてくれる
おかげで○○は私、早苗は諏訪子につきっきりになっていた

「すまないね。神様だなんていわれても、信仰がなければこのザマだよ」
「いえ、お気になさらず」
「気にするさ。私に信仰をくれる唯一の人にこんな迷惑をかけてるんだから」
「私は、これっぽっちも迷惑だなんて思っていませんよ」

本当にこいつはやさしい男だ
そこにいるだけで、なんだかこっちまで温かくなってくる気がする
けれどそれだけに、申し訳ない

「もうしばらくすれば、私は信仰不足で消えてしまうだろうね。そうなれば、○○は自由になれるよ」
「そんなことを言わないでください。私は、ずっと神奈子様のお側にいたいのです」
「……そんなこと言われたら、勘違いするだろ」

正直なところ、すでに胸は早鐘のように鳴り出している
嬉しかったからか、気恥ずかしさからか……おそらく前者だろう
隣の○○に知られないように呼吸をこっそり整えた

「ところで、もっと多くの信仰を獲るためにはどうしたらいいのでしょう?
「そうさね、やっぱりもっと多くの人間から信仰を獲ることに尽きるね」
「それが不可能な場合は?」
「一人一人がお祈りや殉教などによりもっと強い信仰を持つ、かな」
「ふうむ………」
「なに考えてるんだい?」
「いえいえ、ごくつまらないことですよ」

言葉とは裏腹に、○○の表情は硬かった



それから三日後の夜、こんな手紙が寝所に投げ入れられていた

[丑の刻、本殿にお越しください。大切なお話があります
 お手数ですが早苗さんと諏訪子様には内密にお願いします]

この見覚えのある字は○○に違いない
今日は珍しく一日姿を見せなかったから、もう見限られたかと思っていたんだけれど
……嬉しいな
なんだかこう、信徒がいるって嬉しさだけじゃなく……なんと言うか………女として、さ



「話ってなんだい、○…○……?」

さっきまでの楽しい気分が一度に冷えた
○○は青い顔をしながら、ガタガタ震えて包丁を握っている
ああ、そういえば台所から包丁が一本なくなったって、早苗が言っていたっけ
頭のどこかで、そんなことを冷静に考えている私がいた

「お待ちしておりました。今宵、私の信仰を全て神奈子様に差し出します」
「なにを、考えてるんだい…?」
「三日前、言われましたよね? 強い信仰を獲るにはどうすればいいのか、と
 私は、これより神奈子様のために殉教いたします。どうぞお受け取りください」

○○が、包丁を自分に向ける
体の震えがよりいっそう強まった
○○は怖がっていた
死ぬのを怖がっていた
そして、私も怖かった
○○に死なれてまで、信仰なんてほしくなかった

「やめなさい。あなたは死ぬのが怖いんでしょう?」
「……怖い! 死ぬことなんて、考えただけで涙が出てくるよ!」 

口調が出会ったばかりのころに戻る

「だったら、死ぬことなんてない。消えるのは私一人で十分」
「………違うよ。もう、違うんだよ……」
「なにも違うことなんてないわ。だから、バカな考えをおこすのはやめなさい!」
「バカな事なんかじゃない!!」

泣きながら、○○は初めてまっすぐに私の顔を見た
この三日間、ずっと悩んでいたんだろう
頬はこけ、目は落ち窪み、顔は青いと言うよりも蒼白になっている

「僕はこの三日間、ずっと考えてた
 神奈子様がいなくなった社、神奈子様のいなくなった山、神奈子様のいなくなった世界
 ……そこに僕の居場所は、どこにもなかった」
「○○……」

私は、初めて知った
○○の持つ強い強い信仰の正体を

「僕は神奈子様を、神様としてだけではなく、一人の女性として愛しています
 不敬だと思うでしょうけれど、死に行く男の最後の言葉ですのでご容赦を
 ………それでは、さようなら」


彼を、止められなかった
私にもっと力があれば、○○の手が動いた瞬間に、喉を貫こうとした包丁を叩き落すことができた
しかし皮肉にも、その力が戻ってきたのは○○が殉教を成した瞬間だった
こうして私は、初めての信徒であり、初めて愛した男を、永久に失った
死顔は、最期に私に向けようとしてくれた、涙でくしゃくしゃになった笑顔だった



それから半年、○○の殉教により力を取り戻した私が、村に雨を降らせたり野党を討伐したことなどで
僅かながら信仰を得、諏訪子ともども消滅を免れた
今も○○は、私の中に強く強く生き続けている
それでも、時おり寂しくて仕方なくなり、○○が逝った本殿に篭って泣く時間が増えた
肺腑の全ての酸素を吐き出すような勢いで、大声を出して泣く
そうしなければ、もう○○には永久に会えないと思い出してしまうから


「早苗、蟷螂って知ってるよね」
「カマキリ、ですか? ええ、もちろん知ってますけれど」
「あの蟷螂って虫は雄と結婚した後、雌は卵の産む栄養のために雄を食べちゃうんだって」
「そうなんですか?」
「うん。それで思うんだけどさ、雄を糧にして生きる雌、雌のために食べられる雄、どっちが幸せだと思う?」
「……どちらもだと思います」
「どうして?」
「だって、雄は食べられる覚悟があって初めて雌に求婚するのでしょう?
 そして、雌もその気持ちに応えるために、雄を糧にするのでしょうから」
「それが蟷螂たちの幸せ、ってことだね」
「わたしは、そう思います」

そんな早苗と諏訪子の会話が外から聞こえてくる
私に聞かせようとしているんだろう
けれど、そんなことは分かっている
○○が死ぬ寸前、私に笑いかけてくれた時、理解した
これが○○の幸せだったのだと
けれど、私はまだ割り切れない
だから、もうしばらく彼を思って泣くことを許してほしい
いつか、きっと立ち直るから

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最終更新:2015年08月23日 14:32