さとり様が出てこなくなった
そりゃ元々あんまり外に出るタイプじゃなかったけど、ここ一ヶ月外出するどころか顔さえも見てない
「ねえお空、今日もさとり様見てない?」
「うん。障子越しに声かけたんだけど、入らないでって怒られちゃった」
やっぱりおかしいよ
さとり様が怒るってだけでも珍しいのに、入らないでなんて
「こらお空、さとりは今不安定だからあんまり負担をかけたら駄目っていっただろ」
「うにゅ……ごめん」
「お燐もあんまり気にするな。気持ちは分かるけど、今はさとりを休ませてあげてくれ」
「……うん」
こいつは○○
さとり様の友人……以上恋人未満、みたいな男
○○はすっかりベタ惚れで、さとり様の方もまんざらではないみたい
けど、さとり様は自分の能力のせいでいまいち交際に乗り切れない、って関係かな
そして今、さとり様の部屋に唯一出入りが許されている人間
……正直な話、私はこの男があんまり好きじゃない
初めは嫌いじゃなかったよ
さとり様に気に入ってもらおうと一所懸命で、こっけいな姿からも本気さが伝わってきた
べつに今はさとり様のことが好きじゃなくなったってわけじゃない
今でも本気で愛しているってことは分かる
けれど、今はどこか影があるというか……
うまく言えないけど、とにかくさとり様が出てこなくなったころから○○も変わった気がするんだ
「ねえお空、今日一日休みってもらっていい?」
「ええっ? わたしに言われても……でも一日くらいいいんじゃないかな?」
「それじゃ、ちょっと外に出てくるね」
「外? どこ行くの?」
「う~ん。私の考えすぎかもしれないけれど、さとり様が出てくる前の日覚えてる?
あの日、○○が珍しく外出したでしょ? だからちょっとそこに行ってみようと思って」
「? なんで行くの?」
「お空は知らなくていいの」
「うにゅ……」
絶望的なまでに察しが悪く、誰かを疑うことを知らない友人を残して、私は外に向かった
とは言っても、○○がどこに向かったかなんて分からない
けれどあの日、確か帰ってきた○○はお饅頭をお土産に買ってきてくれた
○○は空を飛べないから、きっと最寄の村に向かったに違いない……と思う
それにあそこの村にはハクタクがいるはずだから、立ち寄っていたならきっと覚えてるだろう
10:00 村 寺子屋の職員室
「ああ、○○なら来たぞ。一ヶ月くらい前だったかな」
「何しに来たのか分かる?」
「ああ。香霖堂がどこにあるのかと聞かれたぞ」
「それ、どんな店なの?」
「何でも屋、かな。外から来た珍しいものなら何でも売る店だ」
「ふうん……私もその店の場所聞きたいんだけど」
「待ってろ、地図を描いてやる。ところで○○がなにかしたのか?」
「ううん。気にしないで」
さすがハクタク、よく覚えている。おかげで手がかりが見つかった
あの時帰ってきた○○は、お饅頭以外何にも買ってきてないって言ってたのに
これは、その香霖堂って店からも話を聞く必要がありそうだ
10:28 香霖堂
「一ヶ月前に来た○○って男? ああ、名前は知らないけれどたぶんあのお客のことかな」
「なんで分かるの?」
「[ちゃんとお金を払う常識人][この店に来る男]なんてとても珍しいからね
ここ一年でも片手で数えられるし、一ヶ月中では一人だけだから」
「……」
なんとなく不憫になってしまった
「それで○○は何か買っていったの?」
「ああ、それだよ」
それ、と男が指差していたのは………ボロボロの赤い布?
「なにこれ」
「なに、と聞かれても困るな
僕の能力では、その布は何かを[封じる]って事しか分からないから」
「封じる ってどういうことなの?」
「う~ん、僕にはその言葉が分かるってだけだから、なんとも言えないなぁ
そういうことは八雲さんに聞いてみたらどうだい?」
「八雲? 八雲って、橙の?」
「ああ、知ってるなら話は早いね。八雲紫、その式八雲藍。この二人はとても知識が深いから、何なのかちゃんと分かるんじゃないかな
マヨヒガへの行き方は知ってるかい?」
「一度橙と行ったことがあるから、たぶん大丈夫だと思う」
「それはよかった。じゃ、その布は持って行っていいよ」
「売り物じゃないの?」
「もう切れ端しか残ってないからね。かまわないさ」
「……ありがとう」
商売はヘタそうだが、よい店主だった
しかし、何かを封じる布を○○が買って行ったのはどういうことだろう
ひょっとして、その布でさとり様に何か害を及ぼしてるのだろうか?
いや、それはないだろう
あんなにさとり様を愛してる男が、さとり様を苦しめるようなことをするとは到底思えない
……考えれば考えるほど分からない。早くマヨヒガで話を聞かせてもらおう
11:29 マヨヒガ
「あ、お燐? 遊びに来てくれたの?」
「ううん、ごめんね。今日はあなたの主の紫さんか藍さんに用があるんだけど、いるかな?」
「うん、紫様は寝てるから藍様読んでくるね。ちょっと待っててねー!」
そう言うと、橙は文字どおりすっ飛んでいった
「私に何か用か?」
「……後ろにいたなら言いなさいよ。橙が行っちゃったじゃない」
「ははは、橙はあわてんぼうだからな。あとでちゃんと言い聞かせておくよ。それで、用件は?」
「うん、この布が何なのか教えてほしいんだけど」
正直な話、私にはただの古ぼけた布にしか見えない
何かを封じる布だって言われた今もだ
「……やあ、これはすごいものだぞ。どこで手に入れたんだ?」
「え? 香霖堂で切れ端だからってタダでもらったんだけど」
「それはそれは、ずいぶん気前のいい話だな。これくらいの切れ端でも金20枚は硬いほどの代物だぞ
香霖堂ということは外から来た物らしいが、よく外にこんなものが残ってたな」
「それを聞いたらたぶん店主は泣いて悔しがるでしょうね。それで、詳しく教えてくれない?」
「ああ。これは強い強い豪妖が一本の糸になり、それを束ねてできた布なんだ。妖の力を封じる効果がある
一例では外の世界の九尾を殺すために作られた槍を封じるために使われたりだな………」
「そういう話はいいから、これをどう使うのか教えてほしいの」
「なに、簡単だ。この布で包んだ、取り付けたものはその力を失う。それだけだ」
「じゃあ死んじゃうってこと?」
「いやいや、そうじゃない。ただ力を失うだけだ
簡単に言うと私たちの「~する程度の能力」が使えなくなる、といった感じか」
「……なるほど、ね」
「参考になったか?」
「ええ。大体のところは分かったわ。ありがとう。ちょっと急いで帰らなきゃいけないから、橙によろしく言っておいて」
「ああ。また遊びに来てくれ」
わかった
○○が何を考えてこの布を買い、さとり様に何があったのか、察することができた
あとはこの茶番劇を暴くだけだ
お空にはあまり聞かせたくない話だから、ちょっと部屋に下がってもらった
そこで、さとり様の部屋に入ろうとしていた○○を捕まえる
「○○、ちょっと話があるんだけど」
「ん? さとりに呼ばれてるからちょっと後にして……」
「赤い布のこと、香霖堂とマヨヒガで聞いてきた」
「!?」
「あんたは、さとり様の第三の目を赤い布で包み封印して、心を読めなくしたんだね
さとり様があんたとの交際に踏み切れない理由がさとり様の心を読んでしまう能力
だからあんたはそれを去勢するすべを探して、香霖堂の赤い布を見つけた」
「………」
「さとり様が出てこなくなった理由は、心を読めなくなってしまったことであんた以外の他者が怖くなってしまったから
たとえそれが、長年慣れ親しんだ私やお空でも」
「…………そうだ。俺はどうしてもさとりの恋人になりたかった。幸い、さとりも俺のことを好きと言ってくれた
けれどさとりはどうしても心の声が聞こえてしまう。そのせいで自分自身の本当の感情が分からないと悩んでたんだ
だから俺はそれを聞こえないようにした。そのせいで彼女が他の全てを恐怖して、拒絶してしまっても」
「エゴだよ、それは」
「わかってるさ。でも、さとりはいつかまた必ずお空やお燐たちと普通に接するように努力するって言ってるんだ
だから、もう少しだけ待ってくれ。頼む!」
「………土下座までされちゃ、何も言えなくなるじゃない」
「じゃあ!?」
「一つだけ聞かせて。あんたの恋人になるために、さとり様は心を読めなくなることを承知したの?」
○○が大きくうなづいたのを見た私は、それから何も言わなかった
今はさとり様は少しづつでも今の状況を改善しようと頑張ってる
一緒の部屋でご飯を食べようとしたり、障子越しに話しかけたりさ
さとり様の承諾があったにしても、○○のやったことは常軌を逸してると思う
けれどそこまでして添い遂げようとするなんて、異常だけど、ちょっと憧れてしまう
いつかそんな男に、私も出会うことができるだろうか
最終更新:2011年03月04日 01:59