――湖の真ん中に、ぽつん、と。
 大きな氷の塊が、漂っていた。


「ここがあたいの家だよ……○○」
 先に扉を開けて家へと入ったチルノは、○○へと手を招く。
「よっ……ちょっと狭いな。妖精サイズって感じだね」
 扉を潜る様にして、○○も中へと続いた。
(家と言うよりは、まるで秘密基地だよなぁ)
 そんな風に思いながら。

「……」
「どうした?チルノ」
 チルノはただ、黙りこむ。
「なんでも、ないっ」
「さっきから、そればかり。何考えてるんだか……」
「……っ!!」
 そうして○○を睨みつけるが、減らず口は帰ってこない。
 最近、彼女の調子はずっとこんな感じだった。

「周りの妖精達だって、最近のお前の様子が何かおかしいって気付いてるのに。
 相談したくないのは分かるけどさ。チルノは、さいきょ――」
「うるさいよ」

「……え?」

「うるさいっていってんのよ○○!!」
 怒鳴り声が、響いた。
 けれども顔は此方を向かず、ただ俯くようにして。
「あたいは……最強……」

「あはは!」

「おかしいでしょ?笑いなさいよ、あんたも」
「どうしたんだよチルノ」

「……どうもしない」
「いや、どう見たってお前」

「知ってるわよ。あんたはそうやって、あたいを見下して、
 優越感に浸って……馬鹿な奴だって、ずっと笑ってたんだ。

 子供だからって、妖精だからって。
 あたいが”存在”する事を、認めていなかった」
 ガタン、と○○が足を挫く。
「チル、ノ……?」
 冷や汗が、つうっ、と流れていた。
「お前本当にチルノか……」


「さぁ……?」


 振り向いたチルノの目は、深い群青色に染まって見えた。
 奥底の見えない、濁った水が、凍り付いているかのような。

「○○を此処に呼んだのはね……」
 異質なものを感じたのか、○○は後ずさった。
「い、いや。今日は家も見せてもらったし、帰らせてもらうよ。
 チルノの調子も、悪そう……だ、し」

 ひゅぅっ、と冷たい風が通り過ぎる。
「あたいは、”ぜっこーちょー”だよ?……くすくす」
 その物言いには、幼さが感じられず。
 いや、妖精とすら、思えなかった。


「あたいはさ……ただ純粋に、○○が好きだったんだ……?

 それは知ってるよね?」

「……い、いや」

「ふぅん……?」

 ○○がそう応えると、チルノは○○の後ろへと歩いてゆき、そして――

 ピキッ。バキバキバキッ!

 その出口を、氷漬けにして封鎖した。

「まぁどっちもでもいいよ。あたいは、とにかくあんたが好きだった」

 何時の間にか、○○の体は動かなくなっていた。
 冷たいと、そう感じてもいないのに……

 腕も、足も、首も、そして口も。
 凍り付いてしまったように、動かなかった。


「興味本位でね。地下の妖怪の奴と、遊んでやるつもりだっただけだったのにね。
 雑談しているうちに、あんたが通りかかって、話が発展して、それで――」
 チルノは氷を自分の掌の上に作り出し、落とした。

 ガチャン。

「――ご覧の有様」

「○○。あたいは怒ってなんていないよ?
 だからね、もう一度だけ、口を動かせるようにしてあげるから。

 あたいに言いたい事があったら、教えてよ。

 あたいはさ


 バカ、だから。


 教えてくれなきゃ、分からないよ」

 そうして、チルノは動けなくなった○○へと近付き。

 口の動きに耳を澄ませると――


 再び、彼の口を閉ざした。

「……そう」

 ○○の答えに、チルノは何も言わなかった。
 そして動かなくなった○○を押し倒すと、自分の掌を開くようにし、
 もう片方の手でその口をこじ開けた。


「やっぱり分かんないよ、○○」
 チルノの瞳から、つうっ、と雫が流れ落ちる。

 ――涙?

 いや、これは――


 ……チルノの掌からも雫が流れ落ちる。
 そうして、○○の口の中へと、吸い込まれるように、流れてゆく。

「だからずっと一緒に居て、私と一緒に。

 バカだから、きっとあたい、一人じゃ生きていけないんだよ。

 ○○と一緒なら、今度こそ”さいきょー”になれるかもしれないしね?

 ……きっと」

 流れ落ちる雫は止まらない。

 けれど、それが流れる落ちるたびに。

 チルノの濁ったその目も、少しづつ、はっきりとしていくような気がした。


「あたいと一つになろうよ……

 ○、○。

 全部飲み干して、あたいで全てを満たしてね。

 大丈夫、最強のあたいが、ずっと傍に居てあげるから。


 安心して……おやすみ」


 ――湖の真ん中に、ぽつん、と。
 大きな氷の塊が、漂っていた。

 まるで大きな子供が流した、涙の様な形をした。
最終更新:2010年08月26日 23:04