某イメージソースありのお話です
外に出ることができない
いや、出ようと思えば出ることはたやすいのだが、出ることができないのだ
回りくどい言い方になってしまっているとは思うが、できればこの書記を最後まで読んでほしい
さすればなぜ私が他者との関わりを立って生きているのか、分かってもらえると思う
もともと私は紅魔館の書記見習いの職についている人間だった
外世界の書物の管理と片づけが仕事
不慣れな点も多くあったが、私の上司である
小悪魔さんのサポートもあってなんとかこなしていた
毎日二人だけで仕事をする間柄
同僚から友人に、友情が愛情に変化するまで、さほどの時間は要さなかった
私は幸せだった
一年前の今日が来るまでは
珍しく早く仕事を終えた私は、彼女に頼まれた魔導所の整理を行っていた
山積みになった魔導書を順番どおりに並べるだけの仕事
しかし何語で書かれているのか分からないものや、タイトルすらない書物も珍しくなく
常に彼女に説明をもらわなければまったく進まない状況になってしまった
そして、何度目の質問のときであったか
振り向いた私の目に飛び込んできたものは、満面の笑みを浮かべた彼女が広げた魔導書だった
無論そこに書かれていた言語は私の理解の及ぶものではない
それでも、禁断の知識は私の正気を容赦なくむさぼり食った
この世で最も慈悲深いことは『無知』である
数十年前、宇宙的恐怖を提唱した顔の長い紳士がいた
その彼の言葉の真意を私は悟るとともに、気を失った
目を覚ましたとき、私は地獄にいた
2.3度来たことのある医務室
そこで私は、言葉にもできないようなおぞましい怪物たちに囲まれていた
不快 醜悪 グロテスク
そんな言葉は、この怪物を表すには陳腐すぎた
それを一秒でも見たくなかった私は、悲鳴を上げて布団にもぐりこんだ
その周りで、怪物たちが意味不明の呻き声のような言葉を交し合っていた
その時、妙なことが気にかかった
私が寝かされているのは紅魔館の医務室、それは間違いない
ではこの怪物たちはいったいどこから来たのか
なけなしの勇気を振り絞り、ほんの少しだけ布団を持ち上げてあの怪物たちを視界に入れる
ああ、という呟きとともに、知らず知らず涙がこぼれてきた
私は悟った
これが、知るべきではない知識を垣間見てしまった者の末路なのだと
あの怪物の背にある七色の翼
あの怪物の身に着けているフリルのエプロン
あの怪物の頭の赤い髪
あの怪物の紫色のパジャマ
みんな見覚えがあった
この怪物はどこかから来たのではない
この館の住人が、私には怪物に見えているだけなのだ
それから二日間、私は用を足す以外一度も布団から出ることなく過ごした
文字はかろうじて読めるものの、姿も声も変わり果てた友人達を見ることが辛かったからだ
そして三日目の朝を迎えたとき、私は図書館の奥に寝かされていた
その場所には見覚えがあった
なぜならそこは、私が見てはならないものを見てしまったあの禁断の本棚郡だったのだから
状況を理解できず、思わずあっと声を上げた時、本棚の裏から出てきたのは紛れもなく私の恋人の小悪魔だった
その姿は、あの怪物とはまったく違う、私が愛したままの姿だった
なぜ私に魔道書を見せたのか、私にいったい何が起こったのか、聞きたいことは山のようにあった
しかし私は何をするでもなく、ただ彼女にすがり付いて泣いた
あの怪物たちに囲まれ続けていた私にとって、彼女は砂漠を三日三晩さまよって、ようやく見つけたオアシスにも等しい存在だった
「これでやっと、あなたはわたしだけのものです」
嬉しそうにはずんだ声、けれどその言葉には、言い知れぬ闇のようなものを感じた
それから彼女が何をしたのか、私に起きた怪異を語ってくれた
私に見せたものは、千年以上も前に書かれた最古の魔導書だということ
その狂気に満ちた内容は、読者の正気を失わせるということ
そして項を上手く読ませれば、どのような狂気の形でも作り上げることができるということ
例えば、彼女以外の生物を全て恐ろしい怪物に見せるなどといった具合にだ
なぜそんなことを
彼女の胸倉を掴み、私は叫ぶように問い詰めた
そのときの彼女の歪んだ笑みは、あのおぞましい声よりも、あの汚らわしい怪物の姿よりも強く私の正気を殴りつけた
「だって○○さんには、私以外いらないですから」
私は恐ろしい
あの狂気そのものの姿をした怪物も、私を愛するあまり狂気に堕ちた彼女もだ
今の私は、図書館の奥で彼女の帰りを待つこと以外何もできない無力な存在に過ぎない
館ではすっかり行方不明者として扱われてしまっているようだ
もう一度図書館から出て、私の存在を示し保護を求めることも考えた
しかし、できない
あの怪物の姿をもう一度目に焼き付けてしまったが最後、私も狂気に堕ちるという奇妙な確信があった
もうお分かりだろう。冒頭で私が書いた、外に出ることができないという意味が
そんな中でこの書記を図書館に隠したとしても、まず見つかるまい
よしんば発見されたとしても、見つけるのは九分九厘小悪魔だろう
それでも一厘の可能性に賭けて、おぞましい魔導書郡の中に私の書記を埋める
しかる後、私はこの壊れた世界に別れを告げようと思う
この大本棚のてっぺんから飛べば肉体は破壊され、私の魂は慈悲深くも彼岸へと運ばれるはずだ
願わくば、地獄がここよりも美しい世界でありますように
最終更新:2010年10月31日 03:38