37からピーンときたのでせっかくだから投稿します。

 ある日、幻想郷に外来人が流れ込んできた。外来人の名は○○といった。
○○は外界に帰るか、それともこのまま幻想郷に残るか。その選択を迫られたとき、○○は後者を選んだ。
 仮住いを与えてもらった○○は、とりあえず食い扶持を稼ぐために仕事探しを始めた。
そんな折に、思いがけない人物から声が掛かった。地霊殿の主、古明地さとりである。
地霊殿で働かないかと誘ってきたのだ。
人里から地霊殿まではかなりの距離がある。必然的に住み込みで働くことになるだろう。
○○は人里から離れるつもりは無かったので、最初のうちは誘いを断っていたが、
連日の説得によって○○はついに折れ、地霊殿で働くこととなった。

……………

 ○○に与えられた仕事は、さとりが飼っているペット達の世話・管理だった。
ペットの大半が、人間にとっては危険な存在だったりするので、なかなか過酷な仕事になると
思われたが、意外とうまくいっていた。
 ○○は幼少の頃から勘がよく、相手の顔や仕草を見れば、何を考えているのかが大体わかる。
常に相手の意思を汲み取り、最善な行動をとることができるので、
○○は幼少の頃から『気が利く奴』として周りの人から慕われていた。
 ○○のそんな性質がこの仕事にうまくマッチしていたようで、ペット達には懐かれていた。
本人も仕事内容をそれなりに気に入っていたので、言うこと無しだった。
 もしかしてさとりは○○のそんな素質を見抜いてヘッドハントしたのだろうか?
そうでもなければ、あそこまで熱心に説得しに来たりすることはないだろう。
さすがは地霊殿の主なだけある。○○はそう思い感心していた。

……………

 数ヶ月もするとペット達は○○にべったり懐き、○○が姿を見せると嬉しそうに駆け寄ってくるほどになった。
そんなときに何故か、ペット達が喧嘩を始めることがあるのが困り者だった。
最近では、○○にくっついてきた猫と烏が口論を始めたかと思うと、いきなりこの世界のルールを無視した
殺し合いを始めて、辺り一面を焼け野原にしたことが印象に残っている。
(もちろんその後には過酷なお仕置きが二匹を待っていたが)
 ペット達の世話が完全に様になった頃には、さとりの妹のこいしの相手も頼まれるようになった。
初対面のときは何か怖がらせでもしてしまったのか、少しうろたえるような様子を見せていたが、
それ以降は何も問題もなく仲良くやっていくことができている。
 雇用主のさとりも○○の仕事ぶりには大変に満足そうだった。

……………

 地霊殿での生活もうまくいっていた。最初の頃はどうしても戸惑うところがあったが、
慣れてしまえば意外と快適に住めるものである。今では地霊殿の皆と、まるで家族のような生活をしている。
食事時になったら一緒に食卓を囲んだり、とりとめのない雑談を交わして時間を潰したり、
ときには一緒にちょっとした旅行に行ったりすることもある。○○としては文句を挙げる要素は何一つない。
順風満帆の生活を送っていた。
 が、しかし。○○にはちょっとした悩みがあった。いつからか、耳鳴りがするようになったのだ。
仕事の疲れでも溜まっているのだろうかと思い休養をとったりしてみたが、耳鳴りが収まることはなく、
それは日増しに強くなっていった。

……………

 ○○が幻想郷にやってきてから丁度半年になった。○○はちょっとした用事を済ませるため、
久しぶりに地上までやってきた。遠目に多くの人々が集まって騒いでいる姿が見える。祭りを催しているようだった。
躍動的に動き回る人々の様子を遠くから眺めながら人里へ近づいていくと、突然耳鳴りが強くなり始めた。
耐え難い頭痛に襲われた○○は、頭を抱えながら膝を折った。
 それは「声」だった。誰のものともつかない大勢の声が、どこからともなく響いてきていた。
実際に○○の耳が捉えている音は、風の音くらいしかないのだが…。
それでも「声」は決壊したダムの濁流のごとく猛烈な勢いで、○○の頭に流れ込んでくるのだ。
 一体何が起きている?頭がどうにかしそうだ。早く用事を終わらせて帰って寝よう。
だが、人里に近づくにつれて、その「音」はさらに大きく、強くなっていくのだった。
 割れそうなほどに痛む頭を抱えながら歩いていると、一人の女性が歩み寄ってきた。
人里で寺子屋を営んでいる上白沢慧音だ。○○が初めて幻想郷にやって来たとき、大いに世話になった人である。
助けを求めたくはあったが、心配させてはいけないと思いが先立ったので、
何事もないことを装いつつ挨拶をしようとしたが、その行為は慧音によって遮られた。そして言った。
「まさか…。嘘だ…。…○○なのか?」


 ここは地霊殿にあるさとりの私室。さとりは作りかけの服に糸を通していた。ひと針ずつ、ひと針ずつ、心をこめて…
服に糸を通す。その行為は背後に何者かの気配を感じたことで止められた。妹のこいしだった。
「お帰りなさい、こいし。しばらく姿を見なかったから、心配してたのよ。」
「聞いてもいい?」
 こいしは何の前置きもなくそう言った。
「一言目がそれ?」
「○○さんのことなんだけど…ねえ、何で?○○さんはどうして…。」

人間じゃなくなってるの?

 二人は直感で○○に対して自分達と同じものを感じ取っていた。それは自分達と同じ種族がもたらす感覚だった。
何十代も前なのだろうか?○○の先祖との交わりがあったと思われる。さすがにその血は相応に薄れていたらしく、
幻想郷の実力者達でさえも感づくことはなかったようだが、この二人だけは気づくことができた。
だからさとりは率先して○○を迎え入れたのだろう。
 とはいえ○○はあくまで普通の人間だ。そんな人間が一年足らずで妖に変じてしまうものなのだろうか?
こいしはそこに何か不自然なものを感じていた。
「ねえ、○○さんに何をしたの?何をすればああなるの?お姉ちゃんしかいないんだよ。」
「何もしてないわよ?」
「嘘なんてやめてよ。」
「嘘?私が?そんな柄にもないことを?…なら私の心を読んでみる?閉ざしたソレを開いてね。」
 不意に棘のある言葉をぶつけられて、こいしは一瞬ひるんだ。
「私はただ、○○さんの側にいただけよ。朝も、昼も、夜も。仕事をしてるときもずっと見守ったし、
食事もご一緒させてもらったわね。どこか行くときも一緒だった。ああ、最後にあなたがどこかへ行ってしまってからは、
一緒の部屋で寝るようになったわね。でもそこまで。それ以上のことは何もないわよ?」
 人が妖の側に居ると、その妖気にあてられることによって、何らかの影響を受けるという。
側に居る妖が強大な力を持つ者であれば、その影響は更に強いものとなるだろう。
それが同じ性質を持つ者同士ともなれば尚更である。
「………。」
「今まではこいししかいなかった。でもそのこいしも、気がつくとどこかへ行ってしまうし。
ペットで埋め合わせをしたつもりだったけど、駄目だったわ。頑張ってたつもりだったけど、
やっぱり耐えられなかった。もう疲れたわ…。でも、これからはもう違う。
私はこれから本当の…そう、本当の家族をここに築くのよ。」
「お姉ちゃん?」
 こいしは何か言おうとしたが、さとりがすでにこちらを見ていないのを見て思い留まった。
そして、何も言わずに踵を返すと、悲しそうに目を伏せた。
(本当に嬉しい。この孤独ももう終り。こうして思えば、○○さんは来るべくして幻想郷に来たということなのね。
誰かの台詞を借りて言えば、これが○○さんの運命だったというところかな。)
 さとりは再び服に糸を通し始める。ひと針ずつ、ひと針ずつ、心をこめて…服に糸を通す。
遠くない日に訪れるはずの婚礼の日のための服に、糸を通し続ける。
(ここもじきに賑やかになるわ。○○さん。幸せになりましょう。明るい家庭を気づきましょう。)

……………

 ○○の目の前に、さとりが神妙な面持ちで座っている。傍らには複雑そうな表情を浮かべているこいしが座っている。
その背後には、心配そうな表情で様子を伺うペット達がいた。
○○は呆れた様子でため息をつく。すべてを悟った○○は、こうなった以上は仕方ないと、半ば開き直った形で
さとりからの婚礼の申し出を受け入れたのだった。
○○の懐にある、さとりやこいしのものとよく似た「目」は、憂鬱そうにさとりを睨みつけていた。

……………

 こうして○○は、地霊殿に永久就職することとなった。
 地霊殿の皆は○○が好きだったから、ずっと居てほしいと思っていた。○○も地霊殿の皆が好きになっていたから、
ずっと居たいと思っていた。
最終的な結果としては、皆が前々から望んでいた形になった。なったのだが、誰もが大手を振って喜ぶ気にはなれなかった。
ただ一人、さとりを除いては。

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最終更新:2011年03月04日 01:37