霊夢/6スレ/752-756
◆霊夢が異変を起こす話 (あるいは恋する少女は無敵編)
博麗神社の巫女である博麗霊夢は修行嫌いで向上心がまるでないが、巫女としての天性の才能や能力はずば抜けている。
身も心もふわふわと“浮いている”彼女は、何ものにも縛られず何ものも縛らず、すべてを在るがままに受け入れる。
種族や肩書など関係はなく、すべてを平等に見る霊夢には不思議な魅力があり――力の弱い妖怪には嫌われる反面――幻想郷において特に力の強い妖怪たちに好かれていた。
霊夢の周りには多くの人妖が集まるが、……そんな彼女自身は常に一人である。
妖怪の賢者である八雲紫も、紅魔館の吸血鬼レミリア・スカーレットも、香霖堂の店主である森近霖之助も、白黒の魔法使いである霧雨魔理沙であっても、彼女にとっては仲間ではない。いや、本心ではどうでもいいとさえ思っている。
“誰にでも同じように接する”というのは、逆に言えば人間にも妖怪にも興味がない……つまりは他人に対して関心が持てないのだ。
彼女は今日も奇妙な紅白の巫女服を着て、幻想郷の端っこから空を眺めつつお茶を飲んだり、結界の管理をしたり、異変を解決する。
これまでも、そしてこれから先も、……ずっとこの生活が続くはずであった。
……○○という名の外来人が現れるまでは。
□
雨が、降っていた。
しとしとと降り注ぐ雨の中、霊夢は傘もささずに呆然としたまま“それ”に目を落としていた。
そこは、博麗神社へと向かう途中の、少々荒れた参道から外れた場所であった。
“彼”の顔面は口から漏れた血で汚れ、その脇腹や背中は大きな爪痕で深く抉られていた。
その足元は、体から流れ出た血で泥の水溜まりが真っ赤に染まっている。
「…嘘、……○、○…?」
つい数分前、巫女としての勘に従って神社から飛び立った霊夢は妖怪に襲われていた○○を見つけ、その妖怪を撃退した。
……だが、助けに入るにはそれは僅かに遅かった。
すでに○○は瀕死の状態で、つい先ほど、霊夢に二言三言の言葉を残した後、それで満足したかのように崩れ落ちたのだ。まるで、操り人形の糸がぷつりと切れてしまったかのようだった。
「…………」
霊夢はそれを見届けながら、どうすることもできずにその場に立ち尽くしていた。
振り続ける雨が体を冷やすが、そんな些細なことを気に留める余裕など今の彼女にはない。
―― ○○を助けたいのならば、一刻も早く永遠亭に運び込むべきなのに。……どうして私は何もせず、ここに?
……いや、本当はわかっている。
もう、急ぐ意味はないのだと。
○○という男は、良くも悪くも掴み所のない、雲のような飄々とした人物だった。
外の世界に住んでいたことによる無知ゆえか、妖怪などをあまり恐れない危なっかしい行動が少々目立ち、余計な一言を言ったり素行などがだらしがないと憎まれ口も叩かれていたが、不思議と彼を心から憎む者はいなかった。
一度交わした約束は絶対に忘れない誠実な部分もあったし、意外と情も厚かった。
彼にもまた、人を引き寄せる魅力があったのだ。
……それは霊夢とは異なる、どちらかといえば
魔理沙の持つような魅力に似るのかもしれない。
彼は幻想郷に迷い込んですぐ妖獣に襲われ、そこを偶然人里に買い出しに出かけていた霊夢に救われた。
霊夢にとってはどうってことのない、妖怪退治とすら言えない些事だったが、彼は霊夢に強い恩義を感じたようだった。そして、好意も。
その彼は、今はもうモノを言わぬ屍となって横たわっている。
「…………」
博麗大結界の管理者である霊夢には中立が求められる。
彼女は妖怪にも人間にも味方しない。彼女が動くのは幻想郷の危機の時にだけ。
霊夢はこれまでそうして過ごしてきたし、これからもそうして生きていくことに不満や疑問など持たなかった。
(宴会などは楽しんでも)他者に興味など無く、他の人間や妖怪に好かれようと、自分にとってはうっとおしいだけであった。
……○○のことだって、単なる面白可笑しい友人であって、特別でもなんでもなかった……はずだ。
幻想郷の中で外来人が妖怪に襲われることだって、そう、…珍しくもなんとも、ない、…ことだ……。
なのに、……どうして自分は、ここまで動揺しているのか…。
…どうして、……視界が滲んで、…何も、……見えない………。
視界が滲むのは雨に濡れたせいだけではない。
その熱い滴は、ぼとり、ぼとり、と霊夢の両目から流れ落ちていった。
そして、霊夢は――
■
弾幕勝負で荒れてしまった境内に、八卦の萃を描いた道士風の服装の女性が地面に打ちつけられていた。
その華麗な金色の髪も、人形のような美しい肌も、今はその服と同じようにズタボロの状態だった。
「ね? 弾幕ごっこは紫の負けなんだし、私のお願いを聞いてくれるわよね」
「う、ううっ……ごほっ……。れ、霊夢ぅぅぅ……! 」
地面に倒れたまま起き上がることもできず、八雲紫は信じられないといった表情で顔を上げた。
……それは、妖怪の賢者と呼ばれる大妖怪を思えば、……あまりにみすぼらしい姿。
その紫を今の状態にした張本人である霊夢は、軽蔑するでもなく見下すこともなく、穏やかな微笑みすら浮かべ、紫に手を差し出していた。
それは肉体よりも精神への依存度が高い妖怪である紫にとって、プライドと自身の存在を大きく傷つけるものだった。
そもそも八雲紫が博麗霊夢と弾幕ごっこを繰り広げることになったのは、“霊夢が起こした”異変が原因だ。
人里のワーハクタクを脅して○○の死の歴史を隠し、
彼岸で死神を蹴散らし閻魔をねじ伏せてその判決を覆し、
冥界の管理を行う亡霊を従者の半人半霊ごと屈服させ、
異変を察知して解決に来た白黒の魔法使いを追い返した
本来であれば、幻想郷で起きた異変を『解決する側』であるはずの巫女が起こした事件。
紫は、今回の“解決する者がいない異変”を止めるために霊夢の元へと向かったのだ。
そして、その結果が今の敗北であった。
「さあ紫ぃ、早く○○の生と死の境界を操ってちょうだい。
…すでに死の歴史という事実も隠したし、閻魔の裁決も変わった。冥界側からも文句を言われることもないわ! 後は紫で最後なのよ」
「…くっ、……霊夢、あなた分かっているのいるの!? 博麗の巫女であるあなたが異変を起こすなんて――」
「何が、問題だというのかしら? …大丈夫よ、問題なんてなんにもないわ」
そう言うと霊夢はにこりと笑い、紫の近くへと顔を寄せた。
可憐な笑みであると言うのに、その笑顔は、未だかつて見た事もないほど気味の悪い笑顔に見えた。
「いつもと同じことじゃない。異変が起きて、それを博麗の巫女(ニンゲン)が解決する。
今回は異変のハジマリが私だったってだけのこと、……これが終われば、私の目的は達せられて終了。それでおしまい。
ホラ、結局はわたしが終わらせるのだから、“博麗の巫女が解決して”終わらせる。それだけのことよ?」
……それは、とんでもない暴論だった。
それを聞いた紫は、彼女には珍しく唖然とした顔をわずかな間見せた後、複雑な表情を浮かべて言った。
「そう、……どうやら話しは通じないようねッ…!!」
瞬間。
霊夢の背後に開いたスキマから大量の弾幕が撃ち込まれた。
弾幕ごっこに使うような華麗さは微塵もない、単なる攻撃だけを目的にした光弾だ。
完全な不意打ち、完璧に隙を付いた一撃。
「なっ?!」
この一瞬に反応して袖から霊符を出そうとした霊夢の勘と技量は見事だったが迎撃は間に合わず、紫の攻撃は直撃した。
着弾した弾幕が起こす砂埃と煙で視界が閉ざされるが、妖怪の持つ動体視力は直前の光景をはっきりととらえていた。
「一応は手加減をしておいたけれど……。霊夢、あなたにはお仕置きが必要なようね」
そう言うと、紫はぽんぽんと服に付いた土を払って立ち上がる。
さっきまで地面に転がされていたとは思えないくらい、何のダメージも感じさせない動きだった。
そうして、虚空に向かってなぞる様に指を動かすと、その動きに合わせるようにして現れたスキマが彼女を一瞬飲み込む。……再び現れたその姿はいつもと寸分違わぬ、傷一つない恰好だった。
しかし、
「そうね。でもお仕置きを受けるのはあなたの方よ、紫」
「えっ?」
背後から聞こえたその声に、紫の顔が凍りつく。
ゆっくりと、自分の背後を振り返ったのその先に、博麗霊夢が無傷で立っていた。
「スペルカードルールでは、全てのスペルを突破された相手は素直に負けを認めること。余力があってもルール以外の方法で倒してはいけない。
……ダメじゃあないの。貴方がルールを破っちゃ」
紫の顔が青ざめ、余裕の色も胡散臭さも一気に消えた。
……結界? 瞬間移動? それとも博麗幻影?
そんなことはどうでもいい。紫はすぐさま隙間を生み出すと、その中へと潜り込む。
「逃がさないわよ……!」
閉じようとするスキマの中に、霊夢は強引に数十枚の退魔札を放つ。スキマは閉じてしまったが、誘導性のお札が紫を追っている。
そのままその場に立ち止まった霊夢は何事かをぶつぶつと呟くと、突然に別の方向を向いて再びお札をばら撒いた。
「……んなっ!!」
そして霊夢がお札を放ったその先で、何もない中空に開いたスキマから紫が現れた。
直にスキマを閉じたことで、スキマの内部に放った誘導性の退魔札は意味を無くしたが、後に霊夢が撃った札が炸裂する。
霊夢は、紫が現れる場所を先に察知して、事前に攻撃を加えておいたのだ。
「さあ、今度こそ私の勝ちね」
霊撃を受けて動けない紫の首を片手で絞めつけると、霊夢はゆっくりと勝利を宣言する。
「う、……お、……あ、……あぁぁ、…………ぁぁぁぁぁ……」
そしてそのまま、片手でゆうゆうと紫の体を吊り上げてしまった。
当然、紫も抵抗しようとしているのだが、ぐったりと脱力してしまって力が入らず能力も使えない。先程のお札の攻撃だけでなく、霊夢が何か妖怪退治用の術を並行して使っているのだ。
「……○○を、生き返らせて、くれるわよね?」
「ぐ、ぐぐぐ………」
ぎりぎりと首に食い込み続けていた指が、わずかに緩められた。答えろ、ということなのだろう。
「は、博麗の…巫女、は……あ、あくまでも中立でなくてはいけないわ。
……誰か、一人に、…肩入れするなんて………あああああああ゛あ゛ぁぁッ!!」
霊夢は術の威力を調節しながらニッコリと、さらに笑みを深くした。
「いい? 私はね、今も昔も、人間と妖怪のどちらかに味方するつもりはないの。ましてや、その役目を放棄するつもりもない。
貴方達が博麗の巫女としての役割が、って言うのならさっさと後継ぎを作って、引き継いでから○○と結ばれてもいいんだから。
……私知ってるの、紫が本当は優しくて凄い奴だってことはね。
さっきだって、私が死ななように手加減して弾幕を撃っていたんでしょう? ねえ? ねえぇぇ!?
本当はこんなの効いてないんでしょう!? 妖怪なんて精神的な生き物だから、肉体の苦痛なんてへっちゃらですものねぇ!」
「ぅ……かっ……、…ぁああ……」
首元を絞め続ける霊夢の手は夢想封印の時と同じ輝きを放ち、その光が強くなるにつれて紫の表情も険しく苦悶に満ちていく。
それに霊夢は興味を示すことなく、質問を続けた。
「……○○を、生き返らせて、くれるわよね?」
「ぅ、……………■■■■…、よ」
そうして答えた紫だったが、それはとても小さくて聞き取りづらい、口をもぐもぐと動かしてやっと言える不明瞭なものだった。
しかしその言葉は霊夢に届いたらしく、そしてそれは、彼女をとても不愉快にさせる内容だったらしい。
だって、その表情が一瞬で悪鬼のごとく歪んだのだから。
――ジュウッ、と。まるでナニカが焼いて爆ぜたような音が聞こえた。
「や…め……!! やめてッ、やッ、めッ……ぎぃいぃぃ! ぅおああああああああぁぁああああぁぁッ!!」
霊夢の右腕が淡く、美しい色合いの光で輝いていく。
それに呼応するかのように、先ほどから霊夢が掴み吊るし上げ続けていた紫の首から煙が上がり、焼けた鉄板に肉を置いた時に聞く音とそっくりな音が聞こえた。皮膚が焼けて爛れて、断末魔の悲鳴が上がる。
しばらくそうしてから、霊夢は紫を投げ出すように離した。そのまま紫は肩から地面にぶつかると蹲り、呻き声を上げた。……時折、すんすんと鼻をすする音も聞こえてくる。
霊夢がしゃがみ込んで紫の耳元に口を近づけると、一瞬びくりと紫の体が跳ねたが、それ以上の反応はない。
「……○○を、生き返らせて、くれるわよね?」
紫は、もごもごと何かを口に含んだように曖昧で、そして蚊の鳴くような小さな小さな涙声で、……答えた。
今度の返答は、霊夢にとって一番望ましいものであったようだ。
ぱあっと、霊夢の顔に明るい笑顔が咲く。まるでそれまでの笑みというものが全部偽物であったかのような、素敵な笑顔だった。
くすくすと笑いながら、まるで今にでもスキップや小躍りしそうな程に大喜びで、博麗霊夢が神社の中の○○の身体を封印してある棺の下へと駆けていく。
八雲紫は、それを輝きをなくした瞳で眺めたあと、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
この後、霊夢が向かうよりも早く○○が復活していて、早苗が横取りしようとしていて>>682みたいのに続く、
『東方風神録/現人神・超絶対許早苗編』と
○○の死体が入った棺はお燐に盗まれていたという、
『東方地霊殿/鬼巫女・阿修羅霊夢爆誕編』に分岐させようとか考えてしましたが、力尽きました。
ゆかりんの扱いが酷いように見えますが、その前にけーねとかえーき様とかゆゆ様も霊夢にぼっこぼこにされてます。
恋する乙女には勝てませんね。
感想
最終更新:2019年02月02日 02:49