朝起きるとそこは知らない部屋でした。
…空想の世界だったら大冒険とかの始まりなんでしょうが。
そうでもないみたいです。
まず体は動きません。
拘束されてる訳じゃないんです。
首から下にまったく力が入りません。
唯一動く首を動かし周りを見ます。
人。女性。赤い髪は染めたものでしょうか?
ベッド脇のスタンドを頼りに本を読んでいるようです。
とても悲しい顔をしています。今にも泣き出してしまいそうな。
こちらの視線に気が付いたのか本を閉じ、傍のベッドテーブルに置きました。
『おはよう。』
「おはようございます。」
「ええーと、お名前は…。」
『夢美。岡崎夢美よ。』
「夢美さんですか。」
「いい名前ですね。」
「私の名前は…。」
『言わなくてもいいわ。』
『あなたの名前は知っているもの。』
「…名前では呼んでくれないんですか?」
『名前で呼びたくないのよ…。』
はて、どういうことでしょうか。
とりあえず分からないことが多すぎます。
色々聞きたいことはありますが…。
此処は何処なのか?
彼女は何者なのか?
何故、自分なのか? …最低でもこれらは知りたいですね。
ストレートに聞いても答えてくれるかは分かりませんし。
質問にいくつ答えてくれるかも分かりません。
できるだけ質問は絞ったほうがいいでしょう。
こちらで分かることをまとめますか。
監禁は地下室で石の壁に拷問道具があると思ってましたけど。
ここはホテルの一室のような雰囲気です。
白を基調としたデザインで
オレンジの照明がどこか落ち着きます。
窓も時計も見当たらないので時間は分かりませんね。
他には…。
『ねぇ、あなた。』
『キョロキョロしてるけどそんなに気になるかしら?』
『そうねぇ…3つだけなら質問に答えてあげてもいいわ。』
3つ。自分が聞きたいことと丁度同じ数ですね。
では気になっていることを聞いてみますか。
「それじゃあ、此処は何処ですか?」
『何処だと思う?』
「……………。」
『…いや、ちゃんと答えるわよ?』
『ただあなたの予想が聞きたいの。』
「…そうですね。」
「見た感じホテルの一室ですかね。」
「でも窓が無いあたり地下か外が窓を置けない環境って事ですよね…。」
「それと時々揺れるってことは…船ですかね。」
『…んー、まぁ当たりよ。』
『ただの船じゃないけどね。』
「ただの…?」
『可能性空間移動船。』
『と言っても信じるかしら?』
…からかわれているのでしょうか?
『…質問はここまで。』
『2つ目の質問はまた今度ね。』
「何処に…いえ、何でもありません。」
「いってらっしゃい。」
『ええ、またね。』
彼女はベッドテーブルの本を持って外に出ていきました。
…とりあえず今の状況が少し分かりました。
いつの間にか船に乗っていたようです。それもかなり大きな。
航行中のようなので脱出は難しそうです。
脱出が難しいとなると…別の手を考えなくてはなりません。
どちらにしろ彼女が何者なのか知る必要があります。
説得には当然、相手を知る必要がありますし。
この船を乗っ取るにしても相手が分からなければ返り討ちにあいかねません。
次に彼女が部屋に来るのはいつでしょうか…。
「…きろ、……。」
家に帰れるんでしょうか…。
それ以前に彼女はいつ来るのでしょうか…。
窓も時計も無く、時間の感覚がおかしくなっています。
ずっと体は動きませんし、時間も分かりませんし…。
地に足が付いていないような気がして不安で…。
「起きろ!○○!」
「……………!」
女性の声。夢美さんではないみたいです。
セーラー服…ここの船員でしょうか?
彼女は名前を知っているようですね。
夢美さんの名前を知っているというのも嘘ではなかったようです。
「ほら、昼メシだぜ。」
カレー…でしょうか。いい匂いです。
お昼時と分かって少し安心しました。
お腹も減っているので嬉しいですね。
でも…。
「どうやって食べればいいんですか?」
「あー、そういや動けないんだよな。」
「…しょうがない、特別に私が食べさせてやる。」
「ほらっ口開けろ。」
「いただきます。」
けっこう美味しいですね。
金髪。夢美さんと同じで染めたものでしょうか…。
…どこかで見た顔…ですね。
「あの。」
「…どこかでお会いしたことがありますか?」
「ありゃ?おかしいな…。」
「私と○○とは接点が無いはずなんだが。」
やはりよく分かりません。一体どういうことなのでしょうか。
できる限り情報が欲しいです。
夢美さんにはあと二つしか聞けませんし…。
夢美さんが自分のことを話してくれるかは分かりません。
彼女は答えてくれるでしょうか…。
「その、聞きたいことがあるんですが。」
…彼女は迷ってるみたいですね。腕を組んでいます。
駄目で元々でしたがやっぱり…。
「いいぜ。」
「ただし、ご主人様に口止めされてるから内緒だぞ。」
ご主人様。自分を此処に連れてきた人のことでしょうか?
無制限のようですし聞けることは全て聞きましょう。
「じゃあ、聞きますね。」
「ドンと来い。」
「お名前を教えてくれませんか?」
「呼びにくいですし。」
…思い出した。確か彼女は…。
「ちゆりさん。」
「あなた比較物理学を専攻してませんでしたか?」
「ん!?何でそれを…。」
「あぁ、そういうことか。」
「そっちの世界でも同じ大学だったのか。」
「でも、ご主人様と面識が無いってのは…。」
…余計に分からなくなりました。
大学で目立つ金髪だったから憶えてたんですけど…。
それに〝そっちの世界〟って一体何でしょうか?
「とりあえず○○の知ってるちゆりではないぜ。」
「一応同一人物だけどな。」
「…この質問は終わりだぜ。」
これ以上聞かれたくないんでしょうか。
それとも彼女自身もよく分かっていないのですかね…。
次の質問に移ったほうがよさそうです。
「此処は何処なんですか?」
「ん?ご主人様にそれは聞いたんじゃないのか?」
「船としか分かりませんでしたから…。」
「お願いします。」
「この船は可能性空間移動船っていってな。」
「ありとあらゆる可能性を航行できるんだぜ?すごいだろ。」
可能性を航行できる船。夢美さんも言ってました。
現実的ではありませんね…やはりからかわれているのでしょうか?
とりあえず話をあわせましょう…。
「別の可能性から来たってことですか?」
「あぁ。平行世界人って奴だ。」
「○○と会った私も○○の世界の私ってことになるな。」
「何のためにこの世界に…。」
「何故、私なんですか?」
「…○○の必要があったけどお前でなくてもよかったんだ。」
「どういう意味ですか?」
「それはな…痛゛っ!」
ちゆりさんは後頭部をさすっています。
後ろに居た夢美さんがゲンコツしたようです。
『何を勝手にベラベラと話してるのかしら?』
『質問には答えるなと言っておいたはずだけど。』
「ご主人様、痛いぜ…。」
『何を喋ったの。』
「名前とこの船のこと…。」
夢美さんがため息をついています。
呆れてるのでしょうか。
『あなたのことだし他のことも言ってそうね…。』
『…今度からは食事も私が持ってくるわ。』
『行くわよ、ちゆり。』
「…へーい。」
『またね。』
行ってしまいました…。
分かったのは名前とちゆりさんのことですね…。
そして自分を拉致した明確な理由があること。
ちゆりさんは夢美さんを〝ご主人様〟と言いました。
自分を拉致したのは夢美さんだったようです。
彼女のことも何故拉致したのかも。
彼女に聞いてみないといけませんね。
体が動くようになってきました。
薬が切れたのでしょうか?
次に夢美さんが来るまで情報収集しましょう。
この部屋の主はどうしたんでしょう。
自分の部屋に拉致というのは考えにくいですし。
夢美さんとちゆりさん以外の誰かの部屋でしょう。
その人は何で自分に部屋を明け渡しているんでしょうか…。
本棚を視させてもらいましょう。
本、本、本。漫画もありますね。
趣味は自分と似ているようです。
…それ以外はほとんど比較物理学の本ですね。
他は非統一魔法世界論、魔法の存在、平行世界などなど。
よく見ると著者は夢美さんですね…。
この部屋の主は本当に信じていたのでしょうか…?
「…ん?」
本棚に写真が置かれていますね。
写っているのは夢美さんとちゆりさんだけ…。
撮ったのはこの部屋の主でしょうか。
二人とも満面の笑みですね。
一つだけ3人が写ったものがありました。
仲良さげに腕を後ろに回し寄り添っています。
真ん中に居るのは…。
「…?!」
これはどういうことなのでしょうか…。
夢美さんとちゆりさんに挟まれているのは…自分。
ですが自分には全く覚えがありません。
合成写真といっても出来がよすぎますし…。
『写真苦手だったからね。』
『それしか残ってないのよ。』
「夢美さん、いつの間に…。」
「その、この写真は一体…。」
『答えてあげてもいいけど…。』
『2つの質問を使ってもいいのかしら?』
「い、いいえ。」
「2つ目の質問は決まっています。」
『何かしら?』
「…夢美さん、その…あなたのことです。」
『私のこと?』
『もう薄々気が付いてるんじゃないかしら?』
『答えを言う前に予想を聞かせてくれるかしら。』
「…わかりました。」
「まだ自分でも考えが纏まってないですけど…。」
『別にいいわ。』
「それじゃあ、現時点で確定してるのは…。」
「あなたが首謀者ということですかね。」
『首謀者…まぁ当たりね。』
『とは言っても計画を立てたわけじゃないけど。』
『他は?』
「それは…その。」
『何よ、口ごもっちゃって。』
『話してみなさいよ。』
夢美さんはこちらに近づいてくる。
予想を聞きたげに耳に手をあてている。
後ろに手を回し彼女に近づきます。
もう片方の手で口を手で囲うと、彼女は耳を口元に近づけてきました。
今。すかさず肩を掴み引き寄せる。…うまくいきました。
『…どういうつもり?』
彼女は微動だにしません。カッターを喉に突きつけてますからね。
「もう一つ確定してることを言いますよ。」
「…あなたたちは私を解放する気はないですよね?」
『…それはどうしてかしら?』
「…ちゆりさんですよ。」
「彼女は私である必要があると言っていたんです。」
「目的は代価じゃなくて私だったんですね?」
『…半分当たり。』
『それでどうしてこんなことしてるの?』
「…説得も脱出も難しいですからね。」
「ここを乗っ取るしかなかったんです。」
『妥当な判断ではあるわね。』
『でも、焦ったのかしら?』
『そういうのは相手を知った上でやるものよ?』
「あなたが首謀者だとさっき言ったでしょう。」
「あなたを人質にとれば…。」
『そういうことじゃないわ。』
『相手の実力を図り違えたわね。』
「え…?」
彼女の周りに赤い閃光が…。
気が付いたら倒れていました。何が起きたのでしょう。
夢美さんに腹に乗られました。マウントポジション。
さっきの位置から離れていますし背中が痛いです。
吹き飛ばされたのでしょうか…?
「夢美さん…何を…。」
『おやすみ。』
彼女の手には何かが握られていました。見憶えがあります。
首にそれを当てられると一瞬痛みが走りました。
思い出しました、映画でみるような注…。
…またベッドの上です。
やはり首から下に力が入りません。さっきの注射のせいでしょうか。
横から紙を捲る音がします。夢美さんですね。
また悲しそうな顔で本を読んでいます。
夢美さんがこちらに顔を向けてきました。
咄嗟に目を閉じて寝た振りをしてしまいましたが…。ばれてるでしょうか?
……………!?
頬に感触が…夢美さんが触って、いや撫でてきています。
彼女の手はとても柔らかく手つきは優しいです。
一体どんな顔をしているんでしょう…。
手つきと同じで優しい顔でしょうか…それとも先程の悲しい顔でしょうか。
…?今、額に何か柔らかい感触が…。まさかキ…。
『…あなた起きてるでしょ。』
「…ばれました?」
『それだけ顔を真っ赤にしてれば誰だって分かるわ。』
『どうして寝た振りなんかしたの?』
『まだ情報収集してるのかしら?』
「…いいえ。」
『あら、意外ね。』
『まだ逃げようとしてると思ってたのに。』
『あと2つの質問で逃げれるかもしれないわよ?』
「最初はそうしようと思ってましたよ。」
「できるかぎり情報を掻き集めて帰る方法を考えてましたよ。」
「でも…。」
『でも?』
「航行中の船から脱出は難しいですし。」
「身代金とか代価が目的じゃないから説得もできませんし。」
「夢美さんを人質にとるにしても〝アレ〟を見せられたら…。」
赤い閃光の走ったあの時。自分を吹き飛ばした何か。
あの力は一体何なのでしょう。
彼女に自分をあそこまで吹き飛ばす腕力は無いでしょうし…。
あんな技術は今まで見たことがありません。
〝アレ〟に言葉で当てはめるとすれば…。
「…魔法でも使えるんですか?」
『魔法…か。』
『そっちにとっては魔法みたいなものかもね。』
『…本当にそんな力が使えたらよかったのに。』
「…?」
『…帰るのを諦めるってことは。』
『質問はもういらないのね。』
「いえ、家に帰るのは諦めますけど…。」
「質問は残しておいてくれませんか?」
「気になることを聞きたいのですし。」
『…わかったわ。』
『質問は残しておいてあげる。』
「ありがとうございます、早速で悪いんですけど…。」
「その本のこととか…いいですかね。」
『本…、ああこれね…。』
『日記よ、とても大切なもの。』
『…読みたいなら置いておこうか?』
「…大切なものなのにいいんですか?」
『…いいのよ。』
『ここに置いとくわ。』
『またね。』
…本当に置いて行ってしまいました。
一体、何が書いてあるんでしょうか…。
今すぐ読みたいところですが、まだ体が動きません。
もう少し待ちましょう…。
感覚が戻ってきました。
激しい運動はできませんが本を読むぐらいはできるでしょう。
……………。
本には二人と自分に似た人の写真が挟んでありました。
この本…いや日記はこの部屋の主のものなのでしょうか。
そして分かったことがありました。
夢美さんは大学教授でちゆりさんはその助手。
この部屋の主は夢美さんと恋人同士だったようです。
非統一魔法世界論の研究を手伝っていたようです。
それと関係してますが…。
この日記には魔法、平行世界などが、さも当然のように書かれています。
ちゆりさんの言っていた平行世界人という言葉。
謎の写真も、自分を弾き飛ばした赤い閃光も…別の世界ならありえるかもしれません。
本棚にあった本の数々も本格的なものでしたし。
騙そうとしているという可能性も無くはありませんが…。
彼女達が自分を騙す必要があるのでしょうか?
…もう帰るのは諦めたのですが。
まったく関係のない質問をして知りたかった情報を得てしまいました。
残りの質問は後一つ。使い道は今度考えましょう…。
『起きなさい。』
…いつの間に寝てしまいました。
予告通り夢美さんが来たみたいです。
『朝ごはんはトーストよ。』
『ほら、口開けて。』
夢美さんは少し焦げたトーストを口元に近づけてきました。
拉致監禁されてから三ヶ月ほど経ちました。
夢美さんは自分に何をするわけでもなく。
時々、ここにやって来て暫く日記を読んで、また戻っていく。
そんなことの繰り返しでした。
人間不思議なもので此処での生活にも大分慣れてくるのと同じく。
彼女達にも愛着がわいてきてしまいました。
『…おいしかった?』
「え、えぇ…。」
『そう、じゃあお代わり持ってくるわ。』
「いえっ、結構です。」
「もうお腹もいっぱいですし…。」
『…やっぱり不味いか。』
『無理しないでいいわよ。』
「…すみません。」
『謝ることはないわ。』
『料理が不味いのは私のせいだし。』
「……………。」
「その、気になってたんですけど。」
「この部屋の人はどうしてるんですか?」
「もう三ヶ月近く私が使ってますけど…。」
『…いいのよ、もう使う人も居ないんだし。』
『あなたが使うのが一番お似合いよ。』
そう言うとベッドに腰掛けてあの日記を読み始めました。
読んでいる彼女の顔はやはり曇りがちです。
読み進めていると…あるページで止まりました。
「…そのページで止まってますよね。」
何の変哲もないページ。そこでその日記は終わっています。
この部屋の主は日記に飽きたんでしょうか…。それとも…。
「夢美さん、聞いてもいいですか?」
「この日記の、この部屋の主のことです。」
それを聞いて一瞬、夢美さんが固まりました。
何かあるのでしょうか…。
『…貴重な残り最後の質問をそんなことに使うの?』
『もっと有意義な使い道があると思うけど。』
『例えば自分をどうするのかとか。』
「…夢美さん。」
「教えてください、この部屋の主のこと。」
『…死んだわ。』
『とても下らない事故でね。』
『私を必ず幸せにするとか言ってたくせに…。』
「夢美さん…。」
「あ……………!?」
〝使う人の居ない部屋。下らない事故。止まった日記。本当にそんな力が使えたらよかったのに。〟
頭の中で一つの予想が出来ました。
それはとても幼稚で、荒唐無稽なものですが…。
そこに今までのことが繋がっていきます。
〝別の可能性。平行世界人。可能性空間移動船。そっちの世界。〟
もしかして夢美さんが自分を拉致した理由は…。
いや、そんなことをするわけ…第一そんなことをしても。
起こったことが変わるわけじゃありません…。
〝計画を立てたわけじゃないわ。目的は代価じゃなくて私。〟
でも現に自分は此処に居ます。
普通に考えればおかしな結論ですが…。
今まで分からなかったことも説明がつきます。
〝自分と似た趣味。一応同一人物だけどな。夢美さんと恋人同士。あなたが使うのが一番お似合いよ。〟
夢美さんが自分を拉致した理由も。
自分がこの部屋にいる理由も。
彼女達と撮った覚えの無い写真も。
〝○○の必要があったけどお前でなくてもよかったんだ。名前で呼びたくないのよ…。〟
夢美さんが名前で呼んでくれない理由も…。
「夢美さん。」
『何かしら?』
『もう質問は使い切ったでしょ?』
「いえ、答えてくれなくても構いません。」
「聞いてくれるだけでいいんです。」
『…別にいいけど。』
『何を言うつもりなの?』
「…この部屋の主のことですよ。」
夢美さんの日記を捲る手が一瞬、固まりました。
日記を読み進めながら返してきます。
『それはもう話したでしょう?』
『あなたに話すことは無いわ。』
「いえ、大切なことを聞けませんでしたから…。」
「名前ですよ。」
夢美さんの手が完全に止まりました。
そのまま微動だにしません。
これを言えばどうなるかは分かりません。
でも…確かめなくてはいけない。
「ただの予想ですけど…。」
『○○。』
「え…?」
『○○よ。』
『…あなたの予想通りね。』
『…もうばれちゃったか。』
夢美さんは読んでいた日記を閉じて表紙を眺めています。
暫くしてこちらに視線を移すと前みたいに頬を撫でてきました。
『こんなことしても意味が無いって分かってるはずなのにね…。』
夢美さんの目が細くなり目元が潤んでいます。
急に後ろを向いてしまいました。
…泣いてるのでしょうか…。
『…もういいわ、元の世界に帰らせてあげる。』
『…ごめんなさいね。』
『三ヶ月も付き合わせちゃって。』
「…夢美さん…。」
『明日起きたら家のベッドで起きてるわ。』
『あなたが望むなら此処での記憶も無くしてあげる。』
『一生苦労しない生活も約束するわ。』
「…夢美さん、いいですか。」
『…何?』
『…ある程度のことなら望み通りにしてあげるわ。』
『地位も名誉も富も…女も。』
「その、…此処でそのまま暮らすというのは駄目でしょうか?」
夢美さんはこちらに振り向きました。
頬には一本、目から顎に筋が通っています。
『あなた自分が何言ってるか分かってるの?』
「はい、勿論です。」
『どうしてよ。』
『此処に残ってもメリットなんて無いでしょう?』
『…何でそんなこと言うのよ。』
「…正直言うとよく分かりません。」
「放っておけない気がしてしまって…どうしてでしょうか。」
『…そっか…あなたも○○だもんね…。』
『…わかったわ。』
『此処に残ってもいいわ、ただし扱いは今までと同じよ。』
「…構いません。」
『…それと。』
『〝○○〟と呼んでもいいかしら。』
『そう、ありがと…大好きよ、○○。』
そう言うと夢美さんはこちらに顔を近づけて…。
最終更新:2010年11月24日 02:12