人里唯一の西洋式喫茶店。
その一角は昼下がりの掻き入れ時なのに、一組のカップルを除き全部空席だった。
店員も、端っこに座ってる里人達も、怖々とカップルの様子を見ている。
空気を読まず外来人の店員を執拗に口説いている竜宮の使いはさておいて―――。

「暫く、会わない方が良いと思う」

重々しく、口を開いた外来人の○○の言葉に、八雲藍の面持ちは凍り付いた。

「な、なんでだ……私は、随分と君の要求を呑んだ。譲歩した。なのに、なのになんで!?」

思わず声を荒げて立ち上がる藍と、彼女から気まずげに目を逸らす○○。
うっかり○○と目が合ったマスターは、慌てて背を向けてグラスを磨く。
店内には、蓄音機から流れる古いクラシックと、やっぱり空気を読んでない竜宮の使いの口説き文句だけがボソボソと聞こえた。

「わ、私は努力したんだぞ!? 君が、指摘した部分は全て直したつもりだ!

24時間付きまとうのは止めた!
君の家に無断で部屋を拵えたのも撤去した!
式(橙にあらず)に監視させるのも止めた!
断りも無く食事の用意をしたり、風呂を沸かすのも止めた!
自分の尻尾を布団代わりにしろと言うのも断腸の思いで諦めた!
夜這いしたり昼間から君を拘束してするのも控えている!
君の弁当に体液や髪の毛を混ぜるのも止めた!
人里の女性店員や知り合いの女性と話をしたからって相手に呪術で嫌がらせをするのももう我慢する!
ちゃんと紫様のお仕事を手伝って、君の所に紫様から苦情が来ないようにした!

私は、君と向き合い付き合う為にあらゆる努力をしてきたんだ、して来たんだぞ!
そ、それでも、君は、君は私を拒むと言うのか!?」

嗚咽混じりの声が店内に大きく響き渡る。
蓄音機から流れる古いクラシックの音色は既に止まっていた。
やっと空気を読んだ竜宮の使いは、電気ショックで気絶させた店員を担いで店外へと出て行った。

気まずい空気と、藍が鼻を啜る音だけが店内を支配した。
店員と客は同情に満ちた視線を○○に送ってた。

「藍さん……君の努力は理解してる。永遠亭で抗鬱剤を処方して貰ってた頃に比べれば、君と僕の関係は改善されている」
「な、なら、何が足りないと言うのだ!?」
「藍さん」

○○は藍の言葉を遮るように立ち上がり、彼女に指を突き付ける。

「病みは止めれたのに、何で僕と会う時には何時も全裸なのを止めれないんだ!?」


そう、八雲藍はスッパだった。

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最終更新:2023年10月30日 22:26