じゃり、と言う金属音が、耳をつく。
音源の方向へ目をやれば、やはりそこにあったのは鈍い銀。
‘俺の手首’を固定している、枷の色。
思わず舌打ちをこぼして、反対側の腕を動かそうと腕を引っ張るが、しかし返ってきたのは耳障りな雑音だけだった。
確認するように、右足、左足、首、肘、指先に至るまで、全身にくまなく力を巡らせる。
けれど、びくともしない。どれも全て、芳しい結果につながらない。
悪態をついて、歯噛みする。
何で、こんなことになっているのか。
わかってはいる、わかってはいるけれど、まさか彼女があんなことをするなんて、考えられない。
聡明で、優しかった‘彼女’のすることとは、思えない。
けれど、事実だ。
現に、俺はこうして体の自由を奪われ、どことも知らぬところに放り込まれている。
今俺が居る、密室。
窓もなければ、出入り口もない。
視界はぼんやりと照らされているが、光源の正体までは掴めない。
あるいは、俺のはかり知らぬ魔法やら霊術の類が用いられているのであれば、何の手がかりすら見つけられないのも当然だろう。
だからこそ、彼女がこの場に踏み入ったことに気づかなかったのかもしれない。
言われずとも、足音と、人の気配で察せられた。
この空間は、無音だ。俺が、何かしら問題を起こさない限りは。
顔を、上げる。
すれば、彼女の顔が、俺の目に入った。
彼女は、笑っていた。いつもの、暖かい笑顔ではなくて。
冷たい、と表現してもいい、無機質な笑み。
「やっと……やっと二人きりね」
口を開いての第一声が、こんにちはでも、ごきげんようでもなく、それ。
全くもって、普通でない。俺の状況もそうであれば、彼女の現状も。
何をするつもりだ、と俺が声を上げれば、彼女はまた一段と笑みを深くして、
「今までは邪魔者が多かったから……上手くいかなかったけど。
やっと。私と、貴方が、一つになる。深く結ばれるの」
要領を得ない返答を受け取って、俺は思わず表情を渋くしてしまった。
順序だてて説明してほしいところだが、どうやら彼女は精神的に安定していないようだ。
もっとも、俺も人のことは言えないが。
「ほら……怖がらないで? 大丈夫、痛くしないから」
何をするのか、何が痛くないのかさっぱりだが、彼女は何か行動を起こすつもりなのが伺える。
ゆっくりと、一歩一歩、俺に向けて近づいてくる。俺は、動けない。手も、足も、固定されているのだ。使い物にならない。
「さぁ」
彼女は、不意に舌の動きを止めた。
その後に続く言葉は、
「私と――――」
「待てい!」
「!?」
声に、遮られた。
響く、新しい音色。その叫びは、ひときわクリアに聞こえた。
「力と己の欲のみで、いつまでも人の心を惑わせると思うな!
固く握り合った手は、暴力では離れない……!」
紡がれる、言葉。
それの宿す、意思が、決意が、力強さが。
俺の心を、振るわせる。俺の胸に、勇気を与えてくれる。
「人、それを……
『絆』と言う!」
動揺しながらも、彼女は予期せぬ乱入者に向かって咆えた。
「何者!?」
すれば、その声の主は、悠然とした態度で、どこまでも、強く、清廉に、
「貴様に名乗る名前はないっ!」
咆哮でもって、応えた。
ヤンデレを回避するにはどうすればいいか真剣に考えたらこうなった
最終更新:2015年08月23日 14:31