僕の家には誰も来ない。と言ったらちょっと語弊がある
正確には、[冬の間は]誰も来ない、だね
村から離れた山のふもとに住んでるのも、冬に来客が途絶えるのも、ちょっとした理由があるんだ



ええっと、野菜は買い溜めたし、肉や魚は干すか塩漬けにしたし、食料は大丈夫かな
……あっ、これじゃお味噌が足りないかもしれないなぁ
冬が来る前に、ちょっと買いに行こうか―――

「○○、いるわよね。寒いから早く入れてほしいな」

あらら。これで今年の冬のお味噌汁はちょっと薄めに作らなきゃならなくなっちゃった
しかし寒いからとは、あんまり上手くない冗談だね
それが彼女の精一杯なのかもしれないけど

「君が居やすいようによ~く暖めてあるよ。辛かったらいつでも帰っていいからね」
「そう言いながらも戸を開けてくれるのね。優しいんだから」

戸を開けるとそこは雪国だった
三年前から彼女――レティが冬になるとうちに住み着くようになってから、もう見慣れた光景だけど

「いらっしゃい。熱いお茶飲む? 鉄瓶でグラグラ沸いてるけど」
「いらないわ」
「じゃあ昨日の残り物だけど中華丼食べる? 餡かけって簡単に冷めなくて美味しいよね」
「いらない」
「じゃあ火鉢にもっと炭入れる? 汗ばむくらい火を炊こうか」
「………」

あ、怒ってる
ちょっとあからさますぎたかな

「……○○は、そんなに私のことが嫌いなの?」
「えっ」
「私は、○○が大好きなのに。大好きで大好きでどうしようもなくて、ずっと一緒にいたいのに
 ねぇ、どうして? どうしてそんなに私を追い出そうとするの?」

言葉は静かだけど、相当動揺してるみたいだね
……だって、外の雪が嵐みたいな音を立てて吹きすさんでるし

「僕はレティのことを嫌ってなんていないし、むしろどっちかと言えば好きだよ
 綺麗なお姉さんに告白されて断れる甲斐性なんて、僕にはないしさ」
「じゃあどうして!? どうして私をそんなに追い出そうとするのよ!」

うわぁ、雪が嵐に加えて雪崩みたいな音立ててる
しかしこの話は去年もしたんだけどなぁ

「僕だってレティが来るのは大歓迎だし、冬の間だけでも恋人になれたらすごく嬉しい
 嬉しいんだけど、一つだけどうしても許容できないことがあるんだってば」
「……なによ」
「付き合うのなら、レティの体一つを引き取りたい。お願いだからこの雪を連れてくるのはやめて
 って、これ去年も言ったよね」

彼女は冬の精霊
その周りで雪が降るのはしかたのないことかもしれない
そんなことでとやかく言うほど僕は器の小さい人間じゃない……つもりだ
まあそれは、雪があくまでも普通の雪ならの話だけどさ

「だって、私は冬の間しかあなたといっしょにいられないんだもの。
 あなたをここに閉じ込めて、ここに誰も来られないようにすれば、私は一秒だってあなたと離れずにいられるもの」
「でもさ、この雪は危ないでしょ。だいたい……」

僕の言葉が終わるのを待たずに、レティが僕を畳の上に押し倒して、強引に唇を奪った

「絶対に離さない……愛してるわ、○○……」
「………はぁ」

どうやら、今年もこの話は平行線に終わっちゃいそうだ



この雪は『渡り雪』
見た目はただの雪と変わらないけれど、人の体温程度じゃぜんぜん溶けない生物
一つ一つの雪の結晶がアリみたいに一人の女王の命令に従って、生物の体温を食べて生きる雪形の妖怪
そして女王は冬の精霊のレティ
命令は、[この家に近づく者を襲え]
村には注意を呼びかけてるし、大体ここだけ雪が積もってるような光景を不気味に感じて、人は誰もここには近づかない
けれども冬が明けると、家の周りで体温を食われて彫像みたいにカチンコチンにされた動物を数匹見かけることになる
ホントに危険だから連れてこないでほしいんだけどなぁ
あーあ………

「○○ー! レティ来てるんでしょー!?」

雪に覆われたうちの戸が勢いよく開かれる
中に入ってきたのはたぶん幻想郷で唯一渡り雪に襲われても平気な氷精、チルノ
あわてて僕の上から飛びのいたレティが、笑顔でチルノを抱きしめた

「いらっしゃい、よく来たわね」

誰とも会わない、とは言ってもチルノは例外らしいね
そういえば、妹みたいな存在だって言ってたっけ

「やあ、いらっしゃい。って来て早々こんな事言うのもなんだけど、ちょっとチルノに頼みがあるんだ」
「なに? さいきょーのあたいにどんなお願いがあるっていうのよ」
「いやね、お味噌が少なくなっちゃって。冬篭りにはちょっと足りないから、買ってきてほしいんだ」
「ええ~。○○が行ってきたらいいじゃない」

それができれば苦労は無いんだってば

「ならおつりでアメ買ってもいいからさ」
「お願い。行ってきてくれないかしら?」
「しかたないわね……いい○○、あたいはレティにお願いされたから行くんだからね! アメにつられたんじゃないわよ!」
「はいはい、それじゃよろしくね。お味噌やさんに、○○のお味噌一包みって言えば分かるからね」
「わかったわよ。あたいにまかせたからにはどろ舟に乗ったつもりでいることね!」
「うん、わかった」
「チルノ、そこは泥舟じゃなくて、大船よ」

騒がしいヤツだけど、チルノが来るとどんな重い空気も和ませてくれるから、正直言ってとてもありがたい
僕とレティ、二人で顔を見合わせて大いに笑った
幸せだな、と思う
これで渡り雪が無ければ最高なんだけどな、とも思うけどね

「まったく、あの子は世話のかかる娘みたいね」
「あれ、妹じゃなかったの?」
「……あの子は愛娘。私がママ。じゃあ、パパは誰かしら?」
「チルノは嫌がりそうだけど、その役は僕しかいないね」

そして、今度は無理矢理じゃなく、どちらとも無く唇を重ねた
頭痛のタネになっているはずの雪の音が、その時は妙に優しく聞こえた




「○○ー! レティー! アメいっぱい買ってきたよー!」
「ありがとう。で、お味噌は?」
「え? お味噌?」
「……○○、私が買いに行くわ」
「うん、よろしくね」
「え、えっ? あたい、なにかまちがってた?」

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最終更新:2015年05月06日 20:54