洗濯物を干したある日、
慣れない匂いを嗅ぎ取って、匂いの染み付いたシーツに顔を埋めてみた。
臭い、でも、知らない匂い。
◯◯の、男の匂いとはこういう物か。
私はそれを悪臭と思って、思ったのに、
肺一杯に、その匂いを吸い込んだ。

外の世界の、メイドが発祥した国では、
メイド長よりも執事の方が位が上だとかなんとか。
とりあえず、何事も名目という物は大事であり、
◯◯を紅魔館に雇い入れる時も職種をどうするかで悩んだ物だ。
妹様の世話をするにしても、執事とすれば私以上に外交員的な仕事をする事になるし、
かといって使用人なんかにすれば妹様の面子を悪くする。
幻想入りした人間を妖怪から守るにはなんらかの組織に所属させるしかないが、
案外これが難しいものなのだ。
そして◯◯は、方々の体裁を守る為にメイド長として雇われる事になった。
とはいえ私の様に表立った仕事をする訳ではなく、
あくまで名誉職といった意味合いが強いのだが。
「それでも貴方のする事は私の、引いては紅魔館全体の責任に繋がるんだから、
勝手な行動や迂闊な振る舞いは控えるのよ」
「はぁ・・・」
当の本人がこれだからどうしようもない。
やはり目を掛けて色々と教え込まなければいけないか。

◯◯は妹様の世話をする。
とはいえ下着を用意したり湯浴みをしたりといった事は私の仕事のままである。
さすがに彼にそういう仕事をさせる訳にはいかない。
言わば話し相手、遊び相手といった所か。
たまに彼の作った料理やお菓子に、妹様が私にくれないような感想を述べるのは妬ましくなる。
妹様は思ったより深く◯◯に入れ込んでいるようだ。
やはり、よくない。
◯◯はあくまで、ここで働く身である以上、
関係が深くなりすぎては、いけない。

ただそれだけの筈なのに、
私の心にはなぜか焦燥感が満ちていた。


妹様の着替えの服を持って行った時、
二人は深く、熱くキスしていた。
生唾を飲み込み、時を止めたくなるのをぐっと我慢して、
「◯◯、先に私の部屋にいってなさい」
とだけ言って、やはり時間を止め直し部屋から追い出した。
「妹様は・・・どういうつもりです」
「何も・・・?咲夜がお姉様にやってた事じゃない」
経験がなくとも、その言葉は確証を掴んでいた。
「私はあんな事しません!」
「じゃあ何が問題なの?」
主人が従者を愛するから?
それなら私はお嬢様を諌める事になる。
じゃあ、何。
なんでいけないの、何が私に不快感をもたらすの?
「別に私は・・・◯◯にそういう感情を持ってないよ」
ああ、それなら。
なんて喜ばしい事なのに、殺意すら沸いてくるの?
「咲夜、あなたが」
笑い事であればどれだけ良かった事か。
「◯◯の事を好きなんでしょう?」
つまらない冗談だった。



果たして私の部屋で◯◯は待っていた。
妹様からそう聞かされたのかそれとなくそわそわしている。
「あのね◯◯」
「はい・・・」
「一応貴方は、お嬢様に仕える身なんだから、
色恋沙汰とか、妹様と起きてはいけないのよ」
「はい、しかし」
そこで彼は一旦沈黙し、発言の許可を求めた。
「何かしら」
「実はあの時、咲夜さんが来る事は分かってたんです。
それで妹様が、咲夜さんの気持ちを確かめるって・・・」
それに触れた唇が、とても汚らしく見えて、
薄く漂う甘い香りは、心の底を見透かしたようなあの言葉を思い出させた。
顔を両手で捉えて、唇に吸い付いた。
緊張していたのはどちらか、
唇の間に引いた糸と乾いた唾の匂いは、
私の正体不明の欲望を満たしてくれた。


「やはり彼は、私の目の届く所に置くべきでしたね」
そして私は、事の一部始終をお嬢様に話した。
執事なんて、私の手が及ばない権限を持っては、
あのまま妹様に誘惑されていたに違いない。
「ええ、やっと貴女の意図が掴めたわ」
お嬢様はそう返した。
「あの子をここの住人として迎え入れる時、
真っ先に職種、いえ、階級の話なんて繰り出したのは咲夜、貴女よ」
ああ、そうだったっけ。
「ですがお嬢様、それが私の意図とどう関係するのですか?
そもそも此処に住み着くならやはり仕事は必要ですよ」
「私はパチェに仕事を与えているかしら?
私はあの子をメイドだなんて思った事は一度も無いわ。
彼を自分より下に見たがっていたのは咲夜、貴女だけよ」
「そんな事は・・・」
「現にフランは、あの子と謀って貴女をからかったのでしょう?」
「それは・・・」
ああ、嫌だ。
お嬢様が大好きで、私は、
それを崩したくなかっただけで、
?生唾は飲み込もうとしても固かった。
「その感情が悪いとは言わないわ。
問題は貴女が素直にならない事よ」
「素直に・・・」
あの子を、思いのままに・・・?
ああ、ならば、
あの匂いを独占したい。
あの子を私の臭いで塗り潰したい。
それが、私の望み妹様に嫉妬でもしてたの?
私が、私の望みは・・・








「ごめんね◯◯。上手くいかなかった」
「気にしなくていいよフラン。
僕だってそりゃあ、咲夜さんが好きだしさ」
「でもやっぱりさ・・・大変でしょ?今だって」
「涎臭い?」
「うん、咲夜のだよね・・・?」
「うん・・・」
「家人を勝手に位付けて、マーキングして、
まるで本物の犬ね。その内小便でも掛けられるんじゃない?」
「フラン」
「あぅ・・・ごめんね」






人の体は、苦くて、渋くて、
決して良い物じゃない筈なのに、
その味を、匂いを、
私が犯していく事が嬉しくて。
「咲夜さん・・・もう指ふやけちゃってます」
「ん・・・待って、まだ・・・妹様の臭いが残ってる」
しょっぱい指の味、舌いっぱいで味わって、
いくら時間を止めていても、これでは◯◯に嫌われそうだ。
「ああ、そうね」
「・・・どうしたんですか?」
「ううん、何でも無いわ」
そうか、このまま、
噛み千切ってしまえば、ずっと、
ああどうせなら手足から落としてしまえば、
この子はもう誰にも会えないし、
私以外の臭いがつく事は無いんだ・・・
そんな事を考えて、
指を加えた歯に、ゆっくりと力を入れた。

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最終更新:2010年08月26日 23:55