霊夢/7スレ/770-771
「もう一人は嫌、嫌なんです……!」
そう叫んだ彼女の、霊夢の顔はあまりにも悲痛で。
平素の超然とした様子は微塵も感じられない。
「お願いだから、一人にしないで!一人はもう嫌なのぉ……!」
俺はなんと残酷な人間なのだろうか、こんな彼女に望みの言葉どころか真逆、追い討ちを掛けるのだから。
裾に縋り付く霊夢の手を優しく退けて、震える喉から絞るように、ただ一言呟いた。
「―――ごめん」
正直、感想なんて思い浮かばない。
幻想郷から元の世界に戻ってきてから一月、毎夜同じ夢を見ているのだから、言うとするならまたか、なんて陳腐なものだろう。
自分で決めた事だろうに、後悔もあるし未練もある。
どうして俺の口は、もっと上手く事を運べなかったのか。
どうして俺の腕は、泣いている彼女を抱いてやる事が出来なかったのか。
―――いや、止めよう。今更詮無い事だ。
思い浮かべるのは行方不明の一人息子が見つかったと、喜び咽ぶ母親の姿。
結局幻想郷で彼女と歩むより、外界に残した家族の縁を取ったのだから。
ただ、俺の瞼の裏には、瞬間全ての色を失った霊夢の顔が焼き付いて、生涯離れる事は無いんだろうな……。
「○○さん、ご飯が出来ましたよ」
私は二人分のお茶碗にご飯を装(よそ)い席に着く。
おかずは味噌汁に数切れの沢庵と質素だが、愛する人と共にする食事の何と幸せな事か。
「いただきます」
唱和に響くのは一人の声。
「ちょっと聞いて下さいよ、
魔理沙ったらまた―――」
食卓に相互の会話は無く、一方的な話。
かちゃかちゃと、音を鳴らすのは一つの食器。
「あ……うぁ、あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
突如叫び、手にした茶碗を叩きつける霊夢。
双眸からは涙が溢れ、喉が張り裂けんばかりの慟哭。
「なんで!?どうして!?○○さん○○さん!」
手当たり次第に周囲の物を手にしては投げつけ破壊していく彼女に正気は見えなかった。
「苦しいよ!辛いよぉ……!こんなのもう嫌、嫌なのよ助けてよ○○……。う、うぅぅぁぁぁぁぁ!」
肌に破片が刺さる事も厭わずに机に伏し、声を上げて泣き始める姿は年相応の童女であった。
泣き腫らした瞳をちらりと上げると散々たる有様の部屋が映った。
「あ……、片付けなきゃ……。○○さんが怪我しちゃうものね」
ゆらゆらと覚束無い足取りで、散らばった破片を一つ一つ拾い上げる。
「痛っ……!」
一つの破片が彼女の指先を切り、ぷくりと朱の玉を作った。
切っ先が赤く染まった破片をぼうと眺める。
それは彼が買ってくれた夫婦茶碗の成れの果てだった。
じわりじわりと、目頭込み上げる熱に任せて涙しながらそっと破片を手にする。
破片を見つめ、ふと、素晴らしい考えが思いついた。
「あぁ、なんだぁ。簡単なことだったじゃない……、ふふふ!」
先程とは打って変わって狂気染みた哄笑を上げる。
一頻り笑った後霊夢は指先の血を舌で一掬いし、恋する少女の顔で言い放った。
「待っててね、○○さん」
―――……、……ン。
気のせいか、何か聞こえた気がするが。
―――……ン、コン。
いや、気のせいなんかじゃない。誰かが扉を叩いているんだ。
こんな夜中に、インターホンも押さずに誰だろうか?
読み途中の雑誌を脇に置いて玄関へと向かう。
やれやれ、変な勧誘とかじゃなきゃいいんだが……。
覗き窓から外の様子を窺うと、ぎょっと、予想の斜め上の意外な人物が立っていた。
「霊夢!」
俺は慌てて鍵を外し扉を開け放つと、あぁ、間違いなく霊夢だ!
「一体どうしたってこんな所に!?幻想郷にいたはずじゃないのか!?」
畜生、あんまりな不意打ちに上手く言葉に出来ない自分が腹立たしい。
「……に」
「えっ?」
「○○さんに会いに来たの……」
俯いているせいで表情は読み取る事は出来ないが、憎からず想っていた少女だ、こんなに嬉しい事はない。
「と、とりあえず中へ入ってくれ!」
小さく頷いた彼女の手を取り部屋に引き入れる。
男の一人暮らし、こんなんならきちんと掃除をしておくんだった、なんて下らない思考が頭を過ぎる。
そして電光の下に晒された彼女の姿を見て、彼女の黒い髪も特徴的な巫女装束も、血でベッタリと色付いていた事に、ようやく気付いた。
「霊夢、血が!」
俺に言われて、自分自身知らなかったのか、小首を傾げて体を見下ろす霊夢。
「え?あぁ、コレね……?大丈夫よ、全部返り血だもの」
返り血と言う事は、少なくともこれ程大量の血を出した誰かがいると言う事だが、……余計な詮索は後回しか。
タオルを取って来ようと部屋の奥に行こうとした時、どんという衝撃を感じた。
「う、うぅ!本物……!本物の○○っ!」
体当たりと勘違いせんばかりに勢い良く抱きつかれたのだ。
何度も何度も俺の名前を呼ぶ霊夢。
顔なんて見えやしないが、腰に回された腕は細く振るえて、背中から感じるのは彼女の温もりで。
俺はその腕を退け、霊夢へと向き合う。
その時の彼女の顔が、幻想郷で最後に見た表情とソックリで。
俺は力一杯霊夢を抱き締めた。
「俺は、ここにいるよ」
「う、うわあぁぁぁぁぁん!○○!○○!!」
あの後霊夢から詳しい話を聞くと、何でも俺と会う為だけに博麗大結界を破棄したらしい。
多くの人妖に邪魔されたらしいが、悉くを蹴散らして強行したらしい。
結果幻想郷が消滅して外界に流れ着いたらしいが……。
「よく俺の家が分かったな」
「うん、御札が……」
言われて思い出したが、別れの際にお守りと称して渡された、あの御札か?
「その御札にね、○○さんから悪い物を払う霊力が込められてるの」
だから霊力を辿れば○○の居場所が分かると思った、なんて霊夢は言うんだが。
俺が捨てたとか失くしたとか、考えなかったのかと聞くと一分も疑っていなかったらしい。
全く、彼女は……。
呆れとも付かない感情に、一つ息を吐く。
「なぁ霊夢?」
「な、何?」
色々問題の多そうな彼女だけど。
こんなに愛おしく、寂しがりな少女を二度も見捨てる事なんて、誰が出来るって言うんだ。
「これからはずっと一緒だ」
「……うんっ!」
感想
最終更新:2019年02月09日 18:39