ここは何処なのだろうか?
ここは何時なのだろうか?
ここは……夢? それとも現実?
定まらない意識の中で
レミリアが思ったことはソレであった。
それと同時に、何故か酷く懐かしい感じがした。
確か、自分は以前にもこのような体験をしたはずだ……。
500年という年月の中で埋もれてしまった記憶はいかに吸血鬼といえど掘り出すのは難しい。
特に今の様に自分で自分がわからない様な状況では。
全身の感覚も何やらおかしく、まるで浸かり心地の良い湯の中に居るかのように彼女の体は温かみに包まれていた。
手も足も動かす所か、根本的に手足を感じ取ることが出来ない。素晴らしいまでに濃厚な倦怠感だ。
しかし不思議と彼女は警戒心が沸いて来ない自分に気が付き、今の自分にあるかどうかわからない首を傾げた。
今の彼女はこのまどろみの世界をただ観測し続けるだけの存在。
言うなればただの“影”だ。存在していても何も出来ない影。
こういった事は今までも稀にある……はず。
確か、あったはずだ。しかし思い出せない。
こういう事態を彼女は余り好んでは居なかった。
何故ならば彼女はレミリア・スカーレットであり、偉大なる吸血鬼であり、紅魔館の支配者。
その全てである彼女にとって、自分で自分が判らないなどと断じて許されない事だ。
「────っ!!!!!!!!!!!!」
が、次の瞬間レミリアの頭から“そんなどうでもいい事”に関する全ての思考は吹き飛んでいた。
吸血鬼としての彼女の弱点である心臓は早鐘の様に鼓動を筋肉が千切れんばかりに早め、その眼はこれ以上ない程に見開かれ、真紅の瞳が激しく揺れた。
先ほどまで身体を支配していた倦怠感さえ残らず消し飛び、今の彼女には自分と言う存在をはっきりと認識することができた。
まるで今まで立ち込めていた霧が一気に晴れ渡り、彼女の心が一つの感情によって染め上げられていく。
レミリアは、その顔を最初は驚愕で染め、次に呆然とさせ、最後に恐怖によって歪めた。
まるで幼い少女が御伽噺の中の怪物に怯えるように。首を小さく震わせ、いやいやと子供の様に振る。
死体。正確には今正に死の世界へと旅立とうとする男。
彼女が見た“イメージ”はそれであった。映像でもなく音声でもなく、脳みそに直接情報を叩きつけられるような、そんな純粋なイメージ。
黒い髪をし、彼女の従者である時を操るメイドよりも少しだけ高い背をした男の『死』を彼女は見ていた。
イメージの中で『彼』は苦痛に顔を歪ませ、必死に口をぱくつかせて何かを言おうとしていた。
そして自分に向かって震える手を伸ばし、その全身からは生命力が恐ろしい勢いで抜けて行き身体が萎んでいく。
幾多の人間の死を見て、時には死を与えてきたレミリアによく判った。
○○は死に飲まれていっている、と。
最後には小さく口を動かすことしか出来なくなっていた○○がそれでも何かを賢明に言おうとして……そして彼の体は砕けた。
ただの人間の死ならば彼女は全く動揺することはなかっただろう。
何故ならば“普通の”人間とは彼女にとっては餌であり、ただの食料だから。
事実この紅魔館の地下には外の世界で犯罪などを犯した人間らが閉じ込められており『調理』されるのを待っている。
が、それは普通の人間の話。
このイメージの中の『彼』は……○○は違うのだ。
彼は……特別である。
いや、これだけでは彼とレミリアの関係を述べたとは言えない。
特別という言葉はこの男性とレミリアの関係をいい表すには余りにも陳腐で弱すぎる。
特別などという言葉はとても小さな言葉、とても平凡な言葉、たくさんのつまらない、不快な言霊と共にへの字に曲げた口から吐き出されるただの息だ。
彼は、○○はレミリアの夫だ。
レミリアにとって、私は○○の妻なの。というのは、私は生きているの、と言うのと同じ意味を持っている。
○○と出会うまでの彼女は偉大な悪魔であり、全ての人間を超える超越者であり、スカーレット・デビルであった。
しかし、○○はそんな幾つもの名を持ち、その全てが人間では届かない高みに属していた彼女という存在の核……『女』としての彼女を彼は愛した。
そんな彼が、苦しんでいる。そして今、正に死のうとしている。
巨大な死と言う蛇がその口を開けて彼を飲み込もうとしているのを彼女は何も出来ずに見ることしか出来ない。
吸血鬼としての絶大な魔力も、腕力も、そして幾多の悪魔を支配できるであろう権力さえも、この場においては何の役にも立つことはない。
砕けた○○の身体から真紅の火が吹き上がり、その身を更に微塵に砕いていく。
やめて! やめて!! 私が変わりになるから!!! お願いだからやめてよぉ!!!
喉が潰れんばかりにレミリアは叫んだ。しかしたった一人の吸血鬼が叫んだ所で何も変わりはしない。
彼女が幾ら足掻こうがイメージの濁流は、○○の死は止まらない。
川の流れが決して止まらないように。
──レミリア、レミリア、ごめん……。
砕けていく世界と自分の心の中で、そんな言葉が確かにレミリアには聞こえた。
「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
レミリアはがばっと起き上がり、荒い息を吐きながら何となくカーテンの閉められた窓を見た。
カーテンの隙間からこぼれてくるのはオレンジ色の仄かな光。恐らく外は夕方であろう。
人間とは違い吸血鬼は夜に活動する。彼女からしてみれば夕方というのは人間で言う明け方に近い。
少しばかり寝起きで回転の鈍い頭を揺らす。
その時、レミリアの脳内に○○の姿が映った。
何度もレミリアに何かを訴えかけ、懇願し、そして消えていく○○の姿が──。
音を立てて少女の顔が青くなっていく。
全身の血液の流れの中に恐怖と言う毒が流し込まれ、ソレは彼女の心を蝕み、頭蓋骨の奥底に根を張っていく。
──レミリア、ごめん……。
その声が何度も胸の内で反芻され、彼の苦しむ姿が目に焼きつき、それ以外の全てが見えなくなる。
あれは夢? 本当にただの夢?
ただのたわいも無い夢だ、と決め付けるのは簡単だ。
だがしかしレミリアは違う。彼女は違うと本能的に悟っていた。
彼女の持つ能力『運命を操る程度の能力』
文字通りの万物の運命を弄くる能力だ。
能力そのものはあのスキマ妖怪の様に軽々と何度も行使したりは出来ないが、それでも恐ろしい力であることに変わりは無い。
まだまだ幼かった時代の彼女はどれほどこの能力に助けられたことか!
敵の襲撃の予知や戦闘における動き、将来起こりえるであろう災厄。
その全てをこの能力によって予見した彼女は、結果として500年を超える時間を生き延びることが出来ていた。
破壊という面では妹の
フランドールには一歩及ばないが、それでももっと視野を広げてみてみれば彼女の能力は文句なしに最強といえる。
が、今はそんなことはどうでもいい。
問題は……。
「○○!!!!」
叫ぶ。
親に捨てられた子供の様な悲痛な声でレミリアは声を張り上げて叫んだ。同時に魔術を使って念話を行使。直接○○の頭に早く来てくれと訴えかける。
シーツを破れんばかりに強く握り締め、そうやって彼女は○○がこの部屋を訪れるまでのほんの数分間を何とか耐える。
ほんの数分だ。だが、あんな夢を見たレミリアにとってはコレは想像を絶する拷問となる。
もしも、○○が……もしも……。
「どうしたの? レミリア」
部屋の扉が音も無く開かれ、唯一この寝室にノックもレミリアの許可もなく入れる人物である○○が扉の隙間からその身を部屋に侵入させた瞬間
レミリアの身体から放出された真紅の霧が○○の身体を包み込み部屋の中にあっという間に引きずり込んだ。
音も無く扉が閉められる気配を背後で感じながら○○はレミリアの使っているキングサイズのベッドの上に寝かされている。
一体なんだ? ○○が突然の状況の変化に付いて行けず
首を傾げていると、レミリアがあらん限りの力で、人間である彼の体には配慮している力を持って全力で抱きついてきた。
ミシミシと身体の骨が軋む音がはっきりと聞こえ、思わず○○は少しだけ苦痛で顔を顰めてしまったが、直ぐにそんな感情は消し飛んだ。
「○○! ○○!! ○○!!!」
レミリアが、涙さえも混じった声で彼の胸元に顔を埋め、頭を何度も何度も振り、ナニカから逃げるように○○にしがみ付いていた。
あの吸血鬼レミリア・スカーレットが○○の前ではただの小さな女の様に。
「僕はここにいるよ」
そんな彼女の頭を○○は何度も何度も優しく撫でてやった。
サラサラと青紫色の髪が指の間を流れていく。
暖かい手の感触。500年の歳月を生きた吸血鬼を心の底から蕩けさせていく感触。
○○は生きている。生きて、彼女を愛してくれている。
少女の流した涙は、感謝の涙であった。
ベッドの縁に腰掛けた○○の隣に座り、レミリアは身体を丸めていた。
膝に顔を埋め、彼女は指でのの字を描いていた。
幾ら精神が不安定とはいえ、とんでもないところを見せてしまったのがとてつもなく恥ずかしい。
彼女は寝るときは基本裸だ。つまり彼女は……裸で○○に抱きついたことになる。
夫の前で意地を張ることなど馬鹿馬鹿しい事だと彼女は知ってはいたが、彼女のプライドがそれを許さなかった。
今の彼女はピンク色のネグリジェを着込み、いつも被っているナイトキャップを頭に載せている。
「……うぅー」
全身から暗いオーラを放出しつつシーツにのの字を描くレミリアを見て○○が溜め息を吐いた。
全く、裸なんて今更……。
○○が肩をすくめ、何かを思いついた悪餓鬼のような笑顔を浮かべた。
そして……。
「ひゃっ!?」
レミリアが驚愕で声を上げる。
脇の弱いところをごつごつした男性の手でつかまれ、そのまま身体を持ち上げられたから。
背中の蝙蝠の翼をパタパタさせておざなりの抵抗をするが、○○はそんなことをお構いなしに持ち上げ、そして胡座をかいた自分の足の上に乗っけた。
レミリアは背中に○○の心臓の鼓動を確かに聞いた。一つ一つを力強く脈打つソレは今も○○の身体に血を送り込み、○○を生かしている。
○○の腕が腰からお腹に回され、レミリアを後ろから抱きしめる。
とても暖かい腕であった。心の底から温もれる○○の体温。
なにやら子供扱いされている様な気もしたが、そんなことはこの癒しに比べれば些細なことだ。
レミリアは、つまらないプライドなど○○の前では捨て去ることに決めた。
全身の力を抜き、頭を○○の胸部に押し付ける。
そのままグリグリと動かす。無邪気に笑いながら行う様はまるで外見相応の子供のよう。
そうして一しきり○○を堪能したレミリアは笑顔を浮かべたまま自分を抱きしめている愛しい男に言った。
「ねぇ、○○……貴方は、私の傍にいてくれる?」
「居るよ。僕は一生死ぬ人間としてレミリアの傍にいるよ」
死ぬ。その言葉にレミリアの笑顔に影が差した。
死ぬ。○○は人間としてレミリアの夫になった。当然、死ぬときは死ぬ。
○○は人間だ。吸血鬼でも妖怪でも天人でも月人でもなく、ただの人間である。
しかし人間としての○○をレミリアは愛していた。
何度レミリアが吸血鬼になることを進めたか!
何度レミリアがいつか来る別れを恐れ、泣いたことか!
いっそやろうと思えばレミリアは強制的に○○を自身の眷属にすることも出来た。
だが、ソレは○○の信頼を踏みにじる行為だ。
それだけは決して出来ない、絶対に。
○○は一生死ぬ人間である。彼女の従者である咲夜と同じ様に。
だからレミリアは○○とも咲夜ともいっぱい思い出を作りたいと思っている。
しかし……しかしあの夢の中に現れた○○は若かった。
今自分が全てを委ねている○○と同じほどに若かった。
あんなに若いのに、○○は死んでいた。
「○○……私ね、夢を見たの」
言うか言うまいか、しばらく○○の膝の上で悩んでいたレミリアはようやく決心をした。
両手を○○の手の上に重ねて強く握り締め、一つ一つ言葉を選びながら彼女は言う。
彼女の背後で○○が頷いた。
「悪い夢?」
「そう、でも……アレは夢なんかじゃない。きっとアレはありえるかもしれない『運命』の一つなの」
○○の片手が動き、レミリアの頭を撫でた。
とても心地よい。
「それで?」
レミリアが一度小さく身体を震わせ、わななく唇を何とか動かして言葉を発した。
全身の筋肉が硬直し、こわばる。
彼女の声は一日中叫んでいたような掠れ声であった。
「貴方の夢よ。貴方は、近い内に死ぬかもしれない」
窓から零れてくる夕日の光を見ようとしたが、それさえも出来ないほどに辛い。
レミリアは目を閉じることしか出来なかった。
「ああ」
それだけだった。
もしかしたら近々○○は死ぬかもしれない。
それも恐ろしい程の苦痛を伴って。
レミリアと彼は子供さえ作れずに永遠に離れ離れになるかもしれない。
それなのに、それなのに「ああ」だけ。
思わずレミリアは身体を捻り○○と向かい合っていた。
「ん……」
一度だけ、触れるか触れないか程度の小さなキスを○○と交わす。
レミリアは自身の不安が少しだけ薄れていくのを感じた。
「○○、この運命は絶対に実現しないし、させないわ」
○○が頷いた。
「僕もそう思うよ」
「そう思う?」
面食らったレミリアの顔を見て○○は柔らかく微笑み、子供に言い聞かせるように言う。
レミリアの頬を○○の指が丁寧に撫でていく。
「僕は健康には気を使っているし、竹林のお医者さんからも健康そのものだって太鼓判を貰っているんだよ?
外を歩くときは常に博霊の巫女のお札を持ち歩いているし、夜には絶対にレミリアと一緒じゃない限りは紅魔館から出もしない。
レミリアが見たのはきっと……何かの比喩じゃないかな?」
「私の能力は『運命を操る程度の能力』よ○○……つまり私は運命を見ることも出来るの。私は確かに貴方が死んでしまう『運命』を……」
だから貴方は死ぬかもしれない、とは続けられなかった。私が貴方を守るとも、続けられなかった。
何故なら○○がレミリアの口を自分の口で塞いだからだ。
「んぅ……はぁん……」
舌が挿入され、レミリアの口内が隅々まで蹂躙されていく。
全身に甘美な電流が走り、四肢から力が抜ける。
パタパタと空を切っていた翼がへにょんと力なくうな垂れ、小さく痙攣するように揺れた。
子宮が痙攣するように疼き、彼女の女としての部分に火が灯され、彼女は濡れていく。
少女がもじもじと太ももを擦り合わせ少しでも多くの刺激を得ようとする。
「ぁ……」
唇と唇が離れ、意識せずにレミリアは小さく声をあげた。
○○との間に小さく唾液で出来た糸が掛かり、そして切れた。
細い吸血鬼の手が男の顔をはさみ、蕩けた真紅の瞳が○○を覗き込んだ。
そして一言残らず本心からレミリアは告げる。既にコレは契約といってもいい。
甘い吐息を吐きながら真紅の吸血鬼は言った。
「私が貴方を守るわ。あんな『運命』絶対に認めない。防いでみせるから」
何故なら私の能力は『運命を操る程度の能力』なのだから──。
○○が何かを言う前に再度口付けを交わす。眼だけで微笑んだ夫の服に手を掛け、そして……。
貴方は、絶対に私が守るから。
幼い吸血鬼は夫から得られる快楽と幸福に身を任せながら、そう誓った。
あとがき
あれ、病んでなくね?
恐らく更新は遅いし、話も長くなるし、でかなりgdgdになるかもしれませんが、よろしくお願いします。
最終更新:2011年02月17日 20:08