921の設定でちょっと書いてみた。普段の設定では人里はそこそこ住み心地の良い場所なんだけどね。


「こんなものか……他には居ないようだな」

元野犬の化生。その最後の一匹を切り捨て、○○は辺りを軽く見渡す。
どんな暗闇でも見渡せる赤眼が、サングラスの向こう側でどろりと光った。
赤で統一された古風な服装は、まるで英国陸軍のレッドコートを思わせる装いだ。

「これでよし、まぁ、明日にでも長屋に使いを出して連絡しておくか」

この開墾予定地の近くで、妖怪などの気配は無くなった。
月光によって最大まで上昇した彼の知覚で感知出来なければ、それは名のある妖怪だろう。

そのレベルになったら彼では荷が重くなってしまう。
何とかなるのは、氷精や虫姫、何故かロックを歌える夜雀位。

それ以上の相手にはとても敵わない。
各勢力の名だたる人物や重鎮は言わずもがな。
所詮、彼の身はつい最近になって下位の吸血鬼へ変わった程度の存在だ。
マスターたる存在から数々の道具を貸し与えられ、夜の支配種の身体を与えられ漸く戦える程度の存在。


○○は杖の鞘にレイピアをしまう。
ぼんやりと青白い炎を纏っていた細い刀身がスルリと鞘に収まった。
学生時代に熱中していたフェンシングをまたしても振るうとは思わなかった。
ましてや、スカーレット家が所有してた魔力を付与された真剣を振るうなんて。

(この剣も、元々はスカーレット家を打倒しようとしたハンターが持っていたらしいけど)

それをスカーレット家に属する下位の吸血鬼が扱うとは数奇なものだ。
自分の境遇と照らし合わせても尚、それは数奇な運命と言えた。

「暫くは安全に長屋の連中も作業が出来るというものだ。しかし、相変わらず待遇が悪いままだな。もう少し安全の確保の仕様があるだろうに」

僅かに覗いた犬歯が噛み合わさりギリリと音を立てる。

数年前にこの手の無謀な開墾に付き合わされ、仲間を2人喪った身からすれば腹立たしい限りだ。
それでも白黒魔法使いに助けられる等といった幸運に出会い、何とか自分達の畑を持てるかと思った矢先。

『○○さん、お嬢様が貴方にお会いしたいそうです。願わくば、我が館の客人になって頂きたいと……』

珍しく冷や汗をダラダラ流している村長と険しい顔付きの慧音を脇に下がらせ。
○○の目の前にやって来たのは何度か宅配業務で荷物を届けた時に顔を合わせたメイド。
里人達に最も恐れられている人外の勢力、霧の湖周辺を支配している紅魔館の使い、悪魔の犬だった。

『拒否権はございますが……無理な事はなさらない方がよろしいかと。お嬢様の仰るには、これは運命だと』

そして、今に至る。
○○は、人身御供……いや、一応客人として紅魔館に招かれ、それ程時を置かずに館の住人となった。
帰還は完全に絶望的となり、今は諦観を経て幻想郷の住民となった。

かつて命がけで開墾した田畑は半分以上、日向と土具合の良いトコを里側に持って行かれたらしい。
(見返りとして2人の新人が外の世界に戻った様だが)
長屋の食料調達係は、根野菜などを中心に何とか貧相な畑を有効活用する他無かったという。
その頃の○○は屋敷から出られない状態だったので、時折買い物に出たメイドの持ってくる情報を聞いて歯がみするしかなかった。


これからも、マレビト、外来人達はこの郷へ引き込まれて来るだろう。
かつての寒村で行われてた行事のように……この幻想の郷を維持する為の贄として。

不運な彼らに、自分達のような運命を辿って欲しくない。
そう考えた○○と同志達は外来人達を陰になり日向になり共助した。

この様な危険地帯の開墾で事前に危険な動物や妖怪を駆除しておくのも、彼らの役割。
1人でも多く外界に戻れるよう、外来長屋の仕事と帰還事業を支援するのが○○達の仕事だった。

「……旦那様」

後ろに気配が突然現れる。
下位とは言え月光を浴びている状態の吸血鬼に対し、背後を取らせる存在とは。

「咲夜か、もう少し時間に余裕が有るはずだけど……レミリアが?」
「はい、お嬢様がお呼びでございます。旦那様とご一緒に月明かりを肴にワインをお楽しみになりたいとの事です」
「…………今日は夜半まで時間をくれと頼んだ筈だけどなぁ」

○○は嘆息混じりに不満を呟いた。
○○の不満を聞いたメイド……十六夜咲夜が咎めるように口を開く。

「旦那様、ご趣味は程々になさってください。貴方は、紅魔館当主に連なる立場なのですから」
「君が手伝ってくれれば、もう少し手際よく出来るんだがね」

吸血鬼になった今でも、彼女の方が戦闘力は遙かに上だ。
時と空間を操る絶技は、並大抵の妖怪では『気が付いたら負けている』という反則技。
人外に達したナイフ使いと身体捌きは、満月状態の○○の目を持ってしても残像すら捉えられない。

この辺は才能というか、生まれ持ったものの差というしかない。
吸血鬼に変化しても、凡人は凡人だというものかと自嘲したりもしている。

「私はお嬢様と紅魔館……旦那様にお仕えする者です」
「だから、何処の馬の骨とも知らない、消費される為に招かれた連中など知った事ではない。か? ……私も、かつてはその1人だったのに」
「旦那様、私は」
「ストップだ咲夜。……口論しても何も始まらない。私が悪かったよ。行こう。レミリアが臍を曲げる前に」

この手の口論は、当主と従者の両方と散々行ってきたものだ。
だが、○○はこれだけは止めるつもりはない。
例え、レミリアの言うとおり、外来人達が幻想郷を維持する為に招かれたマレビト達だとしても。
○○が、○○である限りは、彼らを少しでも助けたいのだ。
異郷で誰も助けてくれない心細さや絶望は、今でも○○達の魂に刻まれている。
それを忘れない限りは、彼女達に何を言われようとも止めるつもりはない。


夜空を飛ぶ為に魔力を練り始めた○○の背中に、咲夜が抱き付く。
彼女が何を望んでいるか、彼には直ぐに解った。

「咲夜、止めなさい……レミリアが、待っているんだろ?」
「で、ですがここ暫く、お情けを頂いておりません。で、ですから!」

○○は内心溜息を付いた。
一週間前、彼女のいう『お情け』を行った筈だ。

レミリアもそうだが、咲夜も最近は自分に対する依存の高さが甚だしい。
帰ったら数日は館から出れられそうにないと、○○は覚悟する事にした。

この辺は、ヴワル図書館の魔女に仕えている司書の□□、彼の同志とも意見が一致している。
自分と同じ運命を辿った彼とは本当に親友とも言える関係を築けていた。
何かと気が合うのも立場が似通っているからだろう。

ともあれ、咲夜の必死さから素直に引き下がってくれそうにないと○○は判断した。
彼女を一旦引き離してから向き直り、首を挙げるよう命じる。
興奮で顔を赤らめた咲夜の表情は、思い人との初夜を迎える生娘のような初々しさがある。
その顔を見ると心がさざめくので○○は静かに目を瞑り、咲夜を抱き締め首筋に牙を立てた。

「あ、はぁ―――」

恍惚とした表情で○○に抱き付いてくる咲夜。
吸血を受けている時の咲夜の顔は、まるで情交で悦楽に達した女性のような妖艶さを湛えている。
その顔を見るとやはり自分の中の何かが疼くので、○○は血を吸っている間、目を瞑ったままだった。

献血程度に吸ったところで止めて、ほんのり桜色になった白い首筋から牙を離す。
処女の生き血は吸血鬼にとって刺激が強すぎて、自制しないと延々と飲んでしまう。
犬歯が刺さった所を軽く舐めると、その傷は跡形もなく消えた。

傷跡が消えない噛み跡は、簡単な吸血行為では出来はしない。
七曜の魔女謹製の太陽光遮断素材で作られたネクタイで隠された○○の首筋にある噛み跡。
存在が滅ぼされるまで消される事の無いレミリアの印。
彼女の眷属であり所有物である証。
幾重にも絡め取られた、運命で束縛されている証拠。

「旦那様……旦那様ぁ。全て、私の血を全て……」
「今はこれまでだ。さ、レミリアが癇癪を起こす前に帰還するぞ」
「………………は、はい」

尚もしがみつこうとする咲夜をやんわりと引き離し、○○は帰還するので付いてくるように言い空に舞い上がる。
忠実で瀟洒な従者はそれ以上は求めては来ず、先程までの淫靡な表情を掻き消して静かに後ろを付いてきた。

彼女の求めを○○は理解していた。
咲夜は○○に眷属の印を付けて欲しいのだ。
忠義を尽くしてきたレミリアではなく、○○の吸血によって夜の眷属に成りたがっているのだ。

レミリアは特に何も言って来ない。
従者が何を望んでいるか知った上で、静観しているのだろう。

彼女達の間でどんな論議が起こり、結論が締結されたのかは知らない。
男に執着する女性というモノは本当に困ったものだ。
男を蚊帳の外に置いて、自分達だけで全てを決定してしまうのだから。
……例え、論議の場に男が居ても大して影響が無いのも事実だが。

これは○○だけの考えではないだろう。
何とか接触や連絡が取れる、○○の御同輩達全ての考えだ。


―――恋や愛に嵌った女性は、男の気持ちを跨いで恋愛をする。


「そして何時も、割を喰うのは愚かな男、特に部外者は、か」


元外来人の呟きは、夜風に紛れて掻き消されてしまった。


END

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最終更新:2011年02月11日 17:05