いつの事だったか――――。
「あら、○○、それは?」
不意にかかる、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜の声。
「!? あぁ、咲夜さん……」
「○○、その傘のマークの下に名前が書いてあるのは何かしら?」
咲夜さんが指している傘のマーク。
ほら、好きな人の名前と、自分の名前を傘の下に書くやつがあったろう?
それだよ。
まあ、それなんだけど……。
「何々……、……何で、私と○○の名前が書いてあるのかしら……?」
「い、いやぁ~、あ、はははははは……」
見られたのだ。それを。
別に、深い意味は無かった。誰でもする軽い妄想と一緒。
小学生が好きな苗字の名前を自分の苗字と変えて、ニヤニヤするのと一緒の軽いもの。
字面を見れば軽いけど……、実際は……
「ふふ、案外可愛いところもあるのね。いつも完璧に振舞ってるから気が付かなかったわ」
「さ、咲夜さん!!」
いつもは見せない完璧で瀟洒な表情とは違う、おどけた年相応の少女の表情。
見られた事なんて、彼方に飛んでいた。
「で、あなたのそれは告白と受け取ってよろしいのかしら?」
先ほどと、というよりいつもと変わらぬ様子で尋ねる咲夜さん。
そんな、風に聞かれても雰囲気も何もあったもんじゃないですよ……。
「そう……、ですね、はい。僕は咲夜さんのことが好きです」
相手に合わせるように、何事も無い風に答えを返す。
変なポーズや見栄は、もうこの際無意味だろう。
だったら――――。
「そうね……、私もよ。私もあなたのことが好きよ」
僅かだが、本当にごく僅かだが、頬に紅みがさしている。
「じゃあ、両思いですね」
「そうね、恋人同士ね」
二人して笑いあう。
短い時間。
だけど、この時だけは本当に幸せだった。
この時は――――――――、
「ぐ――――ぅ、あ――――ぁ」
腕は血まみれ。
神経が運動を停止させるほど大きな傷ではない分、余計に痛みが残っていて苦痛を助長させる。
「あなたが――悪いのよ……?」
ザクッ
「がっ、く、ぅ」
「何で、パチュリー様と楽しそうにお話していたの?」
ザクッ
「っ、くっ、つぁ……」
「昨日はお嬢様と、一昨日は美鈴だっけ?」
ザクッ
「く、や……め……」
「ないわよ?」
ザクッザクッザクッ
「あなたが悪いんだもの。恋人って言うのは、好きな人しか見ないものなんでしょ?」
「…………」
ザクッザクッザクッ
「これはお仕置きよ。困った彼氏さんへのお仕置き」
ザクッザクッザクッ
「次もこんなことがあったら」
ザクッザクッザクッ
「間違えてあなたのことを×××しちゃうかもしれないわ……?」
手に持った血濡れのナイフで執拗に僕の体に何かを刻む咲夜さん……。
視界の脇に見えた傷は。
あの日の――――。
ザクッ
最終更新:2010年08月26日 23:59