「本当に行っちゃうの○○?」
「はい、自分という存在を見つめ直したくなりまして。」
俺は今、こちらの世界に別れを告げるべく博麗神社に来ている。
いや、実際はそんなに格好のいいものじゃなく、幻想郷から尻尾を巻いて逃げ出すのだ。
「短い間だったけど寂しくなるわね、でも本当にいいの?」
「そうですよ、今からでも思い直してこっちに残って一緒に暮らしませんか?」
「魅力的な提案だとは思いますが、いつまでもご好意に甘えるわけにもいきませんし、やっぱり自分は向こうへ帰ります」
幻想郷へやってきて数年、迷い込んですぐに運よくたどり着いた守矢神社に身を寄せて暮らしてきたがそれも今日まで。
3人ともわざわざ向こうの神社を空けてまで自分の見送りのために来てくれたのだ。
「そう、決意は固いみたいね、2人とも、最後くらい気持ちよく見送ってあげなさい。」
「すいません、自分なんかの事を最後まで気にかけていただいて。」
「あんたたち、話し込むのもいいけど結界を開け続けているこっちの身にもなってくれないかしら?」
別れの挨拶をしていると霊夢さんがひどく面倒くさそうに声をかけてきた
「あんたも帰る気があるならさっさと来てくれない、私も暇じゃないのよ。」
語気荒くそう言われたので自分も急いで結界の方へ向かった
「それじゃあ、今までお世話になりました。」
最後にそう言って外界との境界を越えようと足を踏み出そうとした時だった
「○○!」
「……何ですか
諏訪子様?」
ここにいる2柱のうちの1柱、そして自分の想い人でもあった神、諏訪子に呼び止められた
「本当に、本当に行っちゃうの?私が○○に好きって言った時、自分も好きだって言ってくれたのに……私を置いて帰っちゃうの?ねぇ、答えてよ○○!」
「えぇ、俺はあなたを置いて外界に帰ります、その方がお互いのためだと思うんです。諏訪子様も俺に告白する時に仰っていたじゃないですか、『私は神であなたは人間だけど』って。」
たしかに自分は彼女と想いを通わせた、それは嬉しくもあったが同時に来る悲しみの方が強かった。
彼女は見た目こそ少女のようだが実際は土着神の頂点に君臨する神。
一方自分はどこにでもいる一介の人間に過ぎない。
身分違いの恋なんて言葉があるがそれは人間の作り出した人間としての身分が違うだけの恋だ。
自分と諏訪子の場合は人と神、そんな言葉で越えられる程、その身分の差は狭くなかった。
彼女と出会ったのが知識と科学に溢れる外界であったなら、あるいは神という存在を信じず彼女をあくまで人間として捉え愛することもできたかもしれない。
しかしここは幻想郷、人もいれば妖怪もいる、そして神も。
ここでは外界の人間の常識など通用しない、妖怪の存在も、神の存在も認めずにはいられない。
彼女は神だ、人間の自分では不釣合いにも程がある。
人間としての常識が抜けない自分には神に婿入りする程の度胸も無い、だから外界に逃げるのだ。
「諏訪子様、あなたは神で俺は人間です。あなたの横に並び立つ度胸もないちっぽけな人間です。どうか、俺のことは忘れてください。それじゃあ……」
振り返り、諏訪子を見据えて言葉を交わしたのもここまで。
今度こそ俺は外界への境界に足を踏み出し、そして越えた。
気がついたときには自分は懐かしき自宅の前にいた。
数年ぶりに見る我が家の扉を開け、居間に入るとそこには長い間顔を合わせなかった両親の姿があった。
両親は、一瞬何が起きたかわからないような表情をしていたが自分が帰ってきたと気づくと涙を流してこちらに来た
今までどこに居たんだ馬鹿息子とか、心配ばっかりかける奴だとか怒られてばかりだったが今はそれすらも懐かしく思えてくる
どうやらこちらでは自分は失踪後そのまま死んでしまったことになっていたらしい。
何はともあれ死んでいたと思っていた息子の帰宅に両親は大喜びで迎えてくれた。
帰った日は両親が無事を祝って簡単なお祝いをしてくれたりしたが、その後は死亡届を撤回したり休学していた学校に復学したり、また平凡な日常が始まろうとしていた。
一方、○○が外界へ帰った後の幻想郷はと言えば特に変化もなく平常そのものであった。
守矢神社を除いては。
数年とはいえ○○が暮らしていたここだけは重苦しい空気が漂っていた。
「
神奈子様、その……あれから諏訪子様が部屋に閉じこもりっきりなんですが。」
「無理もないわ、想い人に神であることを理由に別れを告げられたのですもの、私だって同じ境遇だったら塞ぎ込むわ。」
「でも、諏訪子様は神様だったから別れることになったんですよね?それじゃあ私だったら」
「早苗、あなたも○○に多少好意を持っていたのは気づいてたけど、ここで滅多なことは口にしないほうがいいわよ。」
「え?」
そう言うと天井をペタペタと何かが跳ねていく音がした。
「こればっかりは諏訪子自身の問題だもの、私たちは見守るしかないわ」
「○○……○○……○○……」
部屋の中、私は何日も考えた、考え続けた、一体どこで歯車が狂い始めたのか。
一体何が私と彼の間を引き裂いたのか。
最初からわかっていた、しかし認めたくはなかった。
それを認めたら私という存在がなくなってしまうような気がしたから。
それでも私は考え続けた、どうすれば彼と私の間を取り持てるのか、どうすれば彼と一緒になれたのか…。
早苗も○○に好意を持っていたことくらい気づいていたが、居間の天井に放っていた蛙が面白いことを聞いてきた。
早苗なら……
そして気づいた。
早苗もたまにはいいことを言うものだ。
「諏訪子……諏訪子……諏訪子……」
外界に帰って既に数日、幻想郷から逃げ出しておきながら、どうしても彼女が頭から離れなかった。
部屋の中、俺は何日も考えた、考え続けた、一体どこで歯車が狂い始めたのか。
一体何が自分と諏訪子の間を引き裂いたのか。
どうすれば諏訪子の隣に並び立つことが出来るのか。
可能だと言い切りたかった、でも言い切ることはできなかった。
人間である自分にそんなことはできないと本能が告げ続けていたから。
それでも俺は考え続けた、どうすれば自分と諏訪子の間を取り持てるのか、どうすれば諏訪子と一緒になれるのか。
そもそも、神とは何なのか。
そして気づいた。
ここは八百万の神が存在する国、日本。
神となったモノにも色々いると。
『なぁんだ、簡単なことじゃないか、私(俺)が人間(神)になればいいんだ。どれだけかかるかわからないけど、必ず会いに行く(戻る)から待っててね、○○(諏訪子)……』
そうと決まれば早速計画を行動に移そう。
まず私は、この部屋を出ることから始めた。
それからの私は○○が行ってしまったことからあたかも立ち直ったように振る舞い、信仰集めの日々に戻った。
といっても以前の私は信仰集めにそれほど積極的ではなく、神奈子と早苗に任せっきりだった節がある。
でもこの計画には多大なる信仰が必須だ、四の五の言ってはいられない。
「諏訪子様、本当にもう大丈夫なんですか?お部屋でもう少し療養なさっていても……」
「大丈夫だよ早苗、私だっていつまでも傷心に浸っているわけにもいかないからねー。そんなことより信仰集めだよ信仰集め!」
「まぁ諏訪子様がそう仰るなら…。それじゃあ神奈子様、私は諏訪子様と人里に信仰集めに行って来ますね。」
「いってらっしゃい。諏訪子、やるならちゃんとやりなさいよ。」
「わかってるわよ。さぁ早苗、同じ○○に逃げられた者同士頑張らなくっちゃね!」
「なっ、諏訪子様!?」
早苗と信仰集めをするのはその方が信仰の集まりもいいだろうと考える理由もあるが、早苗を監視するというのが理由の大半を占めている。
早苗の○○に対する好意がどれほどかは知らないが、私と同じように○○に好意を持っている。
つまり私にとって早苗は恋敵とも言える存在だ。
しかも早苗は現人神とはいえ種族は人間だ。
そう、神ではなく人間。
彼女は種族としては私より○○に近しい存在。
そこだけは早苗は私よりも一歩先んじている。
二人は私が○○の事を思い出しそうになるのを誤魔化すために信仰集めをしていると思っているようだが間違いだ。
私は片時だって○○のことを思い出さない時はない。
たとえ子孫や数千年を共に暮らす友人であろうと私と○○の恋路の邪魔はさせない。
人の恋路を邪魔するような奴は蛙に蹴られてしまえ。
この計画が成就した暁には私と早苗の間にあった種族のハンデはなくなる。
そうなれば、もう恐いものなど何も無い
「もう少しだけ待っててね、○○。きっと、きっとあなたと同じ人間になって迎えに行くから…」
最近諏訪子様の様子がおかしい。
○○さんが外界に帰った数日後、突然部屋を出てきたかと思うと私の信仰集めを手伝うと言いはじめた。
どうやら失恋した傷心の気持ちを誤魔化すために信仰集めをしたいらしい。
○○さんが外界に帰った原因の張本人が虫のいいことだ、出来ることなら断りたい。
でも信仰集めはこの神社の生命線、無下に扱うことも出来ない。
そこで表向きは傷心からの復帰を心配するように接し、共に信仰集めをすることにした。
人里での信仰集めの最中、顔を動かさず視線だけを諏訪子様の方へ向けると時折こちらを見ているようだ。
一体何のつもりなのだろう、私に何か言いたいことでもあるのだろうか。
恋愛というのは人間同士でこそ成り立つものだ、その辺を弁えず、分不相応にも告白なんてするから○○さんは外界に帰ってしまった…。
諏訪子様はその辺のことがわかっていなかったらしい。
まったく、人の恋路を邪魔するような神は奇跡のような不幸に会えばいいのに。
だが、そんな気分で日々を過ごすのも、もうしばらくの辛抱だ。
この2柱が私なしで信仰を維持できるようになったらすぐに迎えに行こう。
それまでは共に信仰を集めてあげるのが2柱への、せめてもの義理立てだ。
「ふふふ、待っていてくださいね○○さん。もう少しであなたにお似合いの相手が迎えに行きますから…」
近頃諏訪子の様子がおかしい。
惚れた相手に逃げられたのだから無理もないと言えばそれまでだが、部屋を出てきてからもどこか様子が変だ。
こっちに来てから今まで、信仰になんて大して興味を示さなかったのに突然早苗と一緒に信仰集めを始めだした。
失恋をして、それを思い出さないようにがむしゃらに何かに打ち込む気持ちはわからなくもないが、最近は姿を維持するのに必要な量以上に信仰の分配を求めるようになった。
そこに何の意図があるのか私には皆目検討もつかない、だが、あのどこか虚ろに見える目は前に見たことがある。
何千年も前に……
そういえば早苗もいくらか○○に好意を抱いていたらしく、○○が外界に帰ったのはショックだったようだ。
あの血族は数千年を経ても異性の好みが似ているのだろうか?
早苗の信仰集めを手伝い始め早数ヶ月、自分の神としての力は高まりつつあった。
周りがもし目的を知っていれば人間になろうとしているのに力を高めてどうするんだと思うかもしれないがこれでいいのだ。
殆ど力を持たないまま外界に行けば、自分はそれこそあっという間に姿を保てなくなってしまう。
忘れてはならない事だが私と神奈子は向こうで信仰を得ることに限界を感じてこちらに来たのだ、向こうに戻ったときどうなるかは言うまでもないだろう。
そうなってしまっては○○に会いに行くどころではない。
まずは力を溜めて、それを用いて受肉する。
受肉して人間と変わらない身体になったらそれから神奈子なり博麗の巫女に頼むなりして外界に行けばいいだろう。
当初私が人里への信仰集めを手伝うことにあまり乗り気でなかった早苗も最近は諦めたのか同行しても特に何も言わなくなった。
それもあってか、私に対する信仰は近頃飛躍的に伸びてきていた。
しかし同時に最近問題も起きているのだった。
これまで伸び続けていた信仰がある日を境に頭打ち、あるいは減少してきているのだ。
計画の達成まであと少しだというのに忌々しい。
こうしている間にも○○は私のことを忘れ、新しい女を見つけ、その女と恋をするかもしれない。
そしてその女と結ばれて、その上子供まで出来て……。
○○に限ってそんなことはないと思うが、○○だって男である。
ひょっとしたら私より少しだけ、少しだけプロポーションの良い、悪い女に引っ掛けられるかもしれない。
○○は純粋だからそういう悪い女の最高の獲物になってしまうに違いない。
そんなことがあってはならない!
そのためにも私は問題の芽を早々に摘まなければならないのだ!!
この問題の原因は調べるまでもない、最近人里の近くにできたあの寺だ。
あそこは人妖平等の世を目指す教えを説いて人々の信仰を集めているらしいが、私から言わせれば滑稽と言うほかない。
なにしろ平等の教えを説いている張本人が事情はどうあれ人間をやめているのだ。
それでいて人間は妖怪と対等だと言っても説得力に欠けると思うのだが意外にウケはいいらしい。
これから人間になろうとしている私が言うのも難だが、まったくもって人間の考えはよくわからない。
と、そんな事を思っている間にも時間は流れていく。
すべては○○と私の輝ける未来のため、そこに立ちはだかる障害や壁はありとあらゆる手を尽くしてでも潰させてもらおう。
次の日の朝、ブン屋が号外を持ってきた。
号外によると一夜にして人里の近くの寺が消えたらしい。
日が暮れるまではあった事や、そもそも夜間に人が里から外に出ることもないことから目撃者もおらず、消失の原因はまったくもって不明らしい。
いやはや、寺が一つ消えるなんて不思議なこともあるものだ。
夜更けに突然寺を中心とした一帯に黒い沼のような物が現れて船として飛び立つ間もなく沈めてしまうとは何て不思議な事件だろう。
早苗もこの記事を読んで、
「流石は幻想郷、建物が一晩で消えるなんて常識にとらわれていませんね。」と言っていた。
……育て方間違えたかな?
何はともあれ謎の消失事件のおかげで目の上のタンコブだった存在も消え、また信仰が徐々に増え始めた。
計画に必要な信仰の量まであと少し、それさえ溜まれば……
「もうちょっとだよ、○○、もうちょっとでまた会えるからね……」
最終更新:2011年04月24日 21:19