『稀人考察』


  • 概要

外部からの来訪者に宿舎や食事を提供して歓待する風習は、かつて外の世界にこの郷があった頃の各地で普遍的に見られた。
郷が外界と隔離されて随分経つので外の世界で今どうなっているかは不明だが、この郷では相変わらず稀人という者は絶えず訪れる。

※妖怪達や人里内での呼称では『外来人』という言い方が一般的である。
※本来の意味合いである異界等から訪れる「来訪神」についてはこの考察では除外する。

  • 稀人とは

稀人は外の世界、つまり郷の外側に広がってくる世界から訪れるのが基本だ。
この郷の管理人である八雲紫(「幻想郷縁起」を参照)が結界の隙間を緩め、外界に居る人を無選別に引き込んで居るようだ。
引き込む際に稀人側に同意などは求めない。だから彼らは来訪当初、酷く混乱しているか現実逃避している場合が多い。

  • 来訪

彼らが降り立つのは人里近くが多い。
運悪く山中に現れ、低級な妖怪に取って喰われる場合もあるようだ。
人里近くに現れた彼らは、当然ながら人里に助けを求めてくる。
他に大きな部落は郷に存在しないし、見るからに異形な妖怪があちこちに居る為必然的にそうなるだろう。
※常闇の妖怪のような、一見無害そうな妖怪に騙されて捕食された例もあるようだ。

場合によっては、妖怪の勢力範囲や住処内に現れる事もあるらしい。
そうなった時は、その勢力内で処遇が決定される。
機嫌が悪ければ喰われたり放逐されたり、運が良ければ人里に送られる場合もある。
※そのまま気に入られて勢力の一員として囲われる例もあるようだ。

  • 性別

殆どは男性であり女性は非常に珍しい。
彼らを管理している里長の書物を見た上では、稀人の9割以上が男性である。

  • 年齢

平均的に十代半ばから二十代の後半。
女性の方もそれ位だと記録が残っている。

  • 性格や力など

基本的に普通の人間である。
超常の力を操ったり、飛び抜けた知慧を持っていたり、鬼もかくやな怪力を持っていたりはしない。
外界の優れた技巧者であったり学者である場合もあるが、それも人間が持ちうる範囲。
喜怒哀楽も里人とそうは変わらない。
ただ、見知らぬ土地に連れ込まれた所為か、悲観的な考えを抱く傾向があり、処遇上里人に対し隔意を抱く場合もある。

  • 里での処遇

外部からの来訪者に宿舎や食事を提供して歓待する風習は、幻想の郷では形骸化している。
郷が閉ざされた後の環境や人里の立場の変異により、稀人の意味合いは大きく変わってしまってる。
郷の人里にとって、彼らは便利な労働力であり、厄介者であり、人里を取り巻く怪異から遠ざける為の盾でもある。
※女性は例外であり、新しい血を里に入れる為好待遇を条件に嫁入りを推奨される場合が多い。


  • 住居

人里からやや離れた位置にある、防壁に囲まれた幾つもの長屋。
基本的に稀人は人里へ居を構えることは許されない。
人里で保護された人間の殆どは此処に送られ集団生活を営む。
食事などは給金や里から支給される最低限の物資と食料で賄われる。
最近の外の人間は飽食の時代を生きていたらしく、この生活環境を苦に自殺した件が何度かある。
里の防護からはやや外れる為、偶に下級妖怪が迂闊に外へ出た稀人を拉致する件も何度か発生した。
裏手には『外来人墓地』が存在し、異郷で朽ち果てた稀人達が埋葬されている。
『仕事』で非業の死を遂げた者も少なく無い為か、時折啜り泣き声や怨嗟、人魂や人影が出現するので夜に近付く者はいない。


  • 労働力

外界から完全に遮断され、人が活動する範囲が限られている人里では、各々の役割は完全に取り決められている。
その為か外界から人が這入り込んで来ても彼らに任せれる仕事などというものは大して発生しないのだ。
特に生産の場(職人等)は代々続いてきた家柄が多く、余所者である稀人達が這入り込む余地など無い。
かといって耕作可能な場所は人里の範囲では事細かく取り決められており、自分で畑や田を作って自給自足を行ったり収穫物を販売する事は不可能だ。
(収穫物については販売先や卸しなども代々取り決められている為、外部の人間が流通に這入り込む余地はやはりない)

仕事があるとすれば、雪下ろしや害虫駆除、里に下りてきて害を及ぼす下級妖怪の退治など、危険であったり忌諱される仕事だろう。
特に需要があるのは人里から幾分離れた山地や平野で行う作業の見張りや、危険度の高い開拓地の開墾。
何より人里の人間が決して行きたがらない場所への連絡や物資の運搬、御用聞き。妖怪達への通達役である。
※彼らに被害が集中しているので、人里の人口が維持されているという側面もあるが。


  • 稀人達の仕事
特に彼らが駆り出される三種を例に挙げる。

「作業の見張り」

人里の限られた農地は年々僅かずつであるが、拡張されている。
主な妖怪勢力の版図及び周囲は避けてはいるもの、其所には低級の妖怪や危険な生物が住み着いている場合もある。
そのような場所を開墾している時に、作業場の外周を囲む形で彼らは見張りに付く。
その更に外周に鳴子などの警報機が設置されるが、やはり肝心な時に頼りになるのは人の目だ。
危険そうな生物や妖怪が近寄ってきた場合は戻ってきて警告する。単純な仕事だが危険は多い。
何せ、外回りに居るのだから真っ先に襲われる可能性が高いのだ。
運が良ければ立っていればいいだけの仕事である。
だが、運が悪ければ作業者達を逃がすための囮にされるかもしれない。


「危険度の高い開拓地の開墾」

「作業の見張り」と並列して行われる作業。田畑を作れるよう荒れ地や平地を開墾する。
この仕事は非常な肉体労働でもあり、危険地帯での作業でもある。
だが、その分実入りもある。この作業を完遂すれば、幾らかの自分達の畑を手に入れる事が出来るのだ。
死傷率はかなり高く、酷い時期では「仕事は達成したが給金を受け取る人間が居なかった」という例も存在する。
しかし、僅かでも自分達の生活を楽にする為、依頼を受ける稀人達は後を絶たない。


「妖怪勢力への物資運搬、用聞き、伝達役」

人里の商店や工房で生産される物資や工芸品、田畑で生産される食物は人里だけで消耗される訳ではない。
基本的にこの幻想郷の住人達は自給自足で生活を送っている。衣食住は自分でどうにかするのが普通だ。
とは言え、嗜好品などと言ったものまで手が回らない場合はよくある事だ。
そう言った不足分を補う時、妖怪は人里まで出て来て足らない物資などを購入したり注文したりする。

その注文したモノを送り届け、搬送先で用聞きを行い、場合によっては里側の要件を通達するのが稀人達の役だ。

大概の場合は発注側の護衛が付くなどするが、それでも危険は多い。
道中が危険、相手が危険、住んでいる場所が危険、危険尽くしなのだ。
何より、妖怪勢力の住人と接触し付き合いが生じるという一番の危険があるが、これは御供の欄で記述する。

  • 御供

人里が何故、最低限とはいえ余所者の集団である稀人達を保護し、食と職を与えているのか。
危険な作業を安価で肩代わり出来るというものもあるだろうが、何よりもこれが最大の理由だと言っても過言ではない。

幻想郷には非常に女妖、女の妖怪が多い。目麗しく、可愛らしく、美しく、そして強大過ぎる存在。
神、天人、天狗、河童、幽霊、魔法使い、吸血鬼、竜の眷属、南蛮や黄土から渡ってきた外来の妖怪、妖術師、月の民、特定不可、等々。

孤高な彼女達は、何故か、稀人の男に恋する事が多いのだ。
そして、稀人との縁談話が持ち上がる場合が多い。
※直接仕事の際に話を持ち出したり長屋に押し掛けたり、果てには問答無用で拉致した事もある。
それが伝わるのは主に商店や商家、里長経由だ。
発注の際に何時も荷物を運んでくる誰それを連れてきてくれと頼んだり、場合によっては守護者殿に直談判してくる事もある。

縁談や招待の誘いが舞い込んで来ると、即座に里は長屋に話を持ち込んでいく。
この手の縁談は人里にとって極めて都合の良い話だからだ。

恋人を得た妖怪は活動領域が狭くなったり、殆ど自分の家や住処から出なくなる。
幻想郷の人里の者にとって、妖怪とは永遠の脅威である。
妖怪は人を襲い肉を喰らう構造が形骸化したとは言え、妖怪の強大さや脅威は魂の底まで擦り込まれているのだ。
そんな妖怪達、しかも強力な妖怪が差し出した男に夢中となり、殆ど外に出なくなるのだ。
怪異や異変が起こらなくなり、人里にも謝礼が大量に舞い込んでくる。
気を良くした妖怪は、紹介してくれた店舗を尚更贔屓にし、利益で店は潤う。
人里には直接害や損がない形なので、良いこと尽くめだ。
※昔、博麗神社の巫女絡みで騒動があり、結界存続の危機が発生した事もあるらしい。
 「幻想郷縁起」にも記されておらず、事実かどうかの確認のしようがない。

また、縁談が持ち込まれる稀人は幻想の郷が如何なる場所か、良く理解した年季の持ち主が多い。
妖怪達との付き合いも長い為か、彼女らが引かない、こちらが断ればどんな結果になるのか理解している。
故にこの手の縁談はすんなり纏まり、翌日には長屋の一室が空き部屋になる。

縁談が纏まり稀人が送り出される際は、長屋の知り合いが集まり水杯を交わし握手を交わすという。
※里人は見送りを禁じられている。

そして数日後にはまた空き部屋が2つか3つ増える事になる。
抽選で選ばれた稀人達(相場的に二~三人)が御供の代償で得た金子により、博麗神社経由で外の世界へと送還されるからだ。


尚、記録上では御供として妖怪達の元へ行った稀人達で、その後長屋に帰還した者は存在しない。
※訪れて来た場合はあるが、「『元』稀人達」にて記述する。



  • 『元』稀人達

一旦、御供として妖怪の元に去った者達は殆ど帰らず消息不明となる。
しかし、例外という存在は何処にでもあるようで、僅かながら長屋や人里に姿を現す場合がある。

ただ、彼らは最早人間ではない。
それぞれが娶られた妖怪の眷属や妖怪その物へと変化している。
※最近になって確認されているのは吸血鬼、魔法使い、蓬莱人、亡霊、現人神の五名である。
 他にも彼ら以外の『元』稀人と覚しき遭遇例や目撃例があるにはあるが、彼らが稀人や人里の前に姿を現した事は無い。

彼らは主に長屋に住まう稀人達への支援や手助けを行い、彼らが少しでも多く外の世界へ戻れるよう便宜しているようだ。
人外に成り果てても彼らの元々の性格であるらしく、長屋の稀人達は畏敬の目で彼らを見ているらしい。
※人里は彼らを妖怪として扱っている。彼らは暴れたりはしないものの、かつての扱いの事で復讐されないか怯えている者も居るようだ。


総括

今の所、私が知っている事はこの程度である。
ただ、解っている事は、今日もまた、稀人と覚しき若者が里の近くで保護されているという事。

幻想の郷が存在する限り、今後も稀人達はこの地へと引き寄せられるのだろう。

そして、彼らにとってこの郷は我々や妖怪達にとってよりも、残酷な世界なのかも知れない。


稗田家分家、書生の書き付けより

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最終更新:2011年02月11日 22:13