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最近霊夢の顔を見ていない。
いや、最近どころではない気がする。
2ヶ月?3ヶ月?もしかしたらもう半年近い?
私は部屋の片隅で爪を噛みながら虚空を眺める。
この間またアリスが霊夢の事を話していた。
全く顔を見せなくなった私のことを心底心配しているのだそうだ。
……おいおい、笑わせないでくれ。
どうせ上辺だけなんだろ?
こうなったのも霊夢のせいだ。
私が掴むべき物を掴みそこねてこうやって、
惨めで、苦しくて、切なくて、藻掻きたくて、辛くて、悲しくて、喚きたくて、
痛くて、虚しくて、張り裂けそうな思いに押し潰されそうになっているのは。
憎い。憎いよ。ああ、憎い!憎い!憎い!
でも、それも今日で終わりだ。
今日こそ、今日こそ私はその掴みそこねたものを掴みとる。
いや、奪い取る。





霊夢は随分と前に夫婦としての契を結んだ。
白い衣装に身を包み、屏風の前で瞳を閉じ、正座をする霊夢。
その霊夢の隣にいるのは……○○。
頬を紅に染め、暖かな空気に包まれた二人を私はただただ眺めていた。
彼らを冷やかすことすら忘れ、ただ二人を眺めていた。
何時になく浮かれた文屋がシャッターを切る音が耳に残っている。

○○は人里で奉行所の改役か何かをやっていた何の変哲もない人間だ。
奉行所公認岡っ引きのようなもので、そんなに偉い人間ではない。
まあ、天狗社会で言うなら椛ぐらいのポジションだ。
役職柄霊夢と以前から親交があったらしい。
霊夢とセットで行動することの多かった私も勿論知っている。
一緒に買い物をしたことだってある。散歩をしたこともある。
酒を飲み交わしたことだってある。
……まぁ流石に博麗神社の宴会で見かけたことは一度もないが。
気さくで優しい彼に私は段々と惹かれて言った。
人里で彼に会う回数が次第に増えていった。
とうとう私と彼は親友と呼べるぐらいの関係にまで上り詰めた。
後もう一押しだった。もう一押しのはずだった。
それなのに……それなのに。
気づけば彼は霊夢とデキていた。
彼と霊夢は人目を気にすること無く手をとり合い、肩を寄せ合う関係になっていた。
私のスタートダッシュが遅かったこともある。
あと一押しがなかなか踏み出せなかったことも認めよう。
それでも私には受け入れがたい事実だった。
本来私がいるはずだった場所には、もうずっと前から彼女が居たのだ。

婚儀が終わって暫くの間は以前の関係が続いていた。
その後、霊夢は新たな命を授かった。
まだ私は彼の近くにいた。
近くにいるだけで、幸せな顔を見ているだけで、我慢しようと頑張っていた。
だが、その新たな命が産み落とされてからは、事情が変わってきた。
生まれた娘に幸せそうに乳を与える霊夢と、それを隣で眺める彼。
将来の事を楽しそうに話す彼らの姿は、私のスカスカの心には重すぎた。
私の心に、決定的な歪みが生じた。
耐えられなくなってきた私は、彼らから距離をおくようになる。
霊夢の娘が一人で座れるようになり、立てるようになり、言葉が喋れるようになり。
その成長と共に私の居場所は萎縮して行った。
そして、とうとうその時が来た。
霊夢が第二子を孕んだのだ。
彼ら一家にやってきた再びの幸せの重さは、私の心に致命的な亀裂を作った。
性別をネタバレしようとする紫の口を無理やり塞ごうとする彼の姿を見た。
人里で、妊娠した霊夢と、好奇心旺盛な娘の手を引いて歩く彼の姿を見た。
家族三人で楽しそうに笑って食卓を囲んでいる声を聞いた。
そして、〇〇を馴れ馴れしく呼ぶ霊夢の声を聞いた。何度も、何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も聞いた。

もう、耐えられなかった。
彼らには次々と幸せがやってくるというのに、私は何だ?
それを遠くから見ているだけで幸せだって?
まるで馬鹿じゃないか。そんな綺麗事が今までよく言えていたものだ。
そんなのは私の性には合わない。
ほしい物はどうして来た?そうだ、「借りて」きたじゃないか。
本と一緒。死ぬまで、私が満足行くまで借りれば良い。
なんだ、どうしてそんな簡単な事に今まで気づかなかったんだ?
霊夢の顔をしばらく見てない。
その久々の霊夢の顔が絶望の色というのもなかなか良いんじゃないか?
楽しみだなぁ。嗚呼、なんて楽しみなんだ。
私は箒を手に取ると、一目散に博麗神社へと向かった。

霊夢。
今から行くよ。
奪いにいくよ。
お前の一番大切なものをな。





森には昔、二人の魔法使いが住んでいたという。
今となってはその片方は痕跡を残すのみとなってしまった。
まだ何処かに居るらしいが、その消息を知る者は極わずかだ。
もう一人の魔法使いは今も変わらず同じ場所に住んでいる。
人形遣いの彼女は今日も人形作りに余念が無い。
仕事場で熱心に人形をつくる魔法使いの元へ、一人の少女が歩み寄る。
「お母さん、紅茶をいれてみたの」
魔法使いは顔を上げると、彼女の手からティーポットを受け取った。
「まあ、ありがとう」
そう言うと彼女は空になってからだいぶ立ったティーカップに紅茶を注ぐ。
そして静かに一口それを含むと、ゆっくりと味わう。
「とても美味しいわ、優しい味がする」
その言葉に、紅茶を持ってきた少女の表情がほころんだ。
可愛らしい彼女の頭を優しく撫でる。
くせっ毛のブロンドの髪の感触が心地よい。
アリス・マーガトロイドは膝の上に少女をのせると、そっと抱きしめた。
どこか寂しげな笑を浮かべた少女は、アリスの腕をぎゅっと掴んだ。
「お母さん、大好き」



くせっ毛の少女は本当の母親を知らない。
彼女の母親……つまり霧雨魔理沙は、もう大分前から竹林の医者の所に収容されている。
精神を酷く病んだ彼女は、親友である博麗霊夢の夫を拐い、強姦し、
そして愛を否定された末に彼をこの世から捨てた。
霊夢は事件後悲しみのあまり一時期寝込んでいた様だ。
だが持ち前のタフさでなんとか持ち直し、娘二人と今も博麗神社で暮らしている。
一方の魔理沙は子を宿すも、とてもじゃないが育児ができるような状態にはなかった。
そこで私は魔理沙の子を引き取り養育することを申し出た。
勿論育児などしたことはなかった。右も左も分からない。
そんな折に、なんと霊夢は私に手取り足取り育児の仕方を教えてくれたのだ。
嫌な顔一つせずに魔理沙の子の世話をする霊夢に私はその理由を聞いた。
「この子に罪はない。ただそれだけよ」
霊夢は呟くようにそう言った。
そして、魔理沙の子を私の腕の中へ託すと、言った。
「この子を、絶対に幸せにして頂戴ね。
 あんな……魔理沙のような思いをしないように」






感想

  • 悲劇の中にほんの少しの明るさがある終わりが素晴らしい。もし、魔理沙が正気に戻ったら...という想像を掻き立てられた。 -- 名無しさん (2019-02-03 14:13:12)
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最終更新:2019年02月09日 19:15