「運命は、自分で切り開いていくモノだと思うんですよ。」
それが彼の口癖だった。




彼…○○が幻想郷にやってきたのは半年くらい前のことだ。
「こっちの世界の方が刺激がありそう」と幻想郷に残るのを決めた彼は今、
幻想郷の各地に生活必需品を届ける「運び屋」の仕事をしている。
もちろんその運び先には私達が住む紅魔館も含まれていた。




「こんにちは、咲夜さん!頼まれた品、持ってきましたよ!」
「あら○○。御苦労さま。今、紅茶を淹れるわね。」
今日も大きな荷物を抱えて○○はやってきた。私はうきうきとお茶の準備をする。

「聞いて下さいよ、ついに俺も炎が出せるようになったんですよ!」
「あら、やったじゃない。これでついに○○も魔法使いね。」
「いやいや、そんな大層なモノじゃないですって!」

○○は明るい人だ。彼のする話は「ついに妖怪の山まで一人で行けるようになった」、
「博麗の巫女に教えてもらって少しだけ浮くことができるようになった」、
「自分を食べに来た妖怪と仲良くなり友達になってしまった」などなど、
いつも前向きで希望にあふれていた。

永遠を生きるお嬢様に仕えることで周りの時間が止まってしまい、
少し寂しく思っていた私は新しいこと、希望を語る○○のことが気になり、
そしていつの間にか好きになっていた。
今ではこうして○○と紅茶を飲む時間が日常の楽しみになっている。




「ねぇ○○。あなた、どこか一所に落ち着く気はないの?」
ある日、私は○○と紅茶を飲んでいる時にこう尋ねた。
「突然何を言うんです、咲夜さん?」
「だって…、運び屋の仕事って危険じゃない。あなたは人間なのよ?」

…幻想郷は何の力も持っていない人間には危険な世界だ。人間を襲う妖怪が闊歩し、
人間が見るも無残な姿で見つかったなどという話題が日常的に存在する。
私は○○にそんな目にはあって欲しくなかったのだ。

「そうですね…。確かに運び屋の仕事は危険です。実際何度も襲われましたし。でも、」
○○はそこで一呼吸置き、

「でも、この仕事は色んなところに行けるんです。紅魔館もそうですし、冥界や彼岸、
今まで俺が見たことがないモノがたくさん見れます。それがすごく楽しいんです。
こう、自分が生きている、運命を切り開いてるっていう実感が湧くんですよ。」

そう言った彼の顔は飛びきりの笑顔で。そして瞳はこれ以上ないほど輝いていた。



…だから言えなかった。
「ここでお嬢様にお仕えしながら、私と一緒に暮らさないか」だなんて…。




そうやって私が○○に思いを伝えられないでいたある日。私はお嬢様に呼び出された。
食事は先ほど済ませたはずだ。こんな時間に呼び出されるのは珍しい。

「お嬢様、ただいま参りました。」
「相変わらず早いわね、咲夜。」
「いえ。それで、一体どのような御用でしょうか?」
「ふふ。あなたに紹介したい人物がいるの。…来なさい。」
…紹介したい人物?一体誰のことかと考えていると、物陰から男が現れた。


この目を、疑った。

「え…?○…○?」

お嬢様の隣に立つ男。見まごうことなどない。それは真実○○だった。
「今日から私に仕えることになった○○よ。○○、咲夜に挨拶しなさい。」
「かしこまりましたお嬢様。咲夜さん、今日からここで執事として働きます。
どうかよろしくお願いします。」

そう言って挨拶をする彼の顔は血の気が無く、無表情で。
そしてその瞳は紅く、暗い色に染まっていた…。




「○○、一体あなたどうしたのよ!?」
あの後、○○と二人きりになった私はすぐに○○に食いかかった。
私の頭の中はまだぐちゃぐちゃで、自分で自分の制御ができなくなっている。

「どうした、と言われましても…。俺はただ、自分の本当の存在理由は
 お嬢様の為に生きることだって気付いただけです。」
○○は無表情のまま、淡々と言った。

「あなた、言ったじゃない!自分の運命は自分で切り開くんだって!」
「ええ。以前の俺はそう言ってました。本当に愚かだったと思っています。
 弱者は力のある方に跪き、その方の為に生きることが当たり前だと言うのに…。」
○○の話し方は平淡だったが、心からそう思っている事が分かる。

おかしい。いくら吸血されて眷族と化しても、本人の根底を覆すことは無い。
なのに今の○○は人格全てが全く別の物へと変わってしまっていた。

「とにかく、今日からよろしくお願いします。咲夜さん。
一緒にお嬢様へご奉仕しましょう。」
そう言って○○は無表情のまま右手を差し出してきた。
…初めて○○の手を握った。なのに、嬉しさは全く湧きあがってこなかった。




夢にまで見た○○との生活。でもそれは夢で見たものとは全く違っていて。
私が話しかけても○○は笑ってくれない。ただ事務的に返答するだけ。
○○は自分のことは何もしなくなって。何も考えなくなって。
私の料理も、紅茶も、「おいしい」と言ってくれなくなって。
私の心は少しずつ、黒ずんでいった。




「…お嬢様。何故あのようなことをなさったのですか?」
気付けば私は、お嬢様にそう質問していた。
「あのような?ああ、○○のことね。」
お嬢様はさも愉快そうに、

「あいつ、前々から気に食わなかったのよ。『自分の運命は自分で切り開く』だなんていきがっちゃって。
運命を操る力を持った私としては目障りだったのよ。それで、あいつの運命を丸々弄ってああしてやったの。
ああ、気分がいいわぁ。あんなに従順になっちゃって。おかしくて、可笑しくて、たまらないわ。」

私の心のどす黒い塊が一気に広がっていく。あなたは、そんな戯れの為だけに○○を…

「あ、そうだわ、明日にでも○○を連れて人里に行ってみない?
変わり果てた○○を見て人間達はどう思うのかしら?
『やっぱり運命には抗えないんだ』って絶望しちゃうのかしら? ねぇ、どう思う咲夜?」

黙れ、それ以上は…!

「ああ、それにしてもいきがっていた頃の○○に今の姿を見せてあげられなくて残念だわ、
アハハハハハ…!!!」




時よ、止まれ。
そしてこの薄汚い吸血鬼に死を…!!




周りには、血。そして誰かも判別できない肉の塊。
切り刻んで、切り刻んで、「アレ」の存在をことごとく消し去ってやった。

「フ、フフ…!ハハハハハ!!アハハハハハ!!!」
笑いが止まらない。消してやった!消し去ってやった!
○○を変えた原因を!○○を汚染した汚物を!!
これで○○は元に戻る。
あの希望に満ちた、輝く目をした、
私が愛した○○に。
嬉しくてたまらない。○○は私が守ったのだ!!


「お嬢、様…?咲夜さん…?一体何があったんです!?」
私の愛する人が飛び込んできた。お嬢様?まだあの薄汚いクズをそう呼ぶのか。

「安心しなさい、○○。あなたを汚したクズは、私が処理したわ。」
「処理…?咲夜さん、あなたはお嬢様にお仕えする身でありながら何を…!」

○○…?一体何を言ってるの…?

「ああ、お嬢様、私の肉体を、血を捧げます。どうか、どうか!!」


おかしい、おかしいおかしいおかしい。
○○は元に戻ったはずなのに、なんでそんなそんなクズを見ているの…?
なんで私を見てくれないの?
なんで、そんな紅くて暗い目をしているの…??


そうか。まだ、残っているんだ。
○○の中にはあのクズの血が残っているんだ。
それが○○をおかしいままにしてしまっているんだ。
そうならば、話は早い。
○○…、あなたのその汚れた血を、全部抜いてあげる…。
そして、私の血を半分、あなたに注いであげる…。
そうすれば、ずっとずっと、一つになれるわね。
ずっとずっと、一つに…。
+ タグ編集
  • タグ:
  • 複数
  • 咲夜
  • 復讐
  • 眷族化
  • バッドエンド
最終更新:2013年05月19日 00:13