「○○さん、あなたのことが好きなんです。
 私と付き合って下さい」


 私はいま、○○さんに告白をしている。
 バレンタインデーという外来人には特別なこの日に、チョコを持って告白している。
 このような風習は調べるまで全く知らなかったのだが
 外の世界では告白の手段にも使われるようだ。


「衣玖さん……ごめん。
 このチョコは受け取れないし、折角告白してくれたのに悪いんだけど
 俺には好きな人がいるんだ。だから、ごめん……」


 決死の想いで告白したのだが、断れてしまった。
 目の前が真っ暗になってしまったように思える。
 でも、○○さんはちゃんと返事をしてくれた。
 だから私も、それに応えなくてはならない。


「そう、ですか……ごめんなさい、迷惑でしたよね」


 別の人が好きだとは薄々気付いていた。
 でもそんなことはないと、己を奮い立たせた結果がこの様。
 せめて○○さんに嫌われないよう、大人しくこの場は去ろう。
 そう思い、涙や嗚咽でひどい状態になりながら帰ってきた。

 こんな状態になっても諦めきれないなんて、なんて我が侭なのだろうか。
 きっちりとした形で断られたのに、何故こんなことになっているのか。
 そんな自傷気味なことを考える。
 数日経っても○○さんのことばかり考えている私は
 せめて遠くからでも、○○さんのことを見ておこうという気になった。

 しかし、それが仇になってしまった。
 最も見てはいけないもの……○○さんの告白を目の当たりにしたのだ。
 私と話す時も笑顔を浮かべてくれたのだが
 あんなに幸せそうな笑顔は見たことがなかった。

 何故? どうして?
 告白相手は何の特徴もない……ただの人間だったはず。
 同じ人間だったから良かったのだろうか?
 違う。人間と妖怪や神が結ばれることなど、珍しいものではない。

 ならば、私が何かしら劣っているのだろうか?
 身体能力はもちろん、性格的にも悪いものではないと感じている。
 何故私では駄目なのか? それを考えると頭がおかしくなりそうだった。
 結局そのことに答えは出ず、明日は永遠亭に相談へ行こうと決めた。





「そう、断られてしまったのね」
「はい……」


 事情を永琳先生に話し、相談に乗ってもらう。
 当然と言うべきか、こんなことに解決策も何も出てこなかった。
 もし解決するならば、時間だけだろうということも教えてもらった。

 眠れないこともあるでしょう。
 そんなことを言って、永琳先生は精神安定剤を渡してくれた。
 さぁ、今日はもう帰ろう。
 礼を言って立ち上がると、待ちなさいと呼び止められる。


「使うか使わないかは自由よ。
 その○○さんのことを自分の手で繋ぎ止めたいのか、○○さんの幸せを考えるのか。
 ……時には強引な手段も必要よ」


 ドクンと、心臓が跳ね上がる。
 奪うことも可能だと、永琳先生はそう言っているのだ。
 そんなことは考えたこともなかった。
 私は震える手で、永琳先生からその薬を受け取った。


「ありがとう、ございました」


 薬を使うか、それとも使わないのか。
 ○○さんの気持ちを考えれば、使わない方が良いだろう。
 しかし自らの気持ちを思い返してみると、奪いたいほど○○さんのことが好きだ。

 明日、明日だ。
 明日もう一度、○○さんに告白してみよう。
 それで駄目ならば、その時は……




 次の日、私は○○さんのところを向かった。
 どうやら、先日告白した女と一緒にいるようだ。
 気付かぬうちに、ギリッと歯軋りをしていた。
 あの女が居れば優しい○○さんのことだ、当然私のことは断るはず。

 とにかく○○さんを連れていこう。
 そして私の家で、ゆっくりと話し合おう。


「い、衣玖さん!?」


 ○○さんが驚いているようだが、今はとにかくこの場から離れることが大事だ。
 こんな場所では、落ち着いて話が出来るはずもない。
 何かを○○さんが言っているようだったが
 ひたすら家に向かうのに集中していて、私には何も聴こえてなかった。


「ここなら落ち着いて話すことが出来ますね……」


 そう、この場所なら誰の邪魔も入らない。
 こんな形で○○さんを家に招いてしまったことに罪悪感が湧くが
 これは仕方のなかったことなのだ。


「衣玖さん……どうしてこんなことを?」
「私は一度、○○さんに断られてしまいました。
 でも……諦めれなかったんです。
 好きで、好きで、好きで好きでたまらなくて……
 お願いします、私と付き合って下さい! ○○さんしか居ないんですッ!」


 思いの丈を存分に語る。
 どうやら私は、気付かないうちに○○さんに心底依存していたようだ。


「衣玖さん……ごめんなさい。
 俺には、付き合っている娘がいますから」


 また駄目だった。
 こんなにも○○さんのことが好きなのに。
 こんなにも○○さんのことを愛しているのに。
 ○○さんのことしか考えられなくなったのに。

 こんなにも……こんなにも想って、それでも断られる。
 そんな理由、一つしか思い付かなかった。
 きっとあの女が何かをして、○○さんの思考を制御してるんだ。
 そうに違いない。

 だって○○さんは、あんなに悲しそうな顔をしている。
 ○○さんが苦しんでいるのだと、空気を読む程度の能力がある自分にはわかる。
 それなら、私が救ってあげないといけない。
 ○○さんのことを私の手で、あの女から救わなければならない!


「っ!」


 ○○さんが逃げようとする。
 ほら、やっぱりだ……やっぱりあの女に操られてる。
 そうでなければ、○○さんが逃げようとするはずがない。

 私は羽衣で○○さんを雁字搦めにし
 逃げられないように、しかし優しく腕の中に抱き寄せる。
 放してくれと○○さんが哀願しているが、自分の意思ではないのだろう。


「いま正気に戻してあげますからね……」


 受け取ってもらえなかったチョコに永琳先生からいただいた薬を塗り
 それを口移しで○○さんに食べさせた。
 とても甘くて、蕩けるようなキス。
 ○○さんもこれで正気に戻ってくれるはずだ。


「ぅ……ぁ……」


 ○○さんの呻き声が聴こえる。
 その声を聞くと、涙が出てくる。
 何故涙が出るのだろうか……これでようやく、○○さんを正気に戻せたのに。


 ――ようやく、私のものに出来たのに――





終わり。











後書き!

最後の最後に少しだけ我に返った衣玖さんが、涙を流したというお話。
衣玖さんは良心の塊だと個人的に思うわけです。
だから、狂ったように見えてどこかで正気を保ってる。
そんな衣玖さんを表現出来たかと言われれば微妙ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。

プロットを頂けた>>345さん、ありがとう!
最終更新:2011年02月17日 20:05