妖怪の山からの帰り道のことだ。
いつも使うものとは違う道を通って帰ろうと考え、道を逸れる。
その道は主に里の郊外の住人の耕す畑に通じる道であった。
季節は秋に近く、この頃合なら頭を垂れる稲穂や、或いは畑に植わる野菜が見られるはずである。
しかし見られたのは茶色になった茎ばかりだった。
この畑だけかとも思ったが、どうにも道沿いの畑の皆が不作のようだ。
気になって家の横の畑に植えた作物を見れば、どれも実の大きくなる様子が無い。
とはいえこれは自分が世話をしていなかった所為かもしれないのでなんとも言えない。
数日後、時間の出来た時に里の中心部に向かう。用事があるのもそうだが、田畑の偵察の意味もある。
行き帰りで別の道を通ったが、どの家も不作のようであった。
米も芋もこれでは、全く来年は酒の値段が上がりそうなのでそれが気にかかる。
しかし不作の原因が何なのか、全く見当がつかない。
天候不順というわけでも病害虫でもなさそうだし、よもや連作障害ということも無いだろうから、面妖なことだ。
また幾らかしてから穣子がやってきた。一週間ばかり姿を見ていなかったので、久しぶりに会うことになる。
挨拶もそこそこに、今年は作物の出来が悪いようだがと聞いてみた。
するといつも豊作とはいかないでしょう、という簡単な答が返ってくる。
そんなものかもしれないが、そんなことでいいのだろうか。
自分の与り知らぬところの話であるし、気にしたところで意味は無いのだが。
案の定収穫は惨憺たる結果だったようだ。
こちらに攫われてまだ三度目の秋なので自分はよく判らないが、里の人間に聞いても久方ぶりの不作だという。
久方ぶりとは、それでは来年までの食料はどうするのだろうかと思う。
今まで結構な豊作だった様だし、凶作に備えて蓄えていたなら吉、胡坐をかいていたなら凶だ。
収穫祭は滞りなく行われるようなので、蓄えに関しては多少余裕があるのだろう。
だが殺伐とした祭になりそうで、遠巻きに眺める程度にしておいたほうがいいのかもしれない。
里から戻ると家の前にうずたかく茶色の箱が積まれていた。
すわ穣子からの援助か、と思ったが書いてある文字からみると台湾軍の野戦口糧らしい。
なるほど、つまりは境界を操るという妖怪がかっぱらってきた物ということか。
せめて米軍、欲を言えば伊軍の物が良かったがまあ仕方が無い。
そいつらを家の中に運ぶと、また自宅を出る準備をする。
行く先は妖怪の山だ。
所々紅葉し、落葉した木々の下を歩いて行く。
妖怪の山に関して言えば凶作ということは無く、例年通りの実りであったらしい。
地面に落ちて地雷と化した毬栗や潰れた柿を避けながら、穣子の家へと急ぐ。
何ぞの用事があるのかは知らないが、早く来てくれと言われては行かない訳にもいくまい。
里の雰囲気が重く、どうにも居辛いと言うのもあるが。
まずは一年目。気取られないようにしないといけない。
更に手を打って、あの人が里の娘になびけないようにしなければ。
しかし、性急に事を運んでも怪しまれるだろう。慎重にいかなければならない。
それにしても、今日はあの人が来る。なんて素敵な日なんでしょう。
もう遅いから、って言ってうちに泊めてしまいましょう。
いっそ春が来るまで山に閉じ込めてしまおうかしら。
里には食べ物が少ないでしょうし、それもいいかもしれないわね。
彼が飢えてしまうのは嫌だし。
あら、もうすぐ彼がつく時間ね。この間作った渋皮煮を用意して待っていましょう
最終更新:2011年03月22日 10:56