「では○○さんおやすみなさい、夜道には気を付けてくださいね」
ミスティアの屋台で一杯引っ掛けるつもりが、長々と話しこんでしまった。
時計は午前2時、健康的な妖怪も眠るっているであろう時間の魔法の森近辺を悠々と歩いて帰っていた。
明かりの反射が無くなってしまって、ああ、妖精にでも化かされたのかと思った瞬間。
両目に激痛が走り、眼窩からは熱い液体が流れ落ちていた。
目を開けない。
痛い、熱い。
目潰しどころでは無しに、直に傷を負ってしまったのか。
そのまま地面を転げ回り激痛に大声を張り上げたが、襲撃者は追撃する事も無く大きな羽音を立てて去っていった。
最後に目に映った物は覚えて無い。
懐中電灯の明かりか、それに照らされた森の木々か。
少なくとも、僕を襲って両目を抉った者の姿を捉える事は出来なかった。
叫び声に気付いて僕を見つけたミスティアに介抱され、永遠亭に運び込まれたのだが、
結果としては痛み止めに小さな塗り薬を渡されただけだった。
「眼球が抉り取られているし、本人の物が無いなら今は手の施しようが無い」との事だった。
幻想郷ではよくある事、とか。
言われてみれば命を失わなかっただけマシなのかもしれないが、
これでは生きていく事なんか出来やしない。
ミスティアは深夜まで自分が付き合わせてしまった事から自責の念を持ったのか、
今後も自分の面倒を見たいと言った。
「いや、それはいくらなんでも申し訳ないよ。
今回は遅くに一人で出歩いた自分にも責任があるんだし……
あのまま諦めて夜を明かせばよかったんだからさ」
「いいえ、私に面倒を見させて下さい。
お願いします。
辛いんです……○○さんはお客さん以上に、私にとって大切な人なんですから」
もう顔を見る事は出来ないけど、辛そうに笑っているミスティアの顔が浮かんだ。
結局僕は根負けして彼女の家に厄介になる事になった。
まあ、死ぬまで失明するって訳じゃない。
細胞を培養して眼球を作るだとか、ひとまずそれが出来るまでの間だ。
それまで2週間程度の予定。
彼女の都合が良い適当な時に二人で永遠亭に手術へ行くはずだった。
何分目が見えない上に屋内で生活するのは慣れないのだ。
娯楽的な事が殆ど無いので眠るしかないのだから。
数少ない娯楽要素であるミスティアの歌も、
透き通るような声が安らかな眠りへと誘うばかりだった。
……夜雀の歌は人間には耳触りな物じゃないのか?
眠って、起きて、食事をして、歌を聴いてまた眠る。
その繰り返しがどのくらい続いたのか。
眠っている間は夢を見れる。
睡眠は尚更退屈を紛らわす手段になっていた。
しかしある時、目の見えない時。
「なあ、みすちー。
僕がここに来てから何日経ったんだ?」
「そうね、もう2週間は過ぎちゃったわ。
でも今は夜中よ、危ないからまた明日行きましょう」
そんな会話を繰り返すようになった。
だが妙だ、
なぜいつ起きても夜中なのか。
明日はいつ来るのか。
なぜ彼女は起こしてくれないのか。
「なあみすちー、ひょっとすると……」
君は僕を、ここに閉じ込めたいとか思ってるの?
するとミスティアはクスクスと笑って、
僕を抱くように縋りついた。
「どうしてそんな事を思ったの?」
「だって変だよ……もう何度も寝たり起きたり繰り返してるんだし、
そんなに都合よく夜中だけに目が覚める訳ないだろ?」
「でも、今は夜中よ。
また襲われたら今度は目だけじゃ済まないんじゃないかな?」
ミスティアはそのまま、
顔と顔を近づけ傷口に舌を這わせた。
甘い吐息が鼻にかかり、唾液は傷口に淡く沁みる。
そして、僕は気付いた。
「みすちー、まさか……」
最後に僕が見ていた物の正体に。
「ねえ、○○。
今出て行ったらまた襲われちゃうよ?」
それは見えていたけど、同時に見えていなかったんだ。
「目はもう潰れてるから、今度はどこかなあ」
その時の懐中電灯の光は襲撃者を照らしていた。
「手足が無くなっても、義足や義手を付ければ動けそうだしね」
ただそれを、自分が見えていなかっただけなのだ。
「ああそれに、そんな事を考えちゃう○○は悪い子だね。
危ないからダメって言ったのに。
それでも行きたいんだね。
じゃあいっしょに行こうか、永遠亭まで」
体を引き起こされ、扉の開く音と共に外に出される。
「知らないよ、もう一度襲われても」
「待って、みすちー、そんな」
「今度はずっと一緒……拒めないからね?」
聞き覚えのある大きな羽音と、首から漏れた空気が泡立つ音。
そして遠くなる意識の中で聞こえたミスティアの声。
もう僕は、歌を聴く事しか出来ない事を悟った。
最終更新:2011年03月24日 18:23