7スレ>>638-639の補完

悠々と立ち去っていく宇宙人たちが、あれだけのことをした後でも律儀に玄関の戸を閉めて帰るのを確認すると、吸血鬼は張り詰めていたものが緩むのを感じた。
彼女があの男を攫って以来続いている襲撃ときたら、いまや、スペルカード戦のルールを侵す寸前のものとまでなっている。
連中は誰ひとり傷つけずに、あくまでルールにのっとって、流れ弾を装い館の各所を「合法的」に破壊しつづけるのだ。
ご丁寧なことに、彼の部屋を残して他はきれいに瓦礫にしていくことも稀ではない。
あの娘がいくら優秀でも、これを全て掃除するのはさすがに難しい。
半年も続いているばか騒ぎだ。
そして、それも今日終わる。

 後は頼む。

メイドたちが復旧作業を開始するのを確認すると、彼女は胸に起こる正体不明の疼きをやり過ごしながらあの男の部屋へと向かった。


あの男が幻想郷にやってきてもう二年になる。
最初はどこにも寄り付かず、湖のほとりで雑魚寝をして暮らしていた。
ハクタクが里に誘ったが固辞し、閻魔に諭されても無視していた。
さすがに月の姫が足繁く通いつめるのには負けたのか、竹藪の奥の屋敷にすむようになった。
だが、それから半年ほどたったある日、突然、飛びだすように出て行ってしまった。
そこを彼女が捕まえたのだ。


月が煌煌と照る晩。
奴の黒い瞳の持つ引力に逆らいながら、彼女はこう言い渡した。

 今日からお前は私の道化。私を楽しませているうちは生かしておいてやる。だが、もし退屈させたら。

相手の返事を待たず、彼女は男を連行した。
こうして、幻想郷で最も自由な人間と評された男が吸血鬼の館に囚われることとなった。


奴隷生活一日目。
男は意外とうまくやってのけた。
どこで聞きつけたことやら、早くも館に乗り込んできた薬屋に向かって思いつく限りの悪口を言ってみろとけしかけると、胸がすくほど鋭い言葉を投げかけた。
曰く。

 呪われた犯罪者め。月へと帰れ。

というスタンダードなものに始まり。

 ぼくに気持ちの悪い声で言い寄ってきながら、香霖堂の店主とも関係を続けるとは、いやはや、君の頭の中はどうなっているんだ。

などといった、なんだか両者の間にある暗くて深い溝を垣間見させてくれるものまで、なかなかヴァリエーションに富んだ内容だった。
人目を憚らずに号泣する薬屋を尻目に、もういいの?とばかりに視線をよこす男に彼女は深くうなずいた。
予想以上の収穫だった。
閻魔や月人がこだわるものだから、どんな男かと思っていたが、なるほど、これほどのものだったとは。
真実から目をそらさず凝視し、それを語るにあたり、誰を傷つけようとも躊躇しない。
たとえ、相手が自分の女だとしても。
そう思ったとき、かすかに、しかし鋭く胸が痛んだのだが、彼女はまだ気にも留めなかった。
それよりもあの女を見てみろ。
あの傲慢な月人がこんなに弱っているところを見たものがあるか。
いやあるまい。
それをやったのは私の道化、私だけの道化なのだ。
幾重にも歪んだ喜びに彼女は絶頂感さえ味わった。
男の首根っこをつかんで、意気揚々と長年の友人のところへと向かった吸血鬼は、薬屋の泣き声が怨嗟へと変わっていたことに気付けなかった。


最初の襲撃以降、月人の攻撃は信じがたいほど苛烈になっていったが、守りに徹すれば何とかさばき切れる範囲のものだった、
本当に嫌気がさしたときには、あの男を連れてくればよい。
それこそあっという間に逃げ帰ってしまう。
それでも、あまりの執拗さにうんざりすることはあるが、そういう時は彼に何か面白いことをやらせればよい。
男は完璧に彼女の要求を満たし続けた。
狂ったように暴れる妹を黙らせろとけしかければ、二三言葉を交わしただけで手なずけてしまうし、彼をぶつけると大抵の妖怪は尻尾をまいて逃げていく。
だが、そうそう好調は続かないだろう。
あの男は彼女が知る限り最も優れた人間だが、失敗することもあるはずだ。
その時、彼はどう言い訳するのだろう。
彼女は男のことがたいそう気に入っていたが、あの取り澄ました態度にはいつも反感を抱いていた。
こいつだって、ただの人間にすぎない。
ちょっと脅かしてやれば、すぐに化けの皮が剥がれるにきまっている。
今は色々と上手くいっているから余裕があるが、一度しくじれば馬脚を現すに違いない。
その時こそ身も心も征服するチャンスなのだ。
あの男のすべてを私のものにしてみせる。
彼のからだを手に入れた晩と同じ望月の下で、吸血鬼は高々と嗤った。
頬を伝うものに気付かずに。


そして、今晩彼のすべてを手に入れるはずなのだ。
友人の魔女を唆して、人には絶対解けないパズルを作らせた。
男にまつわる彼女の執念など知る由もないその友人は。

 あいつに一遍勝ってみたくないのかい。

と、挑発すると一心不乱に新たな課題に取り組み始めた。
出来上がったものを渡したのが今日の、もうすぐ昨日の、真夜中。
あと十分で時間切れだ。
彼女には未完成のパズルを机に置いて自分を待つ男の未来が見えた。


戸を開けると、予測通り男は寝台に腰かけて彼女を見つめる。

 何か申し開きはあるかしら。

尋ねると、ただただ困った顔をしている。
まだまだこれからだ。
男の首を絞めつけ、寝台に押し倒すと。

 遺言くらいは聞くけど。

もちろん殺す気ない。
だが、そこで信じがたいことが起こった。

 ぼくが。

何を。

 どうなったとしても、それは君のせいではない。

この男は。

 だから。

何を言っている。

 君が苦しむことなどないんだ。

 うるさい。

吸血鬼はわけもわからぬうちに相手の喉笛にかみついた。
うっといううめき声が耳に入り、平静になると、様々なことがうんざりするほど明確にわかってくる。
つまり、と吸血鬼は男の肉を噛みちぎりながら考える。
つまり、こいつはこちらの考えていることを全てお見通しで。
私がこいつの、人間の持つうまく言葉にできない輝かしい何かが好きで、でも嫉妬していることを知っていて。
それでいて、私のやることなすこと黙って付き合ってくれて。
でも、今回ばかりは私が本気になっていることに気付いたから、自分は殺されるものと思っていて。
それで、せめて自分を殺した化け物が心を痛めないように気を使ってくれたとでもいうのか。
そこまで考えが進むと吸血鬼は、自分が男に抱き締められていることに気がついた。

 私に触るな。

男の両手をはじくと、それは肩のあたりからちぎれ、飛んで、壁にぶつかってつぶれ。
その音を聞くと吸血鬼は一心不乱にすすり始める。


すべてが終ると、吸血鬼は一人で泣いた。
目の前には自分と同じになってしまった男が恭しくひざまずいている。
吸血鬼が心の底から惹かれた人間はこの世から消えてしまった。
目の前にいるのは本当に自分の言うことを聞くだけの、ただの奴隷。
たまにこちらを見上げるその眼の濁っていることが悲しかった。


しばらくすると、吸血鬼は考えることを放棄した顔で服を脱ぎ、男にまたがった。

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最終更新:2010年08月27日 00:08