超低温は静止の世界
どんな攻撃であろうと超低温は触れればストップできる
そんなことを言った人間がいた
そして僕は、それが事実であったことを身をもって思い知らされている
この家に住むのは僕と家主である小さな妖精が一人
氷の妖精、
チルノ
僕の腕の中で、苦しそうな息をしている
当然だ
彼女はこの家の周りに自身の能力で超低温空間を作り出しているのだ
理由は、外敵の撃退と防衛
そして外敵とは、僕を迎えに来てくれたみんなだ
事は彼女が僕を子分にしてあげると言ってきたことから始まる
元々根っからの都会っ子だった僕は村の雰囲気にも馴染めず、孤立していたところからの申し出だった
きっと、僕がとても寂しそうに見えたから声をかけてきてくれたんだろう
心無い一部から彼女はバカだバカだって言われてるが、優しくて思いやりを持った女の子なんだ
それから僕はチルノと遊ぶことが多くなった
氷で彫刻を彫ったり、一緒にご飯を作ったり、紅魔館の図書館に遊びに行ったり、思い出は尽きない
彼女の様子が目に見えて変わったのは去年の夏、最も暑い盛りのころだ
「○○、あんたアイス持ってない……?」
「持ってないよ。ついさっき僕の分もチルノ食べちゃったじゃないか」
「こまかいこと言うんじゃないの……あたいは氷精だから………あついのはきらいなのよ………」
「う~ん。買って来ようにも近くにはアイス屋なんてないし。じゃあ、湖で泳がない? 近くだし」
「………あたいはサイキョーだから、およげなくてもいいの」
「カナヅチならカナヅチって言いなさい」
「うるさーい! ○○のぶんざいでなまいきな………」
そこまで叫んで目を回して倒れたんだったね
気が動転した僕はどうにかしてチルノを助けようと、彼女を抱きかかえたまま湖に飛び込んだんだ
もちろん服を着たままだったから、水深が浅いところで体を浸す程度だったけど
「………………冷たい」
「そりゃ水の中だからね。どう? 元気でた?」
「…………まだ。もうちょっと……って○○、何してるのよ」
「チルノが沈まないように抱えてるんだよ」
「女の子をだいていいと思ってんの?」
「でも僕が手を離したら沈んじゃうでしょ」
「……なんとも思わないわけ? 水に入ったから服がすけてるんだけど」
「性欲をもてあます とか言えばいいのかな?」
「………ばーか」
「誰が馬鹿なんだい?」
「………あたいのみりょくに気がつかない○○よ。……………ばーか、ばーか」
このころからチルノの振る舞いが少しずつ、だけど確実に変わっていったんだ
化粧を覚えた、と言って僕に能面みたいに真っ白になった顔を見せてくれた
アクセサリーだ、と言ってきれいに磨いた石で作った指輪や首飾りを身に着けていた
新しい服だ、と言って氷でできたドレスを見せてくれた………これにはちょっと焦った
それが好意の現われだと知ったのは、それからしばらく経ってからの事である
そのころ僕も、慧音先生の厚意によってようやく村に住むことができそうだった
チルノと一緒に暮らすのもいいけれど、やっぱり一つ屋根の下一組の男女じゃマズいと思ったんだ
……いや、もう自分を偽るのはよそう
僕は彼女を愛し始めていたんだ
ただ臆病な僕は、それを認めるのが怖かっただけ。だから分かれると決めた
けれど、それを聞いたチルノの取り乱し方は異常なほどだった
「どうして!? あたいといっしょにいるのがいやになったの!?」
「そうじゃない。だけど、いつまでもチルノの世話になることはできないよ」
「いいじゃない。あたいは○○といっしょにいてほしいもん!」
「でも、チルノには迷惑をかけちゃってるからさ。宴会で友達もたくさんできたし、ツテを紹介してもらおうと…」
「だめ!! ○○はあたいといるの!! ずーっとずーっとあたいといっしょにいなくちゃいけないんだからっ!!」
「それって」
「うるさいうるさい!! こぶんのくせにくちごたえするなーっ!!」
その時、ノックの音がした
時刻は一時半。僕を迎えに来てくれた村の人だろう
「ごめん。でも、またすぐに会いに来るね」
「そんなのぜったいだめ! だって、だってあたいは……あたいは○○のおよめさんになるんだからっ!!!」
「……ごめんね」
外開きのドアが開かれて、戸が外で待っていた人にぶつかる
そしてその人は、[砕け散った]
「………これは、チルノがやったんだね?」
「そのドアが、ぜったいれいどのきょうかいせん。出してあげないから……○○の家は、ここにしかないんだから……」
僕を閉じ込めるために、絶対零度の境界が敷かれてから一ヶ月
食料などの問題はなかったけど、日に日にチルノは弱っていった
己のキャパシティを超えたことを続けてるのだから、当然だろう
何度ももう出て行かないから境界を解いてほしいと頼んだ
けれど、疑心暗鬼の塊になってしまったチルノの猜疑心を溶かすことは、僕にはとうとうできなかった
二日前から昏睡状態が続いている
おそらく今夜が山だろう
それでも、チルノは境界を解こうとはしなかった
最後の最後まで、僕を手放さないために
最終更新:2011年03月24日 20:54