1
俺は喧しく鳴り響く目覚まし時計を止める、身を起こすと刺すような冷気を感じた。
窓から空を見ると、星が降りそうなぐらいよく晴れ、月明かりも確かだ。
暖かさを武器に誘惑してくる布団を跳ね除け、着物を何枚も重ねて最後に蓑と笠を身に着ける。
そして床下の収納から銃を取り出し、弾倉に弾を込めてから銃に差し込む。
それを肩に背負って玄関に向かおうと部屋を出て戸を閉める直前、微かに彼女の気配を感じ取った。

「じゃ、俺は猟に出ますから。 一応言いますけど着いて来ないでくださいね、咲夜さん」

戸を閉めて玄関に向かうとき、部屋の中から物音がした。
気にしないふりを決め込むと道具の入った箱と、それ以外にも道具が括り付けられている背負子を背負って家を出た。


狩った獲物を倉のクーラーボックスの中に置き、身体についた雪を払い落として家に入った。
部屋に入ると、跳ね除けてあったはずの布団がいつの間にか敷布団の上に戻り、人の形に膨らんでいた。

「なにやってんすか……。」

そう声を掛けると布団の人型が一瞬びくりと跳ねた。

「……な、中に誰もいませんよー。」

「はいはい……。 とりあえずお茶入れてきますね。」

それだけ言うと銃を壁に立てかけ、台所に向かった。

「あんなんでも一応、お客様だしなぁ。」

渋々とそう呟きながら湯を沸かす。 茶だけに渋々ってか、……はいはい上手い上手い。
うすら寒いダジャレを一人でやりすごし、緑茶を入れた。 流石に彼女に紅茶を入れる勇気はない。



部屋の戸を開けると、咲夜さんが銃を構えていた。




「……う、動かないでください。 素直に要求をのんでくれたら、命は保障しますよ。」

「弾無いですよ、ソレ」

「はっ……?」

咲夜さんがの一瞬の躊躇を見せた、それを機にお盆を彼女に投げつけると一気に飛びかかった。
刹那、銃弾が発射される轟音が響いた、が、銃身は俺の脇に挟みこまれていたので、銃弾は部屋の壁に穴を開けただけだった。

「え、あ、あぁ……?」

「家に入り込むのも、付きまとうのも良いですけど。 ソレは危ないんで、ね。」

うろたえている彼女に、そっと口づけた。







2

「あぁ、〇〇? 帰ったの? ……ちょっと、何よその傷は!?」
博霊神社に帰ると霊夢が縁側に居た。 昨日と変わらない紅白のちょっと変わった巫女服と、可愛らしい顔立ち。 ――もっとも、悲痛そうな表情を浮かべていたが。 


「い、いや。 転んじゃった、あはは……。」
地面を見ながら見え透いた嘘を吐いた。 つま先の砂利が少し鳴く。
何年間この嘘を使っただろうか、最初に使ったのは僕がもっと小さい頃だった気がする。 そういえばあの時……。
「嘘はやめて」
思い出を辿ろうとした僕をとめた声は、今まで聞いたことが無いほど真剣な物だった。 その声に僕は顔を上げる、縁側に座った霊夢は下を向いて肩を震えさせていた。
――泣いて、いる?
歩みを進めて霊夢に近づいた時とても小さい嗚咽が聞こえた。 小さい手はきつく握り締められ、彼女の膝で何かを抑えつけている気がした。 
きっとこの時、優しく抱きしめたり、気の利いた言葉の一つでも掛けてやるのが一人前の男なのだろう。しかし女性関係に乏しい僕は何も出来無くて、おろおろと所在無さげに両手を動かすだけだった。
その時不意に、袖を掴まれる。
――抱きしめたい、純粋にそう思った。 ゆっくりと彼女の震える肩に手を回す、……あと数センチの所で触れる、その時僕は彼女の立場を思い出した。
『博霊の巫女は縛られてはならない。』 その言葉を思い出した時、頭から水を被せられた気がした。

僕は何をしようとしていた? 彼女を自分のものにしようとしていなかったか? 霊夢に‘僕’を背負わせようとしなかったか? 

僕はその手をそっと彼女の頭に置き、撫でた。 それが、彼女に僕を押し付けない精一杯の慰め方だった。
「…………」
霊夢は何も言わずに黙り込むと、下を向いていた顔をあげて僕の両手を掴んだ。


酷く、虚ろな瞳だった。



side story[彼女の視点]

ねえ〇〇、どうして? どうして私に嘘を吐くの? どうして? どうして私を抱きしめてくれないの? 
――私が、嫌いなの?

嫌だ、そんな事は嫌だ。  
もう空を飛び続けるのは嫌だ、私は地面に降りたいんだ。 地面が無いなんて嫌だ。 

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最終更新:2011年03月25日 23:48