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―――まぶしい、という感覚で目が覚めた。
重たい瞼を開け、頭を外の方へ見やると陽がやや高く昇っており、部屋を照らしていた。
まだ眠気が残っている体を引きずりながら、顔を洗いに外の井戸まで足を運ぶ。
外は静かだったが、陽光が心地よかった。
釣瓶で汲み上げた冷水で顔を洗い、ついでに眠気も洗い流す。
眠気は取れたが頭の中にある纏わりつく、もやもやとした感覚だけはいつも消えなかった。
いつからなのだろうか。
遠い昔からか―――それともつい最近なのだろうか―――
気がつくと自分はこの神社で暮らしていた。
なぜこうなったのかを思い出そうとしても、頭の中のもやもやとした感覚が邪魔をして……うまく思い出せずにいた。
「○○」
呼ばれて振り返るとそこには紅と白で彩られた服装と、綺麗な黒髪に大きな赤いリボンが特徴的な少女――霊夢が立っていた。
自分と彼女との関係は分からない。思い出すこともできなかった。
家族だったのかもしれない。友人だったのかもしれない。恋人だったのかもしれない。他人だったのかもしれない。
ただ、彼女は自分の事を慕っているのは確かだった。
「ご飯…できたよ。…一緒に食べよ?」
霊夢の優しい声に惹かれるままに部屋へと入ると、ちゃぶ台に二人分の食事があった。
質素ではあるが霊夢の作ってくれるご飯はおいしく、自分は大好きだ。
向かい合わせに座り、手を合わせて、料理を作ってくれた霊夢と食材に感謝を表し、食事を始めた。
今日も霊夢の作ってくれたご飯は、おいしかった。
◇
食事を終えて、食休みをした後は彼女と行動を共にすることが多い。
時にはまるで幼子のように、日が暮れるまで一緒に遊んだ。またある時は部屋で一緒に午睡を楽しんだ。
陽の高いうちから彼女と情事に至ることもあった。
何をするにしても、自分は彼女と共にあり、彼女もまた自分と共にあった。
「今日は…散歩、しよっか…」
程よく、暖かい日差しの中を、霊夢と腕を組みながら散歩をする。
ただ神社の周りを彼女と歩くだけだったが、霊夢は終始ご満悦の様子だった。
ふと、視線が景色の方に向く。
――木々や草花が風に揺られて、その体をわずかに揺らすのが見えた。しかし、葉や草花の擦れる音が聞こえることは今まで一度もなかった。
この神社の周りでは時たまおかしなことを目にする。
空が晴れから雨、曇りや雪へと移り変わることがあっても、神社の周囲だけは変わらないままなのだ。
空はいつも晴れており、暑さで茹だることも、寒さで凍えることも今まで一度もなかった。
小動物の姿や息遣い、鳴き声も目にすることも聞こえることもなかった。
そしてなによりも――
自分も、霊夢も…この神社から離れることができない。
「○○…」
呼ばれて気がつき、視線を彼女の方に向ける。
「そろそろ…行こ?」
――霊夢は、いつものように優しく微笑んでいた。
◇
そうして日が暮れるまで散歩をし、空が赤みを増す頃、彼女はまた料理を作りに台所へと向かう。
彼女が料理を作りあげている間、自分は縁側で座ったり、ぶらぶらして時間を潰していた。
そしてぶらぶらするのも退屈になり次はどうしようかと思考していると、足元に紙の切れ端のようなものが落ちているのに気がついた。
神社の周りには様々なものが落ちている事がある。それは機械だったり、書物だったり、玩具だったり……どこか見覚えがある物である時もあった。
そしてそれらは放っておいても溜まることはなく、現れては消えているようだった。
拾い上げてみると風化して大分汚れており、穴だらけではあるものの何か書かれているようだった。
目と頭を総動員して読めそうな部分を探し、何とか解読してみる。
『 異 巫 の 』
『
×日、
女が
亭を 撃
を 奪
さらに、 界を
のまま は
雲
文 』
読めそうな部分を何とか探してみたものの、それでも文章として読むのは難しかった。
だがこの文章の中にいくつか、どこか聞き覚えがあるような気がしてもう一度読み直そうとした時…
「○○…」
彼女が、霊夢が縁側に立ってこちらを優しい笑顔で見つめていた。
「ご飯…できたよ。……一緒に食べよ?」
そうだ。霊夢にもこの紙切れを見てもらおう。霊夢ならもしかしたら何か知っているかも知れない。
そう思い、霊夢に庭で見つけた紙切れを見てもらったのだが……
一瞬、笑顔が固まったように見えたのは気のせいだろうか?
「御免なさい。私にもわからないの。それより…ご飯ができたから。冷めない内に早く食べましょう?」
そして霊夢は室内へと入ってしまった。霊夢でも分からないのなら…これはやはりゴミなのだろうか?
結局、迷った末に自分は紙切れをその場に置き、霊夢の元へと行った。
――それ以来、あの紙切れはどこかへと消えてしまった
――内容も、次第に思い出せなくなっていた
――そして、そんな事があったという事も……
◇
湯浴みを終えた頃には、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
夜になると自然とやることもできることもなくなり、残っているのは暇だけだった。
できるとしたら、静かな夜景を観賞するか、境内で見つけた物で暇を持て余すか、はたまた色事か…
暇の持て余し方を思索していると昼間に歩き回ったからだろうか、瞼が少しずつ重たくなっていくのを感じた。
頭も水のみ鳥のように前後にゆれだしていた。
「○○、もう寝よう?」
こくりこくりと頭を揺らす自分を見て、霊夢がそういって自分の手を優しく引く。
ゆっくりと、優しく引く力に連れられて……自分の部屋に連れてくれた。
布団は既に敷かれていた
「今日は…一緒に寝よっか」
霊夢と一緒に布団に入り、向かい合わせになる。
すると霊夢は両の腕を回してきて、まるで赤子を抱きしめるかのようにしてくる。
霊夢と一緒に眠るときは何時もこうしてくる。
子供のような接し方にいつも恥ずかしさが沸いてくるが、今日は眠気のせいでそれどころではなかった。
……そろそろ、意識も保てなくなってきた…
「おやすみ、○○」
そう言いやり、額に優しく口付けをした。
―――ああ、おやすみ…霊夢。
―――また…
――明日…
―…
感想
- こういうしんみりとしたヤンデレも好き(語彙力) -- 名無しさん (2020-06-21 18:57:14)
最終更新:2020年06月21日 18:57