フラン「〇〇、大好きだよ」
〇〇「大好きだよ、フラン」
フラン「うん。〇〇がここに来てくれるようになって、〇〇のために力を制御しようと頑張って
    それと一緒に〇〇がお姉さまを説得してくれて、わたしは外に出られるようになった
    〇〇にはいくら感謝したって、し足りないよ」
〇〇「気にしないで。外に出られるようになったのはフランが懸命に頑張ったから、それがお姉さんに通じたんだ」
フラン「それでも、わたしは〇〇がだいすきっ」
〇〇「あはは、僕も大好きだよ」



フラン「……でもそれは、妹みたいな女の子として、だよね?
    一人の女の子として、じゃないよね?
    わたし、知ってるんだよ
    ……〇〇は優しいから、いろんな女の子が、〇〇のことを好きだってこと」



その日、紅の館は、喧騒に包まれていた

〇〇「あの~ずいぶん騒がしいみたいですけど、何かあったんですか?」
小悪魔「何か、じゃないですよ! 咲夜さんが重体なんです!」
〇〇「ええっ、昨日僕の家に野菜を届けに来てくれたばっかりですよ! 何でまた!?」
小悪魔「なんでも、食べていた果物が喉で破裂したみたいで、今永遠亭に搬送されたんです!」
〇〇「喉で破裂? どうしてそんな事が……何を食べていたんですか?」
小悪魔「ラズベリーとグランベリーだそうです。それでは、私も永遠亭に行ってきますので、失礼します!」

〇〇「グランベリー? 破裂、つまり破壊?
   ……いやいや、まさかそんなことが ねぇ?」

このときはまだ、僕のつまらない考えに過ぎなかった
根拠もない、ただの思いつきの憶測でしかない
それでも、この時点で彼女に何か言葉をかけていれば、この先の話は別の結末を迎えていたのだろうか?





[十人の〇〇を愛した女の子が食事をしていた
一人が咽喉をつまらせて、九人になった]





〇〇「シラタキとハクサイとシュンギクと……」
村人「おい! あんた、慧音様の知り合いだったよな!?」
〇〇「え? ええ、そうですけど 何か?」
村人「いいから来てくれ! 慧音様の親友だって人があんたを呼んでんだ!」

妹紅「〇〇、やっと来たか!」
〇〇「なんですなんです? 僕は今日すき焼きの材料買いに来ただけですよ
   いつものように

リグルチルノルーミアの大飯食らいが来るんで」
妹紅「それどころじゃない! 慧音が起きないんだ!」
〇〇「へ?」
妹紅「朝から、目を開いて息はしていても何にも答えてくれないんだ!
   永遠亭の薬師が言うには、外傷じゃなく、心が壊されているって言うけど、どういうことなのか私にはわからない
   でも、あんたの声なら届くかもしれない。だから、慧音に呼びかけてあげてほしいんだ」
〇〇「な、何で僕の声なんかが届くんですか?」
妹紅「〇〇、あんたは知らなかったかもしれないけど、慧音はあんたの事がずっと好きだったんだ
   でも、丁寧で優しいあんたはきっと誰からも好かれるだろうからって、慧音はずっとその思いを胸に秘めてたんだ!
   だから……だから、あんたの声ならきっと……」

その日一日、僕は布団に横たわる慧音さんに言葉をかけ続けた
反応は 無かった
そんな慧音さんを見ていて、僕たちは涙が抑えられなかった
ただひとつ、心の片隅に引っかかったのは、妹紅さんの言葉
心が 《壊されている》
それでもこの時の僕にできた事は、ただ慧音さんの回復を祈る事だけだった





[九人の〇〇を愛した女の子がおそくまで起きていた
一人が寝すごして、八人になった]





〇〇「椛さん……いますか?」
椛「どうしたんですか? すっかり憔悴しきった顔してますけれど」
〇〇「先週、辛い事がありましてね……
   時間があったら、将棋のお相手とお話を聞いてもらいたくて」
椛「いいですよ。悩み事は誰かに話すことでスッキリすることもありますから
  それに、私のほうも聞いてもらいたいことがあるので」

一局、椛さんは弱手の僕に花を持たせるような手を指しながら、話を聞いてくれた
そして、二局目の一手を指したところで、今度は椛さんが話し始める

椛「そうですか、あなたも大変だったんですね」
〇〇「も、とは……椛さんのほうも何か?」
椛「ええ 
  文様が、いなくなってしまったんです」

早くも僕の飛車が討ち死にした
続いて、角

〇〇「いなくなった、とは……?」
椛「そのままの意味ですよ。文様はあなたへの取材をことのほか気に入っていたようですから、知ってるものかと思ってましたが
  空を飛んでいたときに フッ と消えてしまったんです
  それからすぐに紫さんと霊夢さんが来て何事かしているところで、千里眼で唇を読んでしまいました
  文様は、結界のほころびから、飛び出してしまったと言っていました」

金 銀 桂馬 香車、それらが次々に僕の陣地から消える

椛「そして、お二人は結界の修復を終えると、こう言いました
  この結界は何者かによって意図的に破壊されていた
  その先の世界は虚無。何もありはしない世界に、文は飛び込んでしまった と」

まただ、また僕に近い女性が不幸にあった
しかも、今度はあの強固だという結界が《破壊されている》
盤上には、王を守る歩さえもいない
僕の王を取り囲む鉄壁の包囲網だけが広がっていた





[八人の〇〇を愛した女の子が旅をしていた
一人がそこに残って、七人になった]





永琳「ノイローゼね。あなた、何か悩みを抱えているんじゃないの?
   今回の不幸にあった女性の事だけじゃなくて」
〇〇「……いえ」
永琳「それにしては思いつめすぎよ。何も悩んでない人が、こんなふうになるとは思えないわ
   最近はご飯も食べてないんじゃないの?」
〇〇「……はい」

医者に来てこんな事を言うのもおかしいが、言えるはずがない
それらは全て、今も僕の勝手な推測にすぎないのだから
今のあの子は、自分の力を自覚して使わないようにしようとする、優しい〔妹〕のような娘なんだから
その考えが不幸を呼んでいたなんて、まだ僕はこれっぽっちも思っていなかった

鈴仙「師匠、急患です! 森で薪を切ってたところを真っ二つにされてました! 虫の息です!」
永琳「え、なに、その黒い塊は?」
鈴仙「宵闇です! この闇を解除してしまえば、おそらく耐えられません!」
永琳「ウドンゲ、ちょっと静かにしなさい! 〇〇も……」
〇〇「今度は、今度は……ルーミア……」

震えが走った
あのときの悪寒は、今もまだよく覚えている
まるで氷点下のプールに放り込まれたような気分だった
彼女は大丈夫 妖怪の生命力は人間の非じゃない 絶対に助ける
そんな言葉が聞こえた気がする
でも僕の記憶は、そこからすっぽりと抜け落ちてしまう
次に記憶が繋がるのは、家に戻って泣いた場面だった





[七人の〇〇を愛した女の子が薪を割っていた
一人が自分を真っ二つに割って、六人になった]





〇〇「ねぇ、フラン」
フラン「なにー?」

僕の家、何をするでもなくただお話をして過ごす
先月ならそれだけでも楽しく、心の安らぐ時間だった
けれど今は、怖い
それは胸に芽生えた疑念のせいなのか
僕と仲良くしていてはフランも犠牲になるのではないかと懸念しているのか、どちらとも言えなかった

〇〇「そういえば、来てくれたの一ヶ月ぶりだね」
フラン「うん。わたしも最近いろいろ忙しいんだぁ」
〇〇「……何 してるの?」

ずっと僕にくっついて笑っていたフラン
表情が曇ったのを、その一瞬、確かに僕は見た
それから、何かを考えるような顔をして
「やだなぁ〇〇、それは乙女の秘密だよ」
と、花が咲いたような笑顔を見せてくれた

フラン「〇〇、大好きっ」
〇〇「うん、僕も大好きだよ」

いつもと変わらないやりとり
その言葉に偽りは無いと、それだけは胸を張って言える

フラン「じゃあ……キス して」
〇〇「えっ?」

目を閉じて、小さな唇が僕に近づく
その時、初めて理解した
フランはもう幼い女の子じゃなく、女性なんだと
けれど、臆病な僕は、ただ彼女を優しく抱きしめる事しかできなかった
誓って言う。フランが怖かったんじゃない
疑念を抱えたまま、変わっていく僕達の関係が、怖かった
この選択が間違いではなかったかと、今でも僕は思っている
妹としてなのか、女性としてなのかは分からない
けれど、僕は確かにフランを愛していたのだから

フラン「……今は、これでもいいよ。今は ね」

嬉しそうな、でも少し泣きそうな声が、僕の腕の中から聞こえた


……その日の早朝、森でリグルが瀕死で倒れていたのを必死で永遠亭に運んだと、三日後にチルノに聞いた
周りには、彼女特製の頑強な巣箱が破壊され、空に解き放たれた数千のミツバチが
彼女を心配するように飛び回り、チルノはそれを見て位置を特定したらしい





[六人の〇〇を愛した女の子が蜂の巣をいたずらしていた
蜂が一人を刺して、五人になった]





〇〇「小野塚さん、僕を渡してくれませんか」
小町「……なんだい、自殺志願者かい?」
〇〇「違います。映姫様に会いに行きたいんです」
小町「あれ、あんた映姫様の知り合いかい?」
〇〇「ええ。一度映姫様がお仕事でこちらに来られた時、三日ほどですが仮住まいとして僕の家をお貸ししました
   それから一ヶ月に一度くらいですが、何度か我が家にお越しくださっている、といった関係です」
小町「ああ、映姫様が言ってた世にも珍しいほどの人畜無害な男ってのはあんたのことかい
   ……一ヶ月の一度の休みを潰して会いに行ってる男ってのがどんなのかと思ってたけど、普通の男にしか見えないねぇ」
〇〇「何か言いました?」
小町「なんでもないよ。それじゃ、あたいの船に乗りな。全速力で連れて行ってやるから」

四季映姫様は白黒をはっきりさせる力を持っている
その力で、この一連の出来事の真相を教えてもらうため、僕は彼岸に来ていた

映姫「〇〇、いきなり仕事場に来るなんて有罪ですよ。机も片付けてないしお化粧もしていないのに」
〇〇「失礼しました。けれど、どうしても聞きたいことがありまして、失礼を押して参上しました」
映姫「いえ、怒っているわけではないのですが……小町、あなたはもういいか、早く彼岸の魂をつれてきなさい」
小町「いいんですか? あたいが早く連れてきてしまったら、〇〇といる時間が削れますよ」
映姫「……今日だけはのんびりやる事を許可します」

〇〇「あの」
映姫「何を聞きたいかはわかっています。  
   なので、その答えを調べるため、真実を映す浄瑠璃の鏡を見ていたのですが……」
〇〇「それで、どうでしたか」
映姫「……これを見てください」

書類がうず高く積み上げられた机に置かれたのは、浄瑠璃の鏡と映姫様愛用の笏
けれど、それはどちらも、半分になっていた

〇〇「これはいったい……?」
映姫「鏡で調べようとした際に、その“向こう”から攻撃を受けたんです
   とっさに笏で受けたので致命傷は免れましたが、鏡と一緒に真っ二つにされてしまいました」
〇〇「そんなことがあり得るのですか?」
映姫「私もそんな事を聞かされれば一笑に付すでしょうね
   けれど大妖怪クラスが、見られるであろう心構えを崩さずにいれば、あるいは。

   それと、短時間ですがその犯人との接触から感じたことは二つ
   あなたへの深すぎる愛情と、あなたを愛した女性への憎悪
   今回攻撃を受けた全ての女性の共通点は、その犯人に殺したいほど憎まれていたんです」
〇〇「……と、いうことは、まさか」
映姫「私のことは、気にしないで下さい。惨めになってしまいますので
   最後に、あの半分になった鏡が映した場所は、紅の館の大図書館
   そこで、あなたのよく知っているはずの、強い信仰心を感じられる赤い背表紙の書物を探しなさい
   どんな形であったとしても、全ての真相がわかるはずです
   さあ、行きなさい」
〇〇「……本当に、ありがとうございます」

僕が出来る最大に深いお辞儀をし、仕事場を出る

小町「あ、終わったみたいだね」
〇〇「……待っててくれたんですか?」
小町「当たり前だろ。あたいがいなくちゃ、あんたは向こう岸に渡れないんだから
   さ、また全速力で戻るからね、どっか適当に掴まっときな」
〇〇「お願いします」


映姫「ゴホッ……ゴホ……
   致命傷は免れましたが、脇腹を深くやられましたか……
   これで、私も、およそ一ヶ月は、休職です ね……」





[五人の〇〇を愛した女の子が法に夢中になった
一人が彼岸に入って、四人になった]





フラン「やっほー 〇〇」

彼岸から、その足でここまで来た
湖には朝日を日傘で受ける少女が待っていた
無意識に、足が一歩下がる

フラン「〇〇……どうして逃げようとするの?」

とても、とても悲しそうな声で、僕は我に返った
どうして逃げようとしてるんだ?
今でも、僕の抱えてる疑念の全ては憶測に過ぎないじゃないか
それなのに僕は、僕の事を大好きと言って、口付けまでせがんだフランから、本能的に逃げようとした
最低だ
その罪悪感を振り払うように、僕は彼女の左手を握った

〇〇「これから、紅魔館の図書館に行くんだ。フランも一緒に行こう」
フラン「わたしも用事があるから行くつもりだけど……今の罰として、一冊わたしの好きな本を読んでくれる?」
〇〇「一冊なんて言わず、用事が済んだら好きなだけ読んであげるよ。図書館ではあんまりしゃべれないから、借りてだけどね
   でも、こんな朝から大丈夫? 眠くはないの?」
フラン「久しぶりに昨日は丸々一日寝てたから、ぜーんぜん眠くなんてないよ
    でも、それって今日は〇〇の家にお泊りしてもいいってこと?」
〇〇「いいよ。でもお風呂と布団は別々じゃなきゃダメだよ」
フラン「ええーっ!」
〇〇「はぁ……これでも僕だって男なんだから、突然オオカミになっちゃったらどうするの?」
フラン「わたし、〇〇にだったら、食べられちゃってもいいんだけどなぁ……
    こんなこともあるかなって思って、下着もかわいいのをはいて来たし」
〇〇「……」

フランに見られないように、自分の太ももを抓って、僕は必死に平常心を保つのに一生懸命だった
こんな事がバレたら、本当に一緒に寝る事になりかねないし

チルノ「おーい、〇〇ー!」

湖の真ん中から僕を呼ぶ声がする
近づくチルノに左手を上げて答えると、フランに右手を少し痛いくらい強く握られた

〇〇「やあ、なんだかご機嫌だね」
チルノ「うん。昨日リグルとルーミアから手紙が来たの! 大変だったけど、いまはもう落ち着いたみたいで……
    あれ、この娘誰?」
〇〇「そっか、チルノはまだ会ったことなかったっけ。この娘は」
フラン「フランドール・スカーレット。〇〇の彼女だよ、よろしく」
〇〇「こらこら」
チルノ「……」
フラン「あー! こっそり左手を握るなーっ!」
チルノ「うるさーい! あたいだって〇〇が大好きなんだからーっ!」
フラン「なんだとーっ!」
チルノ「やるかーっ!」
フラン「フーーッ!」
チルノ「シャーッ!」
〇〇「…………」

僕を挟んで、ネコのケンカのような声を出す
でも、僕は安堵していた
フランは495年も生きてきたとは思えないくらい子供っぽく、素直な心を持っている
そのフランが、憎悪を持つという相手にこんな接し方をするわけがない
そう思うと、なぜか涙が出そうなくらいに嬉しかった
そんな事を考えてるといつのまにか、二人は僕の手を離れ、後ろでにらみ合っていた

〇〇「フラン、行くよ」

そう一声かけて歩き出すと、なぜか両手にフランがくっついてきた
続いてもう一人、肩車をするように登ってきた娘もまたフラン
その三人は、まったく同じ傘を持っていた

〇〇「……どういうこと?」
フラン「スリー・オブ・ア・カインド。分身を作るわたしのスペルカードだよ
    こうしておけば、〇〇の両手も肩車もわたしが独占できる。しばらくしたら元にもどっちゃうけど」
〇〇「スペルカードはもっと有意義なことに使いなさい」
フラン「わたしにとっては、これ以上ないほど有意義なんだけどなぁ」

チルノ「おぼえてろー! きょうは許してやるけど、こんど会ったらぎったんぎったんに……」
〇〇「?」

変なところで切れた気にかかって、振り返る
誰もいない

〇〇「あれ? チルノ、チルノー?」
フラン「きっと飛んでいっちゃったんだよ」
フラン2「ねえ、早く行こうよ」
フラン3「早く用事を済ませて、〇〇にいっぱい本を読んでもらうんだから!」
〇〇「はいはい」

チルノのことは気にかかる
けれど、フランは間違いなく僕にくっついていたんだし、大丈夫
フランの言うとおり、何か用事でも思い出して行っちゃったんだ
そう思って、僕は視線を前に向けた
もう、後ろは見なかった


愚かな僕の間違いは三つ

一つ。どこかにいったと僕が勝手に思っていたチルノは、対岸まで吹き飛ばされて、か細い息をしていたこと
一つ。静かな憎悪に燃える者は、表面上の自分の心をいくらでも偽ることができるということ
一つ。フランのスペルカードは、二人の分身を作る【スリー】・オブ・ア・カインドではなく
   三人の分身を作る【フォー】・オブ・ア・カインドであり、もう一人のフランを、僕は見ていないこと





[四人の〇〇を愛した女の子が湖に出かけた
一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった]

(※:道に燻製のにしんを置く=注意を他にそらす と言う意味の英国のことわざ)





〇〇「パチュリーさん、おじゃまします」
パチュリー「どうしたの、突然」
〇〇「ちょっと調べ物が……」
フラン「デートだよ!」
〇〇「こらこらこら」
パチュリー「……本当に?」
フラン「うん! 〇〇が一緒に行こうって誘ってくれたんだもん」
〇〇「あ、あはは……」

間違っていないだけに、二の句がつけられない

フラン「それじゃ、わたしもちょっと用事を済ましてくるね」
〇〇「うん。僕のほうはどれくらいで終わるかちょっと見当がつかないから、ゆっくりしておいで」
フラン「ダメだよ、早く終わらせて〇〇の家に行くんだからねー」
〇〇「はいはい、それじゃあ行ってらっしゃい」

フランが消えると、図書館は火が消えたように静かになる
峠は過ぎたとはいえ、小悪魔さんは今も永遠亭で、咲夜さんに付き添ってるみたいだ

パチュリー「……あの子も、ずいぶん笑うようになったのね」
〇〇「ええ。もともと素直で、優しい娘でしたから」
パチュリー「だれがそうしたのよ、もう」
〇〇「?」
パチュリー「自覚はないのね。そんなとぼけたところも、あの子は好きになったってところかしら。でも…………私だって……」
〇〇「へ?」
パチュリー「なんでもないわよ。鈍感男
      それより、あなたはさっさと用事を済ませちゃいなさい
      いつまでもここにいられちゃ、図書館が甘ったるくなってしかたないのよ」



〇〇「でも、僕の知ってる信仰心を感じられる本って何だろう?
   ……聖書とか? いや、僕は読んだ事ないしなぁ……」

この大図書館の広さはよく知ってる
【僕のよく知る、赤い背表紙の、多くの信仰を得た本】というヒントがあるにしても
ここから一冊の本を探すというのは、砂漠に落とした一本の針を探す行為に等しい
なんだか、探す前から気が遠くなってきた
しかし、信仰の本なのだからと宗教書の本棚を探し出し、そこにあった赤い背表紙の本を開いてみた

〇〇「うわ、これはダメだぁ」

一秒もかからず諦める。読めないのだ
よく見てみれば、僕に読める字で書かれてる書物のほうが少ないくらいだ

〇〇「……ちょっと息抜きしよう」

ほとんど本は開いてないけど、本棚探しでもう30分は迷っていた
あらためて小悪魔さんの凄さが身にしみてわかる
そうして到着したのは、僕が唯一場所を覚えている本棚
フランに読んであげたものが多く並ぶけど、それらは外から流れてきた僕の趣味の本だ
この本棚にあるのは外の世界の刑事物やミステリばっかり
どれもこれも古典作品ばっかりだけど、こういったものは昔のほうが面白い、というのが僕の持論だ
現代の科学捜査 みたいなのが横行してるお話っていうのは、どうも肌に合わないんだよね
エルキュール・ポアロ エラリークイーン フィリップ・マーロウ 新しめのでは刑事コロンボ
みんな大好きな作品だ

〇〇「さ~て、何を読もうか……な……」

……見つけた

一冊の文庫本を手に取る
僕もよく知る、この棚唯一の赤い背表紙の本
作者は、世界一愛され、そして世界一多くの人間を紙面上で殺した女性
この人物なら、凡百な神なんて相手にもならないほどのカリスマと信望者を抱えている
著者、ミステリの女王 アガサ・クリスティー
その手法から、【アクロイド殺し】に次いでフェアかアンフェアかのミステリ論争を巻き起こした問題作

〇〇「……【そして誰もいなくなった】」

ストーリーは、ソラで言えるほどに読んでいる
その際、僕の膝の上で何度も何度も読んでほしいとせがんでいたのは誰であろう、フランドール・スカーレットだった



一つの脱出不可能な島に集められた男女が、マザー・グースの唄になぞらえて次々に殺されていく
そして最後の一人も首をくくり、島全ての息が途絶える
その唄を、少し長くなるが全文引用する



[十人のインディアンの少年が食事に出かけた
一人が咽喉をつまらせて、九人になった

九人のインディアンの少年がおそくまで起きていた
一人が寝過ごして、八人になった

八人のインディアンの少年がデヴァンを旅していた
一人がそこに残って、七人になった

七人のインディアンの少年が薪を割っていた
一人が自分を真っ二つに割って、六人になった

六人のインディアンの少年が蜂の巣をいたずらしていた
蜂が一人を刺して、五人になった

五人のインディアンの少年が法律に夢中になった
一人が大法院に入って、四人になった

四人のインディアンの少年が海に出かけた
一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった

三人のインディアンの少年が動物園を歩いていた
大熊が一人を抱きしめ、二人になった

二人のインディアンの少年が日向に座った
一人が陽に焼かれて、一人になった

一人のインディアンの少年が後に残された
彼が首をくくり、後には誰もいなくなった]




そして全てが終わり、警察が島を訪れたとき、そこには島に集められた十人の死体が転がっているだけだった
そこには、物言わぬ骸となった犯人もいた

犯人は、U・N・オーエンと名乗った
U・N・OWEN、その名の意味は、UNKNOWN(アンノウン。どこのものともわからぬもの)
そして昔、その名で呼ばれたことのある女の子を、僕は知っていた




〇〇「パチュリーさん! パチュ……」

本棚の森を転がるように駆け抜け、入り口脇のパチュリーさんの指定席にたどり着く
けれど、この大図書館の主は、青白い顔をし、口から一筋の血を流していた

〇〇「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
パチュリー「……少し 落ち着き、なさい。死んでない、わよ……
      けれど、かなり、辛い わね……肋骨を、ほとんど、砕かれた、から……
      ヒーリングで、どうにか、してる、けど……」
〇〇「誰がこんなことを!?」
パチュリー「茶番は、やめなさい。あなたは、分かってるん、でしょ……?
      数分前、戻ってきた、フランが、私に抱きついてきた……
      あの子は、昔からそんなことをしてた、から、気にしなかった……
      でも、そのまま、私の体に腕を回したまま、力を、込めた……」
〇〇「わかりました! だからもう静かにしてください! 怪我に障ります!」
パチュリー「いいから、聞きなさい……。あの子は、最後に私の耳元で、こう言ったの

     『〇〇を好きになるなんて、絶対に許さない』って……」
〇〇「……」
パチュリー「話すことは、もう、みんな話したわ……あなたは、早く、行ってあげて」
〇〇「でも!」
パチュリー「私は、大丈夫。それよりも、あの子が、心配なのよ……行きなさい!」

弾かれたように、図書館を飛び出した
ごめんなさい
喉まで出かかった言葉は、ついに言えなかった





[三人の〇〇愛した女の子が図書館に来ていた
少女が一人を抱きしめ、二人になった]      





フランがいるとすれば、おそらく地下室かレミリアさんの当主室
そう考えたとき、僕の足は自然に階段を駆け上がっていた
確信があったわけじゃない
けれど、思い当たるのはマザー・グースの一節
八人目のインディアンの少年はすでに抱きしめられた
なら、次の少年はいったいどうなるのか

〇〇「フラン! ここにいるんだろ!?」

扉が壊れるかと思うくらい、強く押し開く
今現在、時刻はおよそ9時半ごろ
それでもこの部屋は常に薄暗く、日光が刺すことなんて絶対に無い
しかし今、天井にきれいに開けられた大穴から日光がさんさんとふりそそぎ
その光は、蓋の開かれた棺桶の中の灰をも平等に照らしていた



「十人の〇〇を愛した女の子が食事をしていた
一人が咽喉をつまらせて、九人になった」


フランが、いた
奇妙なマザー・グースのような唄を口ずさみながら、部屋右端の本棚に寄りかかっている


「九人の〇〇を愛した女の子がおそくまで起きていた
一人が寝すごして、八人になった」


一歩、僕はフランに向かって足を踏み出す


「八人の〇〇を愛した女の子が旅をしていた
一人がそこに残って、七人になった」


すると今度は、左端からも唄が響く
そこに置かれた机にも、フランが座っていた


「七人の〇〇を愛した女の子が薪を割っていた
一人が自分を真っ二つに割って、六人になった」


そうか、これはさっき湖で見た、分身を作り出すスペルカードじゃないか


「六人の〇〇を愛した女の子が蜂の巣をいたずらしていた
蜂が一人を刺して、五人になった」


ああ、やっぱり
いつのまにか現れた三人目のフランは、日光の中で、日傘をさして僕を見ていた


「五人の〇〇を愛した女の子が法に夢中になった
一人が彼岸に入って、四人になった」


フランの分身は、本体を含めて三人
この三人で何をするのか……その考え自体が間違いだった


「四人の〇〇を愛した女の子が湖に出かけた
一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった」


その言葉は、僕の背中から聞こえる
けれどそれがわかったとき、すでに僕は羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなってしまった
そして、もう一つ
〇〇(燻製のにしん……)
そうか。僕はこの手に引っかかって、四人目がいるとは夢にも思わず、みすみすチルノを見殺しにしたのか……


「三人の〇〇愛した女の子が図書館に来ていた
少女が一人を抱きしめ、二人になった」


ちろり と首筋に舌が這う
その感触に思わず小さく声が漏れた
それを見た三人のフランが微笑を浮かべて近づいてくる
そして僕の顔を覗き込み、心底愉快そうに、声をそろえて言った



「「「「二人の〇〇を愛した女の子が日向に座った
一人が陽に焼かれて、一人になった」」」」



そこで、僕は気を失った







フラン「〇〇、〇〇ってばぁ」
〇〇「…………ん?」

目を開く。そこは僕が気を失った場所と何も変わらない、紅魔館の当主室
ただ、僕を優しく包んでくれた太陽の光は消え失せ、部屋を照らしだすのは数多くの蝋燭と淡い月明かりだけ
そして、僕が頭を置いているのは、フランの膝枕
あんな事があってもなお、僕はその感触を気持ちいいと思ってしまう
それに顔に触れるものは、絹のレースのような感触
フランの着る白のドレスだ

フラン「あ、おはよう〇〇」
〇〇「……うん。って、その服は何?」
フラン「むぅ~ だめだよ〇〇、起きたらちゃんと おはよう の挨拶をしなきゃ」
〇〇「あ、お、おはよう」
フラン「うん、よろしい」

〇〇「僕の質問に、答えてくれる?」
フラン「いいよ。どんな質問でもお姉さんにまかせなさいっ」

お姉さんぶったそのしぐさが可愛い。素直にそう思える
けれど僕には聞かなきゃいけないことがいくつもあるんだ
たとえ、それが聞きたくないことであっても 信じたくないことであっても

〇〇「もうわかってる。でも、確認させて欲しいんだ。フラン、君が、U・N・オーエンなの?」
フラン「違う!」

突然、さっきとはうって変わった激しい剣幕で否定される。何度も何度も、違うと叫ぶ

フラン「わたしはもうU・N・オーエンなんかじゃない!
    あなたが、わたしをあの暗い地下室から救い上げてくれた時から
    わたしが、あなたを愛したときから
    ずっとわたしはあなたの視線にいられるように頑張ってきた!
    わたしの名前はフランドール・スカーレット! U・N・オーエンじゃ、UNKNOWNなんかじゃない!」
〇〇「……ごめん」
フラン「ううん。わたしも怒鳴っちゃってごめん  
    でも、もう大丈夫。もう〇〇は、わたしを見るしかなくなっちゃんたんだし」
〇〇「え」
フラン「〇〇、全部わかってるんでしょ?
    わたしが あなたを惑わせようとする九人の邪魔者を 駆除したって」

言われるまでもない。図書館であの本に行き着いたときから、もうわかってたさ
ただ、フラン。君が一言「わたしは犯人じゃない」と言ってくれれば、僕は一生、その嘘を信じ続けようと思っていたんだよ
たとえ、それがどんなに白々しい言葉でも、自分の心を殺してでも、疑わずに ずっと

フラン「わたしはもう〇〇のもの。〇〇ももうわたしのもの
    わたしは〇〇の妹じゃなく、恋人になりたいの
    それなのに、あなたを奪おうとする女が九人もいる
    本当に欲しいものは、戦ってでも手に入れなきゃいけないの。だからだよ
    ……でも〇〇は、私を地下から出してくれたとき
    「何であっても、食べる以外の目的で生き物を殺しちゃだめ」って、言ったよね
    わたし、約束守ったよ。誰も殺してないんだよ。ねえ、いつもみたいに いい娘だね って、ほめてくれるよね?」
〇〇「奥で、灰になっていたお姉さんは、死んでないって言うの?」
フラン「……吸血鬼は、灰があれば再生するよ。何百年後か分からないけどね
    でも、どうして? なんであんな女なんて気にするの?
    わたしを使って、あなたに良いお姉さんだって思われたかっただけなのに!」
〇〇「違うよ、レミリアさんはフランのために……」
フラン「違わない! わたしの力が不安定なのに地下から出したのはなんでだと思う!? 
    あなたに好印象を持ってほしかったからだよ! それに、お姉様はどうせ私がまた暴走して地下行きになると思ってた
    そうなれば、今度はあなたに同情までしてもらえる。そんなふうに考えてたんだよ!
    あいにく、わたしはあなたのために必死で、頑張って力を制御したままだったけどね
    他の誰を狙うにしても、お姉様だけは最後に回すとずっと決めてた
    そして、〇〇と図書館で別れてから天井に穴を開けて、お姉様が寝てる棺の蓋を開けたの」

何もかも僕のために、フランはこんな事をしたって言うのか?
それならどうして、もっと僕はそのことをわかってあげなかったんだろう
……いや、わかっていた。ただ、僕が臆病で優柔不断だっただけだ
いつも二人で言っていた[大好き]の言葉も、はじめから僕とフランでは意味が違った
キスをせがんだのは、フランの精一杯の勇気
その勇気を僕が受け止めていれば、マザー・グースはそこでおしまいになっていたはずだったのに
二人のハッピーエンドへの切符をみすみす捨てたのは、僕だ

〇〇「どうして、マザー・グースを使ったの?」
フラン「〇〇、この話が大好きだって言ってたから、そんなところにも嫉妬しちゃってたのもあるし
    過去のわたしである、U・N・オーエンを葬るためっていう目的もある
    でも、本当は……〇〇、わたしを見て。……わからない?

    一人の〇〇を愛した女の子が後に残された
    彼女が首をくくり、後には誰もいなくなった」

純白のドレス    
それは誰もが見たことがあるもの
女性の誰もがあこがれる晴れ衣装、ウェディングドレス
理解した
フランが、この不吉なマザー・グースにどんな願いを託したのか、わかった

〇〇「……違うよ、そのマザー・グースはこうやって終わるんだ

   一人の〇〇を愛した女の子が後に残された
   彼女がお嫁に行って、後には誰もいなくなった」

フランが唄ったのは、クリスティが最後の一人を吊り下げた一節
けれど、このマザー・グースにはもう一つの終わりかたがある
それが このエンディングだ
クリスティはミステリという演出上、前者を取ったんだろう
けれどぼくらがいる場所は、死に満ち溢れるインディアン島じゃない
生きたいように生きることが許されるはずの、幻想郷なんだ

―――幸せになりたい

それだけ。僕もフランも思いは一つ
もう、二人は永遠に許されない存在なのかもしれない
それでも、僕らはお互いの罪を背負って生きていく
僕の胸の中で泣きじゃくる花嫁を抱きしめながら、今度こそ僕は誓いを立てた



フラン「〇〇、愛してるよ」
〇〇「うん、僕も、愛してる」





天井の穴から心地よい風が吹く
気がつかなかったが、その穴の脇には、僕が選ばなかった未来があった
首をくくるのに使われるような縄、それが二人分――――

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最終更新:2018年02月27日 19:46