「またか……」
「はー、はい、またです大天狗様」

妖怪の山にある天狗の集落。
その中心にある大天狗の屋敷で、屋敷の主である大天狗と射命丸文は何やら話し合っていた。

「犬走椛はお前が推薦した通りの堅物であった筈だが……どういう事だ。10年も経たないのに役目を辞退するとは」
「その筈だったんですがねー、恋は人を、あやや、天狗を変えると言いますか」
「そんな身も蓋も無い言い方しても詮無いわ! ったく、腹を大きくして辞退するとは何事か! 白狼天狗のお役目を何だと思ってるのか!!」
「あややや、そう仰られても」
「…………ふぅ、過ぎた事はしょうがない。今後は雄の天狗をお役目に付ける。このままでは雌の白狼天狗が山から居なくなるわい」
「あー、まぁ、その方が無難でしょうねぇ」

外の世界の時代で近代に入ってから、幻想郷の妖怪の少女が人間に恋する事例が多くなっていた。
過去に置いて、妖怪と人の恋愛が無かった訳ではない。だが、数は少なく大概は悲恋や悲劇で終わっていた。

しかし、時代は変わったのだろうか。
近年に置いて、妖怪と人との恋愛は普通のモノになっていた。
ただし、些か普通の恋愛ではなかったのだが……それでも無視出来ない程の数になっていた。

妖怪の山でもこれらの問題は徐々に深刻化していた。
外部との接触が多い、新聞作りを趣味とする天狗達、または山の外周を監視している白狼天狗等を中心に。
彼女らが幻想郷に紛れ込んでくる外来人の青年達と接触を持つのは別に不自然ではなかった。
それ故に対応が遅れ、彼女らの多くが合意非合意問わず彼らと男女の仲、または夫婦になってしまった。

最初は厳罰を持って当たろうとしたものの、あまりの数の多さと反発の強さで済し崩しに承認せざるを得なくなった。
他ならぬ大天狗の愛娘も、数十年前に山に墜落した飛行機というカラクリに乗っていた青年に一目惚れし、駆け落ち同然に山を去っている。
(ちなみに青年は何度も外の世界に帰ろうとしていた。死に損なったと、仲間がヤスクニという場所で待っているらしい)

「はぁ……しかし、儂には理解出来んが、何があやつらをアソコまで駆り立てるのだろうな?」

大天狗の呟きは憂鬱だ。
彼女達の有り様はまさに奇異と映る。
一目惚れにしても、それなりの接触を経たにしても、最悪な出会いである拿捕にしても。
結果的に誰も彼もが憑かれたように愛や恋に狂い、山の立場や役職を投げ打ってでも男を追いかけはじめる。
彼女達は厳格な階級社会である天狗の集落で生まれ育った者達である。
その社会に貢献し、各々の役目を果たす事を何よりも尊び守る事を大切にしていた。
その彼女達の豹変が大天狗には全く理解出来なかったのだ。

「このままでは集落の人口維持にも悪影響が出て来る可能性が高い。
外部、特に人里との接触や新聞作りにもある程度の制限を掛けねばならなくなるかもしれんな」
「……それは必要でしょうね」

文は思う。
大天狗の懸念は正しいし、このまま放置すれば大問題に発展するのは確実だろう。

(大天狗様は正しいです。しかし、世の中には『正しい』だけで動く者達だけとは限らないんですけどねぇ……)

大天狗の執務室を出た文は、無意識に腹をさすった。
今はまだすっきりと引き締まった腹部である。
しかし、今後もそうとは限らないだろう。彼女はその奥で何度も男を迎え入れているのだから。

(あまり厳しくされても困るんですよ。いずれ、此処にあの人との愛の結晶を授かりたい身としては……ね?)

口の端が僅かに吊り上がる。
大天狗の前に居た時とは異なり、文の目は色欲と愛欲に濁っていた。

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最終更新:2011年04月24日 22:10