「ごめんね 〇〇」
「気にしなくてもいいよ」
もう 何百回も交わされたやり取り
紅の館、その中において最も出入りが少ない場所 地下室
そこにいるのは僕と一人の女の子 フランドール・スカーレット
彼女の右手と僕の左手はつながれたまま、もう一ヶ月はなれていない
本当に何をするにも一緒のため、お互いの事を知り尽くしてしまったのではないかと、お嬢様にからかわれたりもした
それに、
パチュリーさんからは、安全に手を離す方法ももうすぐ見つかりそうとのことだ
もともと僕はフランの退屈を紛らわすために、外の世界のお話をしてあげる役目についていた
正直なところを言ってしまえば、はじめは怖かったさ
でも前情報を忘れてしまえば、そこにいるのは娯楽に飢えた寂しがりやのかわいい女の子
僕はすぐにフランが怖くなくなり、彼女も僕を気に入ってくれた
けれど、僕は勤め人であり、この館に住んでいるというわけじゃない
地下室を出ようとするたびに、名残惜しそうに僕を見送ってくれるフランの視線には、なぜか罪悪感を覚えちゃうけど
もともと、本業は慧音さんの寺子屋で算数を教えている
そして 一ヶ月前――――
「……しかし、全ての黒幕は大佐だったのだ。驚愕する
主人公と、真紅の電子人形
現れた最強の蜂型最終鬼畜兵器。そして大佐の無慈悲な死刑執行宣言が、最終決戦の火蓋を切った
[死ぬがよい]
……さて、このつづきはまた今度ね」
「えー そんな一番いいところで切るなんてひどいよー」
「まあまあ、次回を楽しみに待っててね」
「ぶー それじゃあ、次はいつ来てくれるの?」
「そうだね……ちょっと分からないなあ。でも近いうちにまた来るよ」
「何でわかんないの?」
その時、僕は少し赤面したらしい
「あのね、僕、慧音さんと二人で寺子屋をやっていく事になるかもしれないんだ…彼女、僕の事、好きだって言ってくれて……」
「……それで〇〇はどうするの? ハクタクのこと、好きなの?」
難しい事を聞いてくれる
「う~ん。今まで、彼女の事は同僚としてしか見たことが無かったからなぁ
でも、彼女は本気みたいだし、僕も嬉しいと思うから、プロポーズを受けようと思うんだ」
「……ふうん」
きゅっ
「!?」
僕の左手が、フランの右手に包まれる
聞くところによると、フランは握ったもの全てを破壊するらしい
でも、僕の左手は健在で、ただ小さな手のぬくもりを感じることが出来た
「きゅっとして どかーん」
「え?」
「わたしもね、〇〇のこと、大好き」
「ええ?」
「こうして手をきゅっと握ってるときはなんともない。でも、この手が離れたら、どかーん だよ」
「えええ!?」
「あのハクタクを好きな人や、仲のいい友達はいるよね
でもわたしには、好きな人どころか怖がらない人だってほとんどいないの
〇〇は、わたしを怖がらないよね
お姉さまでさえほとんど来てくれないこの地下室に来てくれるよね
〇〇は……わたしを 見捨てたりしないよね?」
虚ろな瞳で顔を覗き込まれる
怖い 正直にも本能はそう言ってる
でも僕は、わずかに震える右腕で、強くフランを抱きしめた
「〇〇?」
「見捨てない……絶対に見捨てないよ……」
なぜか、涙がこぼれてきた
慧音さん ごめんなさい
でも、このさみしがりやで不安定な女の子には、誰かの支えが必要なんです
本人の意に反して誰からも恐れられてしまう、大好きと言ってくれた女の子を、僕は守りたいんです
たとえ手が離れ、この左手が無くなってしまったとしても、僕も彼女とともに生きていきたいんです
地下室に二つの泣き声が響く
一方は少女の歓喜 一方は青年の懺悔と決意
その声は長く高く反響し、館のどこにいても聞こえたという
最終更新:2010年08月27日 00:16