私は、永琳の勧めで編集をしていたアルバムを捲る。
………………そこに写るのは、まだ赤ん坊の頃の○○。
妹紅との殺し合いの後、夜の空気が吸いたくて竹林を歩いていた。
私の耳に鳴き声が聞こえる。何となく気になって私は声の元へ歩いていった。
産着に包まれた赤ん坊が泣いていた。
気紛れで連れて帰り、永琳と相談する。どうやら産着からして外から流れて着たようだ。
今更捨て置いて餓死させる事も、夜に跋扈する妖怪共の餌にする気にもならず永遠亭で育てる事にする。
丁度良い暇潰しになるかもしれないし、何となくこの赤ん坊の境遇が竹林の翁に見つかった頃の自分に重なったからだ。
私はアルバムを捲る。
そこに写るのは、てゐに肩車されはしゃぐ小さな○○。
永琳の差し出す菓子を大きな口を開けて食べようとする小さな○○。
子育ては結局亭に住まう者達の総力戦で行われた。
最初は姫らしく陣頭指揮を執ろうとしたのに、永琳に真っ先に却下されたのを覚えている。
しかし、子育てと言うのは難しい。咲くかどうか解らない優曇華の花よりはいい。黙っていても子供は成長するからだ。
たった数年で自分1人では何も出来なかった幼子は、妖怪兎達を引っ張り回す男の子に育った。
そこまでなるには非常に苦労した……例え自分が能動的になろうがなるまいが、向こうは勝手に動き回る。
思わず怒ったら物凄い勢いで泣かれて慌てながら永琳を呼んだ事は数え切れない。
七五三という事で盛大なお祝いをした頃、ふと思い返したようにそれまでの記録を覗く。
写真に写る赤ん坊はどんどん大きくなっていく。しかし、それ以外の、私を始めとする住人は何も変わらない。
それは当たり前だもの。彼はただの地上の民。永遠亭は不老不死の月の民と妖怪因幡達の住まう場所。
それが当たり前だと、私はアルバムを閉じた。
私はアルバムを捲る。
なかなか達筆な習字を掲げて戯ける○○。
臼を担いで庭に運んでいる○○の姿。
鈴仙と一緒に薬箱を担いでいる○○。
私は、○○を男として見るようになった。
切っ掛けは本当に些細な事だった。しかしその瞬間から、私の意識は保護者、母親から女にへと変わってしまった。
何時の気紛れでは無いかと、今まで溜め込んで着たアルバムを捲り続ける。
でも、やはり○○と会うと駄目だった。所謂好青年になった○○は、気さくな人柄に育った。
亭内でも人里でも、他の勢力に対しても分け隔て無く接するような、そんな青年になっていた。
彼の笑顔を見ると、胸の奥が激しく高鳴った。
今まで自分に愛を告げてきた男は数知れずだが、彼らに対しては全く高まらなかった気持ちが酷く疼く。
どうしたらいいのか解らないので、一時期私は○○を避けるようになった。
私はアルバムを捲る。
人里の祭りの準備をしている○○。
半天を着て、写真機を持つ私に笑顔を向ける○○。
彼はこの後、祭りが終わった後の片づけで大怪我をした。
山車を解体してた時に、崩れた木材に巻き込まれそうになった子供を庇った為だという。
永遠亭に担ぎ込まれ、永琳の治療を受ける○○。
私は何も出来ず、何故か永琳に連れられて京の都を出る時の事を思い出していた。
皺深い顔を歪ませて泣き崩れる婆やと翁。
呆然とした面持ちで部下の制止を聞かず飛び去る私に手を掲げる帝様。
私は今になって、あの人達の気持ちを理解した。
大切な者を喪うという、喪失という気持ちを。
私はアルバムを捲る。
包帯をあちこちに巻いて寝ている○○。
永遠亭に託された見舞い品の数々を見て苦笑している○○。
気が付くと、私は寝静まった永遠亭の○○の部屋に居た。
散々悩んだ筈なのに、自分の胸の内に秘めていた言葉はスルリと出た。
○○を女として見ている事、愛しているという事を。
○○を喪失しかけた焦りが、踏ん切りの付かなかった私の背を押したのかも知れない。
返事は、否、だった。
○○は好きな人が居る、自分の気持ちには答えられないと言った。
心から何かが抜け落ちるような衝撃はあったものの、どこかで安堵している自分も居た。
目の端に涙が浮かびながらも笑うという変な顔をしながら私は問うた。
一体誰を好きになったのかと。
○○は言った。妹紅が好きだと。あの、藤原妹紅が好きだと。
その後はどう自室に戻ったのか覚えていない。
蓄えた財宝を押しのけるようにして重ねられたアルバムに囲まれながら、私は考え込んだ。
何故○○は妹紅を好きになったのか。
何故妹紅は○○に近付いたのか。
堂々巡りになる考えの中で、ふと1つの可能性が頭に浮かんだ。
妹紅とは彼女の父親に対し、散々恥をかかせた事があった。その恨みは今尚私と妹紅の間に対立と戦いを生み出している。
これは、妹紅の思惑があるのではないか? 妹紅が私から○○を奪い、復讐を果たすつもりではないかと。
もう、ゆっくり考えている気分にはなれなかった。
私は竹林にある妹紅の家に向かった。
私の気配を感じたのだろう。
既に妹紅は外に出て私を待っていた。
私は、妹紅に問うた。○○と恋仲であるのかと。
妹紅は否定しなかった。寧ろ、嬉々として肯定した。
「不死人と妖怪に囲まれて育った〇〇は私を差別したりしなかった。そんな〇〇に私は惹かれたんだ。
でも〇〇は普通の人間。後数十年程度で死んでしまう、そうなる前に私の肝を食わせて永遠に一緒に暮らすんだ。
そうすれば私は永遠に孤独から逃れられる。好きなアイツと存在し続ける事が出来る」
私は唖然とした。まさか、妹紅が、そんな思いを○○に抱いていたとは。
確かに○○は人にも妖怪にも等しく付き合った。
巫女のような超然としたものではない、親しみを含めた付き合いをだ。
それが、こんな、事態を引き起こしてしまうとは……。
それが、この妹紅に、この女にそんな考えを抱かせてしまうとは。
私の言葉は間違いなく咎めるような口調になっていただろう。
「○○は、不死に、あなたの同類になると、受け入れると言ったのかしら?」
空気が変わった。先程まで余裕すら感じた妹紅の形相が変わった。
「○○はきっと受け入れてくれるさ。絶対にだ。私を、死なない私を受け入れてくれたんだ。
私を、私を好きだと言ってくれたんだ。だから、私がそう頼めば絶対に受け入れてくれる」
それを私が否定する度に、妹紅から発せられる殺気は濃くなっていく。
「ふざけるな輝夜!! ○○は私の、私のものだ!! 永遠に、私のものだ!! お前なんかに、渡すモノかぁ!!」
業火を放ってきたのは、妹紅だった。
私も五色の弾丸を展開し、続けざまに撃ち放つ。
弾幕ルールも何もない。普段の殺し合いですらない。
お互いの存在を否定し合い、抹殺しようとする、本当の意味での殺し合いだった。
戦いの後、ボロボロになりながらも私は永遠亭に戻ってきた。
妹紅はもう、蘇生する事は出来ない。
『永遠と須臾を操る程度の能力』を使って、『静止した世界』に閉じ込めた。
未来永劫変化が無い世界だ。私がそれを解除しない限り、妹紅は永遠に蘇る事は出来ない。
何故かは解らないが、喉が楽しげになった。
あの妹紅が、あの忌まわしい女がもう蘇らないという事実だけで、喉が楽しげになった。
私は着替えた後で○○を自室に呼び出した。
永琳の治療で歩ける位には治療出来た○○に対し、私は妹紅の企みを聞かせた。
やはり○○は唖然とした表情で私を見た。
あの妹紅は、勝手に○○を蓬莱人にするつもりだったのだ。
本当に良かったと思う。あの薄汚い女の思惑で○○が穢される所だったのだ。
私は○○に対し自分の思いを伝えた。
自分の勝手な思惑を押し付けようとしたあの女が好きなのかと。
貴方を拾い育ててきた自分が一番貴方に相応しい、なのに何故自分では駄目なのかと。
私は誠意を込めて説明したつもりだった。
なのに、なのに○○は、それらを否定した。
妹紅がそんなことをするはずがない。
母親である貴女を女としてみることは出来ないと。
妹紅を擁護し、あまつさえ私を、女として、否定した。
なんで、なんで、なんでなの。私は、事実を伝えたのに。
なんで、なんで○○は解ってくれないのか。
○○が、何か私に声を掛けてくる。
私の中で、何かが弾けたような音が聞こえた。
肩を揺すられた。私の身体が起き上がる。
「駄目よ。○○」
私は、真っ直ぐに○○を見た。
○○は何故か引きつった顔をして逃げようとする。
「駄目よ。○○」
襖は開かない。無駄よ○○。
子供の頃、貴方が私の部屋で悪戯ばっかりするからその襖は錠をかけれるようになってるの。
私の思念1つで開閉自由。並の妖怪の弾幕程度ではビクともしない補強付きよ。
「妹紅……あの女に騙された、誑かされたままなのね。可哀想な○○」
近くに置いてあった薬瓶に入ってた錠剤を口に放る。
アルバムの山を崩しながら逃げようとした○○を取り押さえ、無理矢理口にねじ込んだ。
ついでに舌も入れてみる。最近雑貨店から手に入れた本にこうすると男が喜ぶって書いてあった。
逃げ回る舌が面白いので追いかけていると、○○が私を突き飛ばした。
と言っても弱々しく、私は尻餅を付いた程度だった。
流石永琳と言った所かしら、最近になって眠りが浅い私に調合してくれた睡眠薬の効き目は万全だった。
「愛おしいわ○○」
愛しい我が子。
愛おしい男。
なんでそんな顔をするのかしら。妹紅はもう邪魔出来ない。
貴方を愛せる、愛する資格があるのは私だけだというのに。
「解らない……判らない……輝夜、貴女は……」
○○がまだ何か言っている。
判らないって、赤ん坊の頃からずっと一緒に居たのになんでそんな事を言うんだろう。
…………………………ああ、そうか。判った。判ってしまった。
○○が、普通の人間だから、判らないんだ。
そうか。妹紅も偶には良いことを考えつくものだ。
○○が私の事を判らないのは、○○が普通の人間、死んじゃう人間だからだ。
だから、こうすれば○○はずっと一緒に居られる。私と存在し続けられるんだ。
こうすれば、私達はずっと一緒。
老いることも死すこともなく、ずっと一緒に居られる事が出来る。
忌まわしく思っていた永遠も、愛する男が居るだけでこれ以上無いほど素晴らしい世界へと変じるだろう。
「○○……貴方を誰にも渡しはしないわ。私の愛しい子、そして愛しい人、
例え世界の摂理をねじ曲げようと、決して貴方を喪わない、そして誰にも奪わせはしないわ……」
私は、上着をはだけさせ、腹に手を押してる。
指に魔力を帯びさせ、ぐっと腹に指を突き立てる。
○○の顔に、私のお腹から出た血が大量にかかった。
何故かゾクゾクと快感が走る、今、お腹を割っていて凄く痛い筈なのに。
「だから○○」
床と服に血がかかるのも構わずに、私は目的のモノを探す。
見つけ出したソレをしっかりと掴み、一気に引き摺り出し引き抜いた。
思ったよりも内蔵を傷付けていたのか、○○の顔は真っ赤になった。
だけど、そんな些細な事は気にせず、私は取り出したモノを○○の口元に近づけた。
「だから、○○、私の、肝を食べて?」
放心した○○の口に肝を押し込む私の視界の隅に、血飛沫のかかったアルバムが見えた。
幸せそうに赤ん坊を抱く私と、私に抱かれて嬉しそうな赤ん坊の○○の写真が写っていた。
終
最終更新:2011年05月06日 01:32