いつの頃からか、○○とフランの仲がとても深いモノへと変わっていた。

「おやすみ、フラン」

「おやすみ○○」

 そう言って二人は口付けを交わし分かれる姿を目撃した。

 足取り軽く自室へと向かう○○に声を掛けたのは至極自然なことだった。

「○○、一寸待ちなさいな」

「あ、レミリアお嬢様。何か?」

 ドキリとした表情を見せるも、すぐに取り繕って笑みを浮かべる。

「なんとなく、そうじゃないか、と思っていたけれど。やっぱり付き合っていたのね?」

「…見られていましたか」

 ばつが悪そうな表情を浮かべつつも、そこには強い意思があった。

 たとえ認められなくても引く気はないという現われ。

 けれど。

「そう身構えなくてもいいわ、咎めるつもりはないのだから」

 そう私が伝えると、○○は意外そうな顔をする。

「え…、認めてくださるんですか?」

「認める認めないは私が決める事じゃないでしょうに、貴方達二人が決めることだわ」

 そう言えば○○はあからさまに安堵の表情を浮かべる。

「ただ、ひとつだけ忠告しておくわ」

 私はそっと目を瞑り、言葉をつづった。

「あの子の精神はまだ子供、無理しすぎないようにね」

「大丈夫ですよ、それに愛に歳の差なんて関係ないんですから」

 さも良い事言ったぞ、みたいな顔しないで欲しいわ。

 …その愛とやらがフランにあれば良いのだけれど…

 呟くような声だったのか○○には聞こえていないようだった。

「まぁいいわ、フランの姉として相談があれば言いなさい、妹の恋人にはそれ相応の便宜を図ってあげるわ」

「ありがとうございます、お嬢様」

 じゃあね、そう言って私はその場を後にした。


 しかし、○○は人間である、そのことを本当に理解しているのか心配になる。



 あれから数日たって、紅魔館におけるフランと○○の様子は一変した。

 私にバレた事がきっかけとなったのか、遠慮がなくなってきたのだ。

 人前であろうと、○○が仕事に従事していようと、やたらフランが○○に絡みだすのだ。


「フラン、○○と仲が良いのはいいのだけれど、少しは慎みを持ちなさいな」

「やーだもーん、えへへ○○~」

「ちょ、フラン今はマズい、色々マズイ」

 食事時だというのに○○に前から抱きつきべたべたと…ちょ!何キスねだってるの!

 ああああ、もう!

「妹様、せめてそういう事は二人きりの時にお願いします」

 流石の咲夜もげんなりとした表情でフランをいさめる。

「そ、そうだぞー後でな? フランが怒られちゃうは俺も嫌だし、な?」

「んー、○○がそう言うなら仕方ないわね」

 憮然としつつも、漸く○○と離れる。




 そういう事が常日頃から見かけるようになった。

「お嬢様ー、なんとかしてくださいよ」

 ある日の事である、美鈴が涙目でやってきた。

「花壇の世話をしに行ったらフラン様と○○が「綺麗な花だね…フラン君の方が綺麗だよ…嬉しい○○!」とか、
もうこれでもかってくらいイチャイチャと。このままだと私、砂糖吐き妖怪になりそうで、もう…」

 頭痛がした。

「かぼちゃだと思いなさい、耳に入ってくる言葉は念仏だと思いなさい」

 無理ですよ~とか言い続ける中国を他所に、私はただ頭を抱えた。




 それからしばらくして珍しくパチェが図書館から出てきたと思ったら、愚痴りだした。

「レミィ…あれなんとかして」

「…フランと○○のことかしら?」

「ええ、分かっているのね? 分かってて放置してるのね?」

 沈着冷静なパチェが本当に珍しいことに怒気を孕ませてにがにがしい表情を浮かべている。

「なんで私の図書館があの二人のデートコースになってるのかしら? 図書館は子供の遊び場じゃないのよ? 理解してる? してないわよね?」

「パチェ…」

「そもそもあの広い図書館で、なんで私の目の前でイチャつくのか理解できない! あてつけ? 独り身の私に対するあてつけかしら?」

「…こ、紅茶をいれるわ、少し落ち着いて…」

「落ち着けですって? 私の安息の場を汚しておいて、この期に及んで落ち着け? ふふふふふ…レミィ貴方も私の敵だというのかしら…」

 ヤバイ、パチェが完璧にテンパってる。

「わ、分かった、できるだけ早急になんとかするっ! だから落ち着いてくださいごめんなさい」

 ああ、なんで私がこんな目に。


--------------------------------------------------------


 俺の名前は○○。

 外来人って奴だ。

 紆余曲折の果てに紅魔館で雑務を勤める事となった。

 そしてある日、運命の出会いがやってきた。

 フランだ。

 初めは怒らすと命が無いと紅魔館の面々に脅されていたが、実際会ってみるとそうでもなかった。

 とても可愛らしい一人の女の子だった。

 物珍しそうに俺を見る目、外来人だと教えると輝いた目で外の世界の事をたずねてきた。

 毎日、いろんな話をした。

 ある日、フランは躊躇いがちにたずねてきた。

「どうして○○は私を怖がらないの?」
「みんな私のこと腫れ物扱いして、近寄ってこないのよ」
「別によわっちい奴のことなんてどうでもいいけど」

 そういいつつも、強がってるのが見え見えで。

「フランは可愛い女の子じゃないか、どうして怖がらないとダメなんだ?」

 そういったらフランは赤くなって照れていた。

 そんな日々が続いたある日、フランが意を決して告白してきた。

「○○、私ね…いつも○○の事ばっかり考えてる」
「私、○○のことが好きなの……○○は私のことどう思ってる?」

 そう言ったフランの瞳は不安で揺れて、今にも崩れそうなほど儚く見えた。

 守ってあげたい、フランの喜ぶ笑顔が見たい、抱きしめて幸せにしたい。

 そう思った時、俺もフランが好きでしょうがないんだって気づいた。

「俺もフランが好きだ、愛してる」

 そう言った時のフランの泣き出しそうな笑顔は忘れられない。

 だから俺はこの時の選択を後悔しない。

 後悔しないんだけど…

 ちょっと…

 最近のフランは押しが強くてこまっちゃうなぁ。

 なんて思いつつも、どうにも嬉しさで勝手に口が笑ってしまうのは仕方ないと思いませんか?


「知らないわよ」

 目の前にはゲンナリとした表情のレミリアお嬢様。

 俺が呼び出されたのは、最近のフランと俺の事。

 もう少し礼節をもて、要するに自重しろという事らしい。

 これもフランと俺の愛のせいだ、いやぁほんとこまっちゃうね。

「なら、そのふにゃけた表情をなんとかしなさいな」

 こればっかりは無理でございますお嬢様。

「はぁ…パチェは限界だし、中国…はどうでもいいとして、咲夜も顔には出てないけど、かなりイラついているのよ」

 そういわれて、俺は自分の幸せで周りが見えてない事に気がついた。

「たしかに、すこしハメ外してましたね…」

「少しどころじゃないわよ、ここはあんたら二人の愛の巣じゃないんだら、もぅ」

 お嬢様はやれやれ、と言わんばかりに大きくため息をつく。

「まぁ、私は別にいいのよ」

「え、そうなんですか?」

 小さく笑みを浮かべるとお嬢様は嬉しそうに言う。

「ええ、あのフランがとても嬉しそうにしているのだから、姉である私が嬉しくない訳がない、だから貴方達の仲をとやかく言うつもりはないのよ」

 なんか感動した。

「まぁ俺も最近やりすぎだとは思ってました、少し人前では自重するようにがんばってみます」

「ええ、だけど無理は禁物よ?」



 と、いうわけで。

「フラン、少し自重しようか」

 そう言うとフランは不満そうに口を尖らせる。

「やだ、どうして? ○○は私のこと嫌いになったの?」

「違うって! フランの事は大好きだ、ただ皆が迷惑してるってお嬢様が言ってるんだ」

「…なんか変、別にいいじゃない、他のやつらの事なんて」

 こんな我侭とは、たしかに子供だ。

 でもそんなフランが可愛いと思えるんだから俺も大概だよな。

「今度、紅魔館の外へデートに行こう、お嬢様に頼んでみる。だから我慢しよう」

「えっ! 本当? ○○と外へデート!?」

 途端に機嫌がよくなった。

「うん、頑張って頼んでみるから、だから人前ではあまりベタベタしすぎないようにしような」

「うーーん、わかった」

 餌で機嫌を釣るなんて良くない方法だけど、この際仕方ないよな。

 人前ではダメだという事で、自然とフランは地下室から出てこなくなった。

 極端だと思うが、それだけ俺が好きなんだって分かるので文句が言えない。

「ねぇ○○、せっかくのピクニックだもの、秘蔵のワインを沢山かっぱらって行こうねっ」

「ははは、怒られないかな…」

 フランの部屋で、フランは俺にしなだれかかり、べったりとくっついてくる。

 俺はそんなフランの髪を手で梳かすようになでると、嬉しそうに目を瞑って俺の胸に抱きついてくる。

 その後、お嬢様に懇願するとため息をつかれつつも了承してくれた。

「ねぇ○○! 私この館から外にでるの生まれて初めてよっ!」

 喜びと幸せに満ちた笑顔を浮かべてフランは俺の腕を引っ張っていく。

「フランっ! 俺は人間だから空なんて飛べないぞ? まってくれ」

「あはは、しょうがないなぁ○○はっ! ほらつかまって! いくわよっ!」

「うわわわ!」

 フランの笑顔がとても眩しい。

 俺は本当に幸せ者だ。

------------------------------------------------------


「ねぇ○○」

「はい? なんでしょうお嬢様」

「最近フランを見ないのだけど、大丈夫かしら?」

 心配そうな表情を浮かべてレミリアは○○を呼び止める。

「ええ、元気にしてますよ」

「そう、良かった」

「やっぱり人前で自重するのが難しいようで、俺と一緒だと、どうしても我慢できないみたいなんです」

 そういいつつも、まんざらでないのか嬉しそうに○○は笑みを浮かべる。

 レミリアはそんな○○を見て納得がいったように微笑んだ。

「レミリア、そう呼んでいいわ。妹の恋人だもの、言葉使いもフランの様に素のままでいいわ」

「え? それは流石にまずいでしょう」

 困惑する○○にレミリアは続ける。

「いつかフランと結婚するつもりなんでしょう? なら…家族じゃない。気にすることは無いわ」

「…はぁ、わかりまし…、分かったレミリア」

 ため息を尽きながらも嬉しいのか○○は笑った。

「それともレミリア姉さんと呼ぶべきかな?」

 と、○○は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。




 あれから何日もたっても、フランドールは滅多に部屋から出ようとしなかった。

 それも当然か、部屋で待ってれば○○が来る。

 会いたい気持ちはあるが、○○の為と思えば多少の我慢はできる。

 しかし不安はあった。

 私のところにいない○○は何をしているんだろう?

 そう思うと居てもたってもいられない。

 会いたい、けれど来ない、会えばフランドールは我慢ができない。

 しかし、これ以上待つのも限界。

 そしてフランドールは久しぶりに自室から飛び出した。

 
 勘を頼りに○○を探すフランドール。

 ○○を探すという行為が、心を高揚させる。

 そしてついにフランドールは○○の姿を見つけ、声を掛けようとして、踏みとどまった。



 そこにはフランドールの大切な○○と、その姉が楽しそうに語り合う姿だった。

 交わす言葉も、まるでフランドールと接するような素の○○。

 ○○がレミリアを見つめるその瞳の色も、とても優しく穏やかだった。

「あれ?」

「ん? どうしたの○○」

「いや、そこに誰かが居たような気がして……気のせいだったかな」


 その日、○○はレミリアとの会話を終えた後、意気往々とフランドールの部屋へ訪れた。

「いらっしゃい○○」

 いつもの様に出迎えるフランドール。

 しかし、何故かいつもと違う。

 そう、いつもならば満面の笑みで○○へと抱きついてくるはずなのだ。

 疑問に思いながらも○○は入室するとフランドールに口付けをしようとして、さえぎられる。

「ねぇ○○」

「なんだい?」

 笑顔のはずだが、どこか陰りが見えるフランドール。

 流石に心配になり、焦りつつもフランドールの言葉を待つ○○。

「○○、あいつと二人っきりになっちゃダメ」

「え? あいつって?」

「レミリアよ、あんなのと一緒にいたら○○がダメになっちゃう」

「何言ってるんだ、レミリアはフランの姉だろ?」

「○○って、私のところにいない間、何してるの?」

「フラン?」

「あいつと逢引でもしてるんでしょ」

 その言葉は○○にとって予想外の事だった。

「お、おい、そんな事は無いっ!」

「じゃあいいじゃない、そうよ、○○もここで暮らせばいい」

「そんな無茶な」

 突然の提案に○○は困惑する、疑われている、何故かは分からない。

「どうして? 私のこと好きって嘘だったの?」

「そんな事ないって! フランしか愛していないっ」

「ならどうして○○は私の言う事聞いてくれないの? あいつのいう事は聞いて私の事はダメ。変だよ…変、変だよね?」

 流石にここまでくれば○○とて理解できる。

 フランドールは不安なのだ。

「レミリアはフランのことしか話さないよ」

 ○○は諭すように、ゆっくり優しく言葉をつづる。

「ふーん」

 フランドールの目には疑心に満ちている。

「フラン…レミリアは本当にフランの幸せを喜んでいるだけなんだ」

「嘘っぽいなぁ、○○はあいつに騙されてるんじゃない?」

「違うって! レミリアはフランのために…」

 どうするべきか、ひたすらに考えをめぐらすが、言葉が出る前にフランドールが先に爆発した。

「嘘だっ! なんで○○があいつのこと呼び捨てにしてるの? 今までそんな言い方してなかったじゃない…」

「これは……お嬢様がそう呼べって…」

 ○○は言い訳と謝罪をするべきだと思うが、フランドールは頑な気持ちになってしまっている。

「チッ…あの泥棒猫…」

「フラン…まってくれ、俺の話を聞いて欲しい」

 まずい、非常にまずいと○○は危機感にとらわれる。

「変だ変だって思ってたんだけどね、あいつが○○を奪おうとしてるんだ」

 もうフランドールの耳には○○の声が届かない。 

「ごめんね○○、すぐあいつ殺して○○の心取り戻すよ? まっててすぐぎゅってどかーんだから」

 ふふふふふ、そう楽しそうに笑うフランドールに○○はゾッとした。

「…どうしたの○○? ○○の顔でそんな顔しないでよ…」

 フランドールは、○○の顔に浮かんだ表情が、自分にとって一番嫌いな顔に気づいた。

 それは、自分を恐れる顔、腫れ物扱いされる日々、それを○○が浮かべた。

 それを見た瞬間、フランドールの心は○○を否定した。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…違う違う違う、そんなの○○じゃないっ! そんなのいらないっ!」

 激しい感情の爆発に、溜め込んでいた妖力が一気に開放された。

 とんでもない力の奔流が爆発となって、近くにいた○○に容赦なく襲い掛かった。

 泣き喚く彼女の瞳に、その○○の姿は映らない。

 ただ否定だけが全てを染め上げる。

 結果。

 激しい爆発音と共に、その区画が一瞬のうちに破壊された。



 それを察知した咲夜は、即座にその場に駆けつけた。

 そこには粉塵と沢山の瓦礫、立ち尽くすフランドールと、そして黒く焦げ付いた人の様なモノ。

 痙攣するようにソレは動き、口と思われる所から、かすかな呼吸が聞こえてくるから、ソレは人間であると理解させられた。

 つまり、ソレが○○であるという事。

「あ、あ、あ、…○○? どう…し……わ、私…○、○を…」

 呆然自失となっているフランドールを横目に咲夜は即座に行動した。

「妹様、○○をパチュリー様の所に運びますっ」

 そういって咲夜は○○を担ぎ、飛ぶように運んで行った。

 ○○が死ぬかもしれない。

 そんな知らせを聞いた紅魔館の面々は即座に集まった。

 パチェリーは見るなりすぐに癒しの魔法をかける。

 美鈴は気功で怪我を治そうとする。

 しかし○○の状態は最悪といってもいい。

「無理…としか言いようがないわ」

 ある程度の治療はできる、でもここまで破壊された肉体は修復できない。

 それを聞いたレミリアは顔面蒼白となっていた。


 
「いい方法があるよ」

「フラン!?」

「吸血鬼の血を飲んだ人間は吸血鬼になるんでしょ? そうだよ、そうしよう」

「やめなさいフラン! ダメ!」

レミリアはフランドールを止めようとするが、一寸遅く、自ら傷つけた腕から流れる血を○○の口へと流し込んでしまった。

 途端、○○の体は打ち上げられた魚の様に痙攣し、黒ずんだ身体のいたるところから、肉のこぶが膨れ上がっていく。

「ダメっ! ○○!」

 レミリアは普段の落ち着いた姿をかなぐり捨てて、○○の身体を抑えようとする。

「いけないっ!このままだと○○は食屍鬼になってしまう!」

「どいてレミィ! 食屍鬼化を封じるわっ!」

 そういってパチュリーは○○に魔法を発動させた。

「なんで? どうして?」

 それを呆然とフランドールは見つめていた。

「……ただ飲めばいいって訳じゃないのよ……」

 涙をこぼして、○○から少し離れた場所に項垂れたレミリアが答えた。

「○○は吸血鬼となる適正がほぼ皆無だった、だから結果、食屍鬼になる」

 パチュリーが淡々と魔法を維持しながら言葉を続けた。

「そして食屍鬼化を封じている今、○○は再生だけが肥大して人の形が取れなくなってしまった」

 膨れ上がる肉の塊。

「せめてあんな状態でなければ、少しは手の打ち様もあったのだけれど」

 一定まで膨れ上がった肉塊は時折ぶるりと動くものの、なんの反応もしなかった。

「これが○○?」

「そうよ、この肉塊が○○だったモノよ」

 それは残酷な結果だった。

「違うよ…こんなの○○じゃないもん」

 そして、フランドールは認められなかった。

「こんなのがあるから○○が帰ってこないんだ」

 ただ、フランドールは全ての原因を目の前の理不尽に擦り付ける。

「やめなさいっ! こうなっても○○は○○なのっ!」

 レーヴァティンを構えたフランドールに立ちふさがるように、肉塊を背にレミリアは腕を広げる。

「何? おねぇさまったらこんなモノが大切なの?」

 フランドールはつまらないと言わんばかりに吐き捨てる。

「ふーん、いいよ、あげる。そんなのいらない」

 なぜなら、それは○○ではないのだから。

「…っ! フラン!」

 レミリアが見たフランドールの瞳は、何も映していなかった。

「いけない、そろそろ○○が来るんだった、はやく行かないと、○○が待ってる」

 そう呟いて、フランドールはふらふらと、おぼつかない足取りで、その場を後にした。





 地下のその又地下奥深くに○○はいた。

 あの隙間妖怪ですら干渉することができない程の結界につつまれた底。

 ○○が目覚めて、自身の状況を冷静に把握できるまで、幾度と無く眠りの魔術を併用した。

 説明をし冷静になって、自棄になる前に眠らす。

 それを幾度となく繰り返して、漸く○○は自分の在り様を悟った。

 ○○は、ただ慟哭し、その声は届かぬはずの紅魔館にも届いたような気がするほどだった。

 初めはまともに会話すら出来なかった。

 口のような穴に、歯がデタラメに生え、発声器官が正常では無かったからだ。

 それでも○○は声を発した。

 ただ、「ふらん」と。

 レミリアは一滴の涙をこぼすと無言で術式を開始した。


 それから数年の月日がたった。

 肉塊だった○○もある程度の形になってきた。

 特に肥大したままだが、顔の造詣もはっきりしてきた。

 ○○を吸血鬼化するために、レミリアはありとあらゆる方法を使った。 

 レミリアの血を○○の肉体に少量づつ送り込み、適応させる。

 もちろん拒絶反応や肉体の変異、適応しない部位の腐敗もある。

 それらを長い年月をかけて修復、最適化、適応化していく。

 パチュリーや咲夜、美鈴の手助けもあった。 

 それでも○○は一度も喋らなかった。

 しかし、その日○○は口を開いた。

「なぜここまでしてくれる」

 毎日欠かさず訪れていたレミリアは一瞬驚くが、すぐに落ち着き答えた。

「私がそうしたいから」

「鏡を見なくても分かる、こんな醜い姿になった俺にどうして?」

 それ聞いたレミリア、いつものように、○○の頬に手を当てて慈しむようにそっと撫でた。

「どんな姿になっても○○は○○よ」

「そう…か」

 そう答えると○○はまた深い眠りに付いた。




 そして幾ばくかの年月が流れた。

「フランは…どうしてる?」

 そう聞くと、レミリアは辛そうな表情を浮かべて、とても言いづらそうにしている。


「いい、言ってくれ。どんなことでも受け入れるさ」

「……そう、フランは最近迷い込んできた外来人にお熱よ」

「元気でいるんだな」

「ええ、ただ、やっぱりフランは恋に夢中なだけで…本当に愛というものを知らないから」

「心配だな、俺の二の舞にならないように願うだけだ」

「恨んでいないの? こんな事になって後悔していないの?」

「別に後悔しちゃいないけどさ、一度は愛した人だ、幸せになってほしいとは思う」

「貴方は優しすぎるわ…」

○○の身体のほとんどが人らしい形となっていた。

「ゆっくりとだけど、貴方の体、吸血鬼としてだけど正常な肉体へと変化しているわ」

「このままいけば、あと数年ってとこね」

 生え始めた○○の髪をレミリアは優しく撫でると、その場を後にした。


 だが、レミリアは一つだけ○○に言わなかった事がある。

 フランドールのことだ。

 心が壊れてしまったフランドールは、外来人の男性を見ると、それが○○であると思い込んでしまうのだ。

 しかし所詮別人、次第にフランドールは○○ではない外来人をあっけなく破壊してしまう。

 それではない、○○ではないと。

 それでも○○を待ち続けて地下室から出ようとしない。

 それどころか、狂ってしまった心は、まともな会話も成り立たないのだ。

 ○○が完璧に復活したところで、今のフランドールには吸血鬼に成り果てた○○を○○と認識できないだろう。

 きっと今日も地下室で○○を思って待ち続けているのだから。

 二度と会えない、人間の○○を求めて。





 それから、又、長い年月が流れた。

 フランのいる地下部屋よりも深く、はるか奥底の地下の一室で一人の吸血鬼が眠りから目覚めていた。

「もう、完全に完璧な一人前の吸血鬼ね」

 その言いようが可笑しかったのか、吸血鬼となった○○は小さく噴出した。

「なぁレミリア、ひとつ聞きたいんだが、もうフランに捨てられた俺に、どうしてここまでしてくれるんだ?」

「あら、本当に今更ね、そんなの決まってるじゃない。○○の事を愛しているからよ」

 まるで嘯くようにレミリアは言う。

「…いつから?」

 それを聞き、ただ淡々と○○はたずねる。

「そうね…初めて会った時から、かしら」

 それを○○は、ただ、そうかと一言返す。

「まさかとは思うが、こんな結果になったのはレミリアの思惑か?」

「いいえ、フランと貴方が幸せそうにしているのを見て、そんな気なんて無かったわ」

 寂しそうな笑みを少し浮かべ、レミリアは弱弱しく首を振る。

「貴方が幸せなら、それでいいかなって……結局こんな結果になってしまった」

 まるで後悔し懺悔するかのような、許しを請う幼子の様にレミリアはただ小さく震えた。

「あの日、レミリアが俺にした事は、正直、許せるもんじゃない、憎いという気持ちも心の奥底にはある」

 そんなレミリアの姿を○○は漠然と見つめる。

「けれど、醜い体になって、フランに捨てられて、絶望に満ちた俺を救い上げたのは、レミリア、お前だった」

 しかしギラギラとした目で○○はレミリアの瞳を捕らえた。

「はっきり言って、こんな結末に導いたのがお前じゃないかって疑いもある」

 今や○○の目は赤く濁っており、その瞳の奥には燃えるような強い光を放っていた。

「けれどそれすらも全てひっくるめて、お前が愛おしいという気持ちもある」

 強い光は不意に揺らぎ、優しい光へと変貌する。

「…○○愛してるわ」

 その目を受けてレミリアはついに、自分の奥深くに押しとどめていた気持ちを告白した。

「…ああ、俺もレミリア、お前を愛してる」

 その言葉を受けて、ついにレミリアは、人間だった頃と寸分変わらない肉体となった○○の胸に、レミリアは飛び込んだ。

 背の低いレミリアが○○の顔を見るために見上げる、その瞳には涙が零れ落ちそうなくらい貯まっていた。

 そんな瞳を見つめた○○は、そっとレミリアの頬を撫でると、ゆっくりと顔をレミリアの顔へと近づけていく。

 それに気がつくと、レミリアは目を閉じる、その拍子に貯まっていた涙が零れ落ちていった。

 ゆっくり、そして確実に近づき、そして二人は口付けを交わした。

「不思議なものね、決して得られないと思っていたものが、ここにある」

「不謹慎かもしれないけれど、今、私はフランが貴方を捨てたことに感謝しているの」

「酷い女よね」

「いいさ、それすらも愛すると決めたんだ、たとえレミリアが図った事だったとしても受け入れる」

「ああ、○○。貴方が私をどこかで疑っていたとしても、私はそれでもかまわない、愛しているの」

「俺もだ、レミリア。お前がそうだとしても、俺はお前を愛してる」



 そして○○はレミリアをつよく抱きしめた。

 レミリアは少し痛みがするものの、○○の胸に顔うずめた。




 計画どうりね。



 ○○の胸の中でレミリアは、深く深く笑みを浮かべるのだった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年05月06日 01:31