「親方ー、空から女の子が!?」
俺が何となく空を見上げたのは、雲一つ無い晴天なのに頭上に大きな影がかかったからだ。
まず最初に思い浮かんだのは、ここに迷いこむ前に家族で見たアニメのセリフだった。
「げっ、まずい!?」
俺の頭上をそれてゆっくりと落下する女の子が、このままだと川に落下か、下手すればパラシュート以下の速度とはいえ岩に激突だと気付いた俺は
釣り竿を放り出し、慌てて落下予測地点に入った。
女の子の落下地点は運良く川だったが、このままだと川に転落して流されるのは確実、
自慢じゃないが泳げない俺では、川に落ちたら助けられない
「よし、ここなら」
川に一番近い岩から身を乗り出した俺は、川に落下する寸前の女の子に手を伸ばした。
「よしっ、て…重!?」
完璧なタイミングでキャッチしたと思った俺は、次の瞬間予想外に腕にのしかかった重さに悲鳴をあげた。
40キロも無いと思った女の子が実際には50キロ以上あったからだ。
危うく手を離しそうになったが何とか掴み、そのまま引き上げようとする。
女の子が完全に気絶している今、手を離せば確実に溺死させてしまうからだ。
一瞬手を離しそうになったせいで、既に女の子は半分程度水に浸かってしまったが、○○は何とか岸引き揚げた。
「ははっ…やった……けど…疲れた」
とりあえず女の子を引き揚げた俺は、怪我がないか調べ始めた。
「重い重いと思ったら、原因はこれか」
女の子の首に掛かっていた風呂敷を外そうとして、その異様な重さに気がついた。
軽そうな見た目に反して、どう見ても20キロ以上ある。
「パッと見怪我は無いみたいだけど、かなり顔色が悪いな…しかたない」
〇〇は女の子を背負うと、自分の暮らしてる小屋を目指し歩き始めた。


「ふう、やっとついた」
「あ、〇〇さんお帰りなさい…って、どうしたんですか?その人」
小屋にたどり着いた〇〇達を出迎えたのは大ちゃん事大妖精だった。
「あれ?大ちゃんか、調度良かった。悪いんだけどちょっと手伝ってくれないかな?この子、ベッドに寝かせたいんだけど」
「ええっ!?べ、ベベベッドに…ですか?」
「怪我をしているかもしれないから、とりあえず部屋に運びたいんだ。」
「え…あ、はい、そういう事ですか、わかりました」
大妖精が女の子を寝かせている間に、釣竿と荷物を回収してきた〇〇は、大妖精に判っている範囲の事情を説明した。
「空から…ですか?弾幕ごっこで被弾でもしたのかな…その割にはほとんど汚れてないみたいですけど」
「まあ、そのあたりはいずれ目を覚ますだろうし、詳しいことは本人が目を覚ませば聞いてみようと思う」
「そうですね。それにしてもこの人どこかで見たような…あ、思い出しました」
「何かわかった?」
「前に湖の近くに紅魔館ってお屋敷があるって話ましたよね?そこで暮らしてる魔法使いの人だったと思います。名前はえーと…パ、パチ…」
「パチュリー・ノーレッジよ」
「そうでした。パチュリー・ノーレッジさんです。って、あれ?」
「目が覚めたのか、よかった」
「あれだけ大きな声で喋っていたら嫌でも目を覚ますわ、とは言え助けて貰ったのは事実だし、お礼を言うべきかしら」
「お礼なんていいですよ、それより無事でよかった」
「本当によかったです。これならすぐ帰れますよね」
「…喜んでくれてる所を悪いんだけど、無事と言うわけにはいかないみたい」
「「!?」」
「どうも首を痛めてるみたいですぐには動けそうにないわ、情けない話だけどね」
「あー…そういえばパチュリーさんはえーと…なんであの場所に?」
落下してきたんですか?とストレートに聞かなかったのは〇〇なりに気を使った結果だった、しかし
「そうそう、なんで落ちてきたんですか?弾幕ごっこで負けたんですか?」
「……身内の恥なんて本来は話すべきじゃないのかもしれないけど、もう恥は十分かいてるし、良いわ、話してあげる」

パチュリーの説明によればこうだ。
魔法の森に住む魔法使いの知人が怪我をした事を知ったパチュリーは、
使い魔に見舞いの品を用意させ、魔法使いの家に一路向かったのだが、暫く飛んだ所で急に荷物が重くなり、
風呂敷を首にかけて飛んでいたパチュリーは、首が絞まり息を吸う事が出来ない「無吸」となってしまい、
さりとて空中では荷物を置いて体勢を整える事も休む事も出来る訳もなく「無休」となり、
結局助けを呼ぶ事も出来ずそのまま「無救」となって落下した先で○○に助けられた。と言う事らしい。

「…と言う訳よ」
「なるほど、大変でしたね」
「普段出歩かないからですよ。○○さんがいなかったら今頃川の底で年中むきゅーになってたかもしれませんね」
「だ…大ちゃん?……ま、まあとにかく動けるようになるまでここで安静にしてたほうがよさそうだね」
「…迷惑じゃなければお願いするわ」
「なら私も手伝います」
「それはありがたいけど、いいの?」
「はい、〇〇さんだけだと色々と、大変でしょうから」
それから数日は何事も無く過ぎたかに思えたが、パチュリーが後少しで起き上がれるようになった時、それは起こった。

「おはよう、パチュリーさん、ってどうしたんですそれ」
ある朝、○○がパチュリーを起こしに行くと、パチュリーが頭から血を流してベッドにうずくまっていた。
「む…むきゅう」
「大丈夫ですか?」
「あ、朝起きたらこうなっていたわ」
ちょうどその時大妖精が部屋に入ってきた。
「おはようございます、○○さん、パチュリーさん、って…あは♪どうしたんです?それ?月が突き刺さるって新手のギャグですか?それとも新作のファッション?」
パチュリーの様子を見て笑い出す大妖精。
「大ちゃん、笑ってる場合じゃないよ、薬箱取って来て、早く」
「あ、ハイ、取ってきます」

戸棚のある部屋まで大妖精が取りに行くと、部屋には二人が残された。
「大丈夫ですかパチュリーさん」
「正直かなり痛いわ、体力は人間と変わらないから」
「寝返りをうった時に刺さったんでしょうかね?」
「正直、それは無いわ」
「え?でも人間寝返り位…」
「私は魔法使いよ、今は怪我をしているから取っているけど普段は睡眠はいらないし、それに寝返りをうつような効率の悪い睡眠は取らないもの」
「それは…どういう事ですか?」
「考えられる事は一つね」
丁度その時、大妖精が部屋に入ってきた。
「お待たせしました。○○さん」
大妖精が戻ってくると、それっきりパチュリーは黙ってしまったのでその場はそれだけだったが、異変は始まっていた。


「少し痛いですけど我慢してください」
「痛っ!?…」
「大丈夫ですか?もう終わりましたから」
「これで四度目ね」
「すいません…」
「貴方が謝る事じゃないわ、悪いのは」
「そっから先は言わないでください」
「…そうね、証拠は無いもの」
「でも、信じられないです。あの大ちゃんが…」
「言った傍から貴方が口に出してどうするのよ」
「あ…」
先日の怪我以降、パチュリーは度重なるトラブルで一向に回復しなかった。
何者かがパチュリーの周りだけで悪さをしているからだ。
悪戯の内容事態は大した事は無い、食事の中に胡椒がしこたま入っていたり、飲み物の中にタバスコが入っていたりする程度だ。
大人なら咳き込む事はあるだろうが後には引かない程度の軽い悪戯だ。

しかし被害者はあのパチュリーである。
悪戯の被害に会う度に青くなったり赤くなったりして、その度に寝込んでしまっていた。
当然其のような悪戯を○○がやるわけもなく、状況を考えれば犯人は一人しかいない。
しかし、証拠が無いのだ。
現場を目撃された事は一度も無く、誰かが侵入すれば幾らでも可能な状況でしかなかった。
「言い方は悪いけど、貴方が妖精と同居して無事でいるのが信じられないわ」
「今まではこんな事無かったんです。大ちゃんは他の妖精と違ってすごく大人しくて…いい子なんですよ」
「元々妖精は悪戯好きなものよ。あの妖精は違うとでも言うの?」
「はい、元々俺が幻想郷の人間じゃないのは話しましたよね?俺を助けてくれたのは大ちゃんなんです」
○○自身他の人に話したことは無かったのだろう、詰まりながらも少し前の話をぽつりぽつり話し始めた。
「元々俺、外の世界では虐められてたんですよ。体ばかり大きくて鈍臭いから、格好の的だったんでしょうね」
辛い時代の事を思い出したのか、○○の表情は少し暗い。
「ある日耐えきれなくなって、屋上から飛び降りたんです。そしたら地面に穴…みたいな物が開いたのが見えて」
「ちょっと!それは本当?」
「え?ええ…そうです」
「そう…続けて」
「地面にあいたその穴みたいなものに飛び込んで、気がついたらパチュリーさんを助けたあの川の中でした」
「隙間が開いた時、誰か他にいなかった?」
「どうだったかなあ、いたような気もしますけど、いなかったかもしれません。何かその時に聞こえたような気もしますけどね」」
「そう…良いわ、続けて」
「元々泳げないのに急に川の中に放り出されて、パニック起こしてもがいてた俺を、助けてくれたのが大ちゃんなんです」
「妖精が…人を助ける…ね。咄嗟には信じられ無いわね」
「けど、本当なんです。大ちゃん、俺以上に水を飲みながらも必死に岸まで引っ張って助けてくれて、それで…」
そこで○○は一旦声を詰まらせたが、搾り出すように残りを言い切った。
「それで、俺以上にフラフラだったはずなのに、凄く優しい声で大丈夫ですか?って」
「貴方も助けられたというわけね」
「ええ、助かったのがわかった時、元々死のうとしてたっていうのに助かった事に安心して、大ちゃんに縋り付いて泣いちゃったんですよね、今思い出すと恥ずかしいけど」
「それで、どうなったの?」
「暫くして落ち着いてから事情を話したら、行く所が無いなら私の所に来ませんかって言われて、世話になることにしたんです」
「成程ね…どうやら貴方があの妖精が好きって事はよく解ったわ」
「ち、違いますよ。どうしたらそんな解釈になるんですか!そんなんじゃないってば」
「そう?私にはそうはみえないけど」
「とにかく、もし悪戯してるのが大ちゃんなら、俺がいるうちに止めないと」
出かける準備をした○○は、パチュリーが落ち着いたのを確認すると、椅子から立ち上がった。
「出かけるの?」
「実は、近いうちにここを出ようと思ってるんです。いつまでも世話になるのも悪いですしね」
「……本当にそうかしら?」
「そりゃそうですよ?それに住み込みになるけど住む場所ももう決まってるんです」
挨拶に行ってくるだけだから夕方には戻ると言い残して、○○は小屋を出ていった。
○○が出てしばらくすると、ほんのわずかな音をたてドアが開いた。
「この家の主は貴女なんだから、堂々と入ってきたらどうかしら、姿だけは消せてるみたいだけど音でバレバレよ」
そうパチュリーが告げた途端、バタバタと音がしたと思うとその直後一際大きな音を立てて二人の妖精が姿を現した。
一人は大妖精でもう一人はパチュリーが初めて見る金髪の妖精だった。
「あはっばれちゃいました?上手く気配は消したつもりなんですけど」
「貴女はともかく、隣のそいつがそれだけ荒い呼吸していれば気付くわ」
「まったく、この程度で動揺するなんて、リーダーを自称してても案外使えませんね」
「原因は貴女にあるんじゃないかしら」
もう一人の妖精はよく見ると背中にナイフを突き付けられていた。
「この子は大袈裟なんですよ。仮に深く刺さっても、一回休みになるだけなのに」
「誰だって痛いのは嫌に決まってるわ」
「しょうがないじゃ無いですか、手伝ってって言っても手伝ってくれないんですから」
だから、一回休みにならない程度の苦痛を延々と味わうのと、手伝うのとどっちが良いか選んでもらいました。と悪びれもせず大妖精は言う。
「今までの行動からほぼ結論は出ているけど、一応最後に聞いておくわ」
「なんでしょう?それに、最後とは?」
「仮にも世話になっていたから我慢していたけど、我慢の限界よ。此処を出ていくわ」
「駄目ですよ、パチュリーさんはまだ怪我が治ってないんですから」
「何をふざけた事を…それで、貴女の目的は何?」
「………みんな私から離れて行くんですね、チルノちゃんも○○さんも、けど○○さんは私が傍についていてあげないと」
大妖精は傍らの妖精に突き付けていたナイフをゆっくりとパチュリーに突き付けた。
「彼はここにいないと駄目なんです。けど彼は照れ屋さんですから、彼が此処にいる理由を私が創ってあげないと駄目なんです。パチュリーさんも協力してくれますよね?」
「私がこの状況で素直にハイと言うと思う?」
「一応聞いただけですよ。聞いて貰えないなら無理矢理聞いてもらうまでです」
「調子に乗るんじゃないわ、たかが妖精風情が」
「私をただの妖精だと決めつけるのは感心しませんね、近頃の魔女は浅慮だから困ります」
「魔女に刃を向けた事、後悔するといいわ」
「後悔するのは貴女のほうですよ。私は完璧なんです」
「その自信、粉々に砕いてあげる、下等妖精め!」
パチュリーの周りで色とりどりの石が回り始め、辺りの空気が一変する。
「砕けるのは貴女の存在ですよ、なぜなら私は大妖精なのだから!」



「すっかり遅くなってしまったな」
○○は暗くなった道を早足で歩いていた。
元々○○自身は早く帰るつもりだったが、住み込み予定先の家でご馳走になり、すっかり帰りが遅くなっていた。
「早く帰るって言っていたのに、パチュリーさん怒ってなければ良いけど…あれ?」
家の前まで戻った○○は、灯りがついていない事に気付いた。
「おかしいな、まだ流石に寝るには早い時間だけど」
「お帰りなさい、○○さん」
「うわっ…びっくりした。大ちゃんか」
いつの間にか○○の背後に大妖精がたっていた。
暗くてよくわからないがどうやら大妖精は全身びしょ濡れのようだ。
「大ちゃん濡れてるじゃないか、とにかく家の中に入ろう」
そう言って○○は、暗闇の中大妖精の手を取ると、妙にヌルリとした感触が手に着いた。
疑問に思いながらもそのまま家の中に入った○○は明かりをつけた。
「!?」
部屋の中はおびただしい量の血で染まっていた。
「これは…一体…」
事情を聞くために後ろを振り向こうとした○○は、背中から大妖精に抱きつかれた。
「大…ちゃん?」
「実はですね、○○さんが出掛けている間にパチュリーさんがいなくなってしまいました」
「…え?」
「それでですね、○○さんにはパチュリーさんを探すのを手伝って貰いたいのです」
その時○○は大妖精の両手が、血に染まっていることに初めて気がついた。
頭は両手を外そうと命令を下すが、体は凍りついた様に動かない。
「○○さんは優しいから、パチュリーさんが見つかるまで一緒に捜してくれますよね?」
○○の背後で大妖精が震えていた。泣いているのかと思ったがそうではない、小刻みに肩を震わせて笑っていた。
「クスクス…大丈夫、きっと二人で捜せば見つかりますよ。いつになるかはわかりませんが二人で捜しましょう。クスッ…クスクス…」
大妖精の笑い声は少しずつ大きくなっていく。
まるで別人の声にも聞こえる様な笑い声と血の匂い、そして異常な状況は、○○から意識を奪うには十分だった。
視界が闇に閉ざされる寸前、フラッシュバックの様にこの世界に来た時の出来事を思い出す。

ああ、そうか…この声だ。何か聞こえたとは思ってたけどこう言ってたんだな

見 付 け た わ 愛 し い━━

最後を思い出す前に、○○の意識は途切れた。
最終更新:2011年05月06日 01:35