ある日、お燐が一人の青年を地霊殿に運んできました。
青年の名は○○。死体かと思えば衰弱しているも息はある様でした。
 地霊殿の主、古明地さとりの懸命な介抱によりやがて○○は意識を取り戻します。
彼はさとりを見た瞬間、今まで経験した事のない気持ちを抱きました。

  『萌え』

 表面上は冷静ながら、心中では嵐の如く愛の言葉渦巻く○○に少し引きながらも照れるさとり。
話を聞けば幻想入りしたばかりの様子。さとりは静かに○○に語ります。
 幻想郷、そこで暮らす人と妖怪、そして地霊殿はどんな場所かを。
○○も静かに頷き話を聞きます。内心では酷く驚きながらも興奮していましたが。

 話を終えたさとりは○○に訊ねます。貴方はこれからどうしますか?
博麗神社から現界に帰るか。地上の人里で暮らすか。ここでペットとして暮らすか。
即答。○○はペットとして暮らすことを選びました。迷いのない良い顔で。
 それを承諾した後、まだ自己紹介をしていなかったことに気づくさとり。
自分の名前、何という妖怪か、そして能力は……何故か言えませんでした。

  どうして私は……?

 困惑するさとり。○○は不思議そうにしつつもそれを気にせず流してくれました。
○○を妹と他のペット達に紹介し、部屋で休ませた後。残っていた妹とペット達にさとりはお願いをします。

  ○○には自分の能力を秘密にしておいてほしい。

さとりからのお願いを妹もペット達も了承してくれます。それにほっとする自分自身に驚くさとりでした。


 ○○は口数が少ないながらも、穏やかな笑顔に優しい雰囲気を持つ男でした。
ですが、○○の心は常にさとりへの想いで満たされていました。四六時中囁かれる好きの気持ち。愛の言霊。
 さとりはそれに時々恥ずかしそうな表情を浮かべてしまうものの、気付いていない振りをしつつ共に過ごしていました。
純粋な愛しいという感情。妹からも他のペット達からも向けられたことのないそれにさとりは溺れつつありました。

 しかし、ある日○○の心に自分ではない少女が映ります。少女は○○が最近読み始めた小説のヒロインでした。
現界から流れてきたという小説に夢中になっていく○○。自分だけに向けられていた『萌え』は奪われつつありました。

 震える体を自ら抱きながら涙を浮かべるさとり。
常に浸かっていたぬるま湯が失われた時。そこには寒さに凍える少女がいました。

  取り戻したい。あの温もりを。○○が『萌え』ていいのは私だけなのだから。
  だけど、どうすればいいのだろう。○○から本を奪い自分のことだけを見るように言っても解決にはならないだろう。
  それどころか自分を嫌いになってしまうかも……

 そこまで考えた時、恐怖のあまりさとりは意識を失いました。


 目が覚めたさとり。その瞳に初めに映ったのは心配そうな顔の○○でした。
○○は倒れていたさとりを見つけ、部屋まで運んできてくれたそうです。

 医者を呼ぶためにさとりの部屋から立ち去ろうとする○○。その服の裾をさとりは無意識に掴んでいました。
初めて見る不安げな仕草。涙目の上目遣いで自分の名を呼び、遠慮がちに掴みながらも服の裾を決して離そうとしないさとり。

 その時、○○に電流が走ります。
 かつてない『萌え』の爆発でした。
 
 愛の奔流に幸福のあまり絶頂を迎えそうな中、さとりは悟りました。

  そうだ。私に○○が『萌え』るんじゃない。私が○○を『萌え』させるんだ。

 
 その日からさとりの○○攻略が始まりました。○○の心の中にある数々の『萌え』ポイント。そこを的確に狙い打つさとり。
さとりの猛攻に○○が萌え殺されるのも時間の問題。○○の心はさとりに埋め尽くされつつありました。

 朝も昼も夜も○○からの『萌え』を独占し、幸せになったさとり。

  幸せであるはずなのだ。自分は○○で。○○は自分で満たされている。
  ……本当にこれでいいのだろうか?
  ○○は古明地さとりに『萌え』ているのではない。偽りの古明地さとりに『萌え』ているだけだ。
  ○○は自分の能力も知らない。知れば私のことなんて……!

 さとりはようやく理解しました。自分が○○に能力を隠した訳を。それは簡単な理由でした。

 ○○に嫌われたくない、自分を愛して欲しかったのです。


 さとりはもうどうすればいいのかわかりませんでした。
さとりは泣きました。子供のように声を上げて泣きました。
 
 泣きじゃくるさとりの声を聞き、慌てて○○が駆けつけてくれました。その胸に思わずさとりは飛び込んでしまいます。
さとりは涙ながらに語りました。
  
  騙していてごめんなさい。嘘を吐いてごめんなさい。私は貴方に好かれるような妖怪じゃない。

 ○○はさとりを宥めつつも静かに頷きながら話を聞きました。
途中で驚いたり照れくさそうにしながらも最後まで口を挟もうとはしませんでした。
 
 やがて真実を語り終えたさとりを○○は黙って抱きしめました。

 ずっと欲しがっていた温もりに抱かれたさとりの中に○○の心が流れ込んできます。

  自分を好きになってくれて嬉しい。
  心が今まで読まれていたのは恥ずかしいけど、そんなことでさとりを嫌いになったりしない。
  もし今まで騙されていたとしても今の自分のさとりへの想いに偽りはない。
  愛してる。心の中でならさとりにだけ伝えられる。他の誰にも聞かせない君だけへの言葉。君だけへの想いだ。

 さとりは涙を流しながら○○を強く抱き返しました。幸せの涙は三つの目から止めどなく流れ続けました。



 おまけ

 ○○さんが読んでいた小説のワンシーンを再現します。
 
 そんな理由で夜にさとりの部屋に呼び出された○○。
 どのシーンか分かりませんが、○○の心に強く残っていたワンシーンだそうです。
 
 さとりの部屋の前に着いた○○。ドアをノックすると緊張した様子の声で入室を促されます。
 内心ドキドキしながらドアを開ける○○。
 
 そこには黒猫がいました。いえ、黒猫に扮したコスチュームを纏ったさとりがいました。

  きょきょ今日は貴方がご主人様…にゃん♪

 恥ずかしげに頬を染めつつも猫の様に鳴き声をあげるさとり。○○は穏やかな微笑を浮かべながら鼻血を吹き出しました。
 さとりの○○攻略はまだ続いていました。二人の愛にエンディングはないのです。

 
                 おわり

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最終更新:2011年05月06日 01:37