虐めという行為は、何も人間だけに行われる行為ではなく自然界でも多く見かける行為である。
まるで自分の行動を正当化するような言葉だが、
誰だって不満のはけ口を必要としている訳で、たまたまその対象が重なっただけの事なのだ。
あの天狗が私を付け回すような行動をするのは今に始まった事じゃないし、
彼がそれに気づくのも時間はかからなかった。
「ねえ、文。
あそこからずっとこっちを見てる人は何かあるのかい?」
「ああ、アレですか。
別に何もしませんし、問題もありませんよ。
キモチ悪いと思いますけど我慢してくださいね」
いつもの通りに私は嫌悪感をわざとらしく隠しながら気に留めないフリをした。
そもそもあんな奴が彼に我慢を強いる事自体が不快なのだが。
「何もそこまで言う事は無いだろうに」
彼は顔をしかめて私にそう言った。
「あやややや、これは失礼。
まあ不仲なもんだとでも思っておいて下さい」
全く持って不愉快である、折角の良い雰囲気をアイツなんかに崩されるなんて。
家に連れ帰ろうと思っていたが彼が不機嫌になりつつあったので今日は別れる事にした。
普段なら山を下るまで着いて行く所だが、今日は取材があると嘘を吐いて一人で帰ってもらう事にした。
……まぁ彼自身は立場上名前が知れ渡ってるし、わざわざ襲うような妖怪も居ないだろう。
それよりも、
「羨ましかったんですか?嫉妬したんですか?
人が折角楽しんでいる所を露骨に壊すなんて大した趣味ですね」
はたては黙って上目使いで、睨むようにこっちを見続けている。
不気味なのはその目に悪意が籠っていない事。
相変わらずに好機と好意を交えたような様子で、
それでいて睨むようにこちらを見てくるのだ。
そして一言も喋らない、あるいは喋れないのだろうか。
コイツは会話やコミュニケーションを携帯電話に頼り切っている。
いつだったか電池が切れた時は気が狂ったように暴れていたっけか、部屋の中で。
まあ、元から狂ったような奴だが。
「謝りもしないどころか一言も喋らないんですか?
私は貴方のせいで不快な気持ちになったからなんとかして下さいって
そこまで言わないと分からない位コミュ障でしたか?
楽しいでしょうねえ空言の関わりは、自分が迷惑をかけても文句も言われない」
手を振り上げた所ではたてがビクッと固まったが、
殴る気も失せる、どうでコイツは殴った方がヘラヘラして余計に気持ち悪いのだ。
「二度とあの人に近寄るな」
「文は、なんであの天狗を虐めるんだい?」
次に彼と会った時に聞かれた。
まさか彼の方から話題にしてくるとは思わなかった。
「ああ、まあ、色々とありましてね、私も」
「割と有名になってるみたいじゃないか、文がはたてに辛く当たってる、
はたてはそれでも文を追いかけてる、変な関係だってさ」
気まずい?いや、面倒臭さと不快感しか生まれない。
彼と一緒のひと時をあいつに介入されたくない。
「それで、何がしたいんですか?」
あくまで調子を崩す事なく淡々と私は返した。
「何もしないさ、ただ文が悪く言われるのが気に障っただけさ」
「それなら気にしないで下さいとか返せませんよ、お互いああいう関係の持ち方で妥協してるんですから」
「でもそれじゃあ文が……」
心配してくれてるんですか?と言おうとして言葉を飲み込んだ。
「まあ……お互いの為になりませんし、この話はここまでにしましょう」
そう言って話を早々に切り上げ、二人の時間を満喫した。
ふと話の途中で彼が携帯電話を取り出した。
そういえば外界では一般的な道具だったか。
「む、私と話しててそんな物に気を取られるとは良い度胸ですねー?」
「あはは、ちょっと見るだけだから勘弁してよ」
そう軽く言い合って収めた。
その道具が通信機器という事を私は知っていたし、
電波なる物が存在しない幻想郷で連絡を取れる相手は数少ないのだが。
私はそれに気づかなかった振りをした。
とても嫌な、別の事に気づいてしまいそうな気がしたのだ。
はたてを見る事が減った。
家に閉じこもってくれているならありがたい事この上無い。
顔を見るだけで不快だし、彼と二人で居る時に見かけるとまず気を掛けられて不愉快になるだろう。
彼が携帯電話を見る事が増えた、誰かと細かく連絡を取っているようで、
話の途中に目を離すような失礼な事は滅多にしないが、やはり目に余る。
不快感が疑念に変わるのに時間は掛からなかった。
「ねえ、あなたはいつも」
なんとなく、だ。
時間を確認するつもりだったか、写真でも見ていたか。
彼の理由はどうでも良いのだ。
「誰と、連絡を取り合ってるんですか?」
彼が携帯電話を隠さないように腕を強く掴む。
自分の表情なんて確かめようがないが、私の顔を見て彼は驚き固まってしまった。
「いや、これは」
「ボタンをいちいちピコピコ押して、何をやってるんですか?
私に隠さず説明できる事なんですか?」
私への充てつけですか、とまでは言わなかった。
ただ彼は、目を逸らし申し訳なさそうな顔をしただけだった。
私は黙って電話をとりあげた。
一瞬の出来事に気づき取り返そうとする彼をそのまま壁に押さえつける。
そのまま画面を覗こうとして、一つ考えたのだ。
もし誰かと連絡を取っていたら、私は何をするべきなのか。
自分の直感が正しかったのか、それとも彼を信じるべきだったのか。
携帯電話には文章の通信記録が残っていた。メールという奴か。
そして文章の宛先の名は、姫海棠はたてだった。
決定的な証拠だった。
推論はいくらでも考え出せる、普段記事を書く私なら尚更だ。
それでも、私は宛先の名を見て一つのシナリオしか思いつかなかった、
いや、信じられなかったのだ。
「……どうして?」
言葉が続けられない、そもそも誰に宛てて言ったのかすら分からない。
淀んだ感情の塊は、小さな言葉にしかならなかった。
それも、真っ黒な。
「私よりあの引きこもりの方が好きって事なんですか?」
「違う……」
そう、違うんだ。
信じてないのは私なんだ、彼はこうして私に会ってくれてるし、
そもそも関係を迫ったのも私なんだ、悪いのは彼なんじゃない、
でも、
彼を壁に押し付ける力は少しづつ強くなる。
「じゃあ何がしたかったって言うんですか」
ああ、そうだ、そうなんだよ。
それこそ私は一体何がしたかったんだ。
付きまとうはたてを一々追い返したり、いたぶったり。
あの時までは歯牙に掛けるでもなく無視していたじゃないか。
なんで彼を信じているのに、悪者に仕立て上げようとするのか。
私に負い目を感じてこちらに靡いて欲しいのか。
他人に依存を求める事もまた依存ではないのか。
そして私は、その事に気づきたくなかっただけなんじゃないのか。
「……馬鹿馬鹿しい」
自分の言葉がすべて自分に帰ってくるのはもう諦めた。
私もアイツや彼と同じように、やりたい事をすればいいのだ。
「そんなに引きこもりの事が好きなら」
携帯を手放し、手を彼の首に添える。
「その期待には応えますよ」
天狗と人間じゃ力は比べられない、
暫く軽く絞めれば意識は失うし障害も残るだろう。
首を絞める内に気を失った彼を引き摺って家に入る。
もう聞こえちゃいないけど、私はそっと呟いた。
「私たちはお互いに依存しあってるんですから」
……それが私の望みなのだ。
気色悪いとタカを括っていたものの、
私もまた依存を求め他者に自分を求めている事に気づかなかっただけなのだ。
「哀れにも自らの望みすら見つけられないまま、同族嫌悪を認めなかったって事ですかねえ」
そして望みは叶ったのだ。
アイツは相変わらず不気味な表情で私を見つめ続けている。
半身不随で文字通り家に引きこもる事しか出来なくなった彼は、
唯一の情報源である私に依存しつつある。
繋がりが無くなるのが怖いのだ、もう携帯電話も破壊したから私だけの繋がりだけど。
全て私の思い通りなのだ。
それに甘え依存しているのは私だけど。
最終更新:2011年05月06日 01:44