ふとしたきっかけで付き合いの出来た藍さんから話を聞いた事がある。
狐の嫁入りを見てはならない。嫁入りを見たモノを狐は絶対許さないからだ。
「ほう、人間の活動写真でもそのような展開になっていたのか」
「ええ、有名な映画監督が撮った作品で見ました。神秘的でしたけどやっぱり怖い感じでしたね」
あの好奇心猫を殺す真似をした少年が、果たして生きて帰れたのかどうか。
迂闊な好奇心は最悪な結末を招く、という教訓は得たというべき映画だった。
「ははは、でも、俺は大丈夫ですよ。見るなと言われたら絶対見ません」
「……いや、ちょっとは見たくはないのか?」
「見ませんって、大事なお式だから見られたら怒るんでしょ? 絶対見るような真似はしませんて」
「いやいや、そこは見るな見るなと言われたら逆に好奇心をそそられるとか」
「いやいやいやいや、見ませんよ」
「いやいやいやいやいやいや、押すなよ、と言われたら押すのがギャグの基本だろう」
「何の話をしてるんですか」
その日、藍さんはかなりしつこく食い下がっていた。
何やら湿り気のある目でしつこく食い下がり、ひたすらに否定したのだが……。
「……」
天井の雨戸を僅かにずらす。
空は晴れていて……雨が降っていた。
気配が近付いて来たので素早く締めて居間に戻る。
閉じた障子の向こうには、幾つもの提灯の灯りがゆらりゆらりと揺れていた。
俺が自宅である小屋から出られぬようになってから既に3日。
職場にも行けず同じ外来人の仲間達にも逢えず人里にも行けず。
それは今現在、俺の小屋をグルリと包囲している行列らしい存在の所為だ。
「狐の嫁入りを見た者は狐の怒りを買う……って、なんで何日も包囲し続けるんだよ!
これじゃあ、どうしても見ろと言わんばかりじゃねぇか!」
藍さんの仕業だ、きっとそうに違いない。
俺は抗議の声を張り上げようとし、
「おりゃあああああああああ!!」
戸を突き破って侵入してきた白無垢姿の藍さんにのし掛かられた。
「あっはははは、見たな、○○、お前見たな、狐の嫁入りを見たぁぁなぁぁぁ!?」
「見てません見てません三秒ルールで一秒しか見てないから問題ありません」
「食い物ルールは関係ないぞ! フフフフフ、禁忌を犯したお前には罰を与えねばなるまい」
そう言いつつ自分の白無垢を一瞬で脱ぎ捨てた藍さんは、伸ばした爪で俺の服をビリビリと破りはじめた。
俺は尻尾を逆立てた彼女の迫力と濁った色欲に満ちた眼光に押され、ただ裸に剥かれるだけだった。
「罰とは一生私の夫として尽くす事だ! まずは子作りからだ!!」
見てはいけないものの筈なのに、強制的に見せに来て罰を与えるとか言うのは無茶苦茶だよなぁ。
自分の上で動き始めた藍さんの熱に包まれながら、俺は理不尽だなと他人事の様に思っていた。
最終更新:2011年05月06日 01:47