「○○さん、まだ掃除が終わってませんが……」
「少しぐらい休めよ。お前は働きすぎなんだ」
「幽々子様に叱られちゃいますよ」
「ちょっとぐらいなら平気さ」
「もう。でも温かいです……」

そう言って縁側でイチャついてる○○と妖夢。
まったく、私が目を離すとすぐにこれなんだから。
お望み通り叱ってあげようかしら。
でも2人共とっても幸せそうね……。
ここで邪魔したら私が悪者にされそうだし、やっぱり放っておこう。
……それに、いつまでも見ていたら気が気でなくなりそうだし。

幸せそうに寄り添う2人を尻目に、私はその場を後にした。


○○と妖夢が付き合い始めたのはいつからだろう。
付き合う前から2人は仲が良かったから、想い合うのに時間はかからなかったように見える。
それに○○って結構積極的みたいだし、奥手な妖夢には相性が良いみたいね。
従者が幸せになってくれるのは主としても嬉しいわ。

そうやって無理やり自分に言い聞かせる。
……まったく、従者の恋人に惚れるなんてね。
静かにお茶を啜って溜め息を吐く。
この想いは決して届かない。
○○の瞳には妖夢しか映ってない、それは分かっているのに。
それでも諦めきれないなんて、未練がましいにも程があるわ。

きっと諦めきれないのは――方法が1つだけあるから。
それは○○を私の能力で殺し、幽霊となった彼を操ること。
私の持つ力なら今すぐにでも可能だ。
しかし、それだけはしてはいけない。
私の我儘で2人を引き裂くなんて絶対にしてはならない。
妖夢を悲しませることだけはしてはならない。
そもそも、そんなことをしてもきっと幸せになどなれない。偽りの想いなんて虚しいだけだもの。

でも、それでも胸の内に生じた黒いモヤ――あるいは本心か――が訴える。
○○が欲しい、○○と一緒になりたいと。
○○に抱きしめてもらいたい、口付けも、名前も呼んで欲しい。
今すぐにでも○○を私のものに、私だけのものにしたい!
どうして私じゃなかったの? どうして私じゃダメなの?
幾度となく繰り返した自問自答。もちろん、誰も答えてなどくれない。
ああ、自分がこんなに嫌な女だとは思わなかった。
勝手に横恋慕して、勝手に恋人を奪おうだなんて! 横暴にも程がある!!
これでは主として失格だ。あまりにも幼稚で、自分勝手で情けない。

それからずっと私は自己嫌悪と欲望に板挟みにされたままだった。
気付けば時間だけが過ぎており、味を感じてなかったお茶は既にぬるくなっていた。
外に顔を向けると沈みかかっている夕日が見える。つまり夜の帳が下り始めたのだ。
今頃2人は仲良く並んで夕飯を作っているのだろう。
きっと、その姿はまるで新婚のようで――私が立ちいる隙間などひとかけらもない。

いっそのこと、生まれ変わって何もかも忘れたい。
○○への想いと同時にこの黒いモヤごと全て消してしまいたい。
でも私は成仏することが出来ない。
私は亡霊なのに生前の記憶を持っていない。だから残した未練すら分からない。
それを思い出して晴らさない限り、消えることすら叶わない。だからこの苦しみはずっと続いていく。
私が○○を想わなくなるその日まで未来永劫に――

ねぇ○○。貴方には妖夢しか見えてないのは分かってるの。
だけど、だけど、ほんの少しでも良いからその瞳に私を映してくれないかしら。
私がどれだけ貴方を想っているのか、ほんの僅かでも良いから伝えたいの。
このままだと私は貴方を殺してしまうかもしれないのよ?

だから、だから、お願い。私が内に潜む影に飲み込まれてしまう前に――
貴方を想うが故に壊れてしまわぬ前に――

「助けて、○○……」


言葉は、誰に届くこともなく朽ち果てた。

「浮きながら消ぬる泡ともなりななむ流れてとだに頼まれぬ身は」


零れた涙は暗闇に消えていった。

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最終更新:2011年05月06日 01:51