「〇〇~♪」
「よう、ルーミア!」
私はルーミア。宵闇の妖怪。
最近、彼氏が出来た。
名前は〇〇、普通の人間だけど、私にとっては何よりも大切な人。
ただ、言う勇気が無くて、私が妖怪である事はまだ言ってないけれど。
暖かい昼下がりの森の中、二人っきりで寄り添い合って、のんびり過ごす。
これに勝る幸せは無いだろう。
私には、彼がいれば、それだけでいい。
「〇〇、大好きだよ?」
「ああ、もちろん俺もルーミアが好きだ。ずっと一緒にいたいと思ってる。」
「…えへへ、私も。」
他は、誰も、要らない。

けれど、
「おーい、〇〇―!」
〇〇は、
「ん?…ルーミア、ちょっと待っててくれよ…何ですか、親方―!?」
そうではないらしい。


ねえ、何でそっちを向いているの?
そっちに私はいないでしょう?
こっちを、向いてよ。
私を、見てよ。
私には、あなただけなのに。
ねえ…ドウシテ?


…ああ、そうだ。
それなら、彼にも、私しかいないようにしてしまえばいい。
そうすれば、きっと。
ワタシダケヲミテクレル。



「これで4人目…か。」
俺は〇〇。里に住んでいる元外来人だ。
今は、少し、自分の家で考え事をしている。

最近、ルーミアというとても可愛い彼女ができて、浮かれてた訳だが。
ここ最近、里の人達が襲われる事件が多発しているのだ。
しかも、俺の周りの人達ばかりが。
里の人達は、皆口々に森に棲む妖怪の仕業だと言っている。
今のところ、死者は出ていないが、このままにしておく訳にもいかない。
何せ、森にはルーミアがいるのだ。
このままにしておけば、何時ルーミアが襲われるか分からない。
そう思った俺は、居てもたってもいられず、行動を開始した。


まず、博麗の巫女から、破魔の札を貰ってきた。
有効な武器になるだろうし、万が一駄目だったとしても、隙ぐらいは出来るだろう。
次に、阿求さんが書いた幻想郷縁起を読むことにした。
もしかしたら、今回の騒動を起こした妖怪の情報があるかもしれない。
「さて、妖怪はこの辺…えっ?」



〇〇から呼び出された。
真夜中の森の中、いつも二人っきりで過ごす場所に。
何でも、大事な話があるらしい。
「…ルーミア。」
「なぁに?〇〇。」
何だか、とても真剣な表情。…もしかして。
「お前…妖怪、なのか?」

…ああ、予想が当たってしまった。
何時かは言わなければならなかった事だけれども。
「…うん、そうだよ。」




「…うん。そうだよ。」
俯いて、彼女はそう答えた。
…何て事だ。ルーミアが、妖怪、だったなんて。
人間を平気で殺し、喰らう、彼女がそんな存在だったなんて。
幻想郷縁起でそれを知った時は、まだ半信半疑だった。
冗談であって欲しいと、そう思っていた。
けれど、現実は、非情で。
思わず叫びそうになるが、堪える。
まだもう一つ、聞かなければならない事がある。
彼女が妖怪であるのなら、もしかすると。
せめて、この予想は外れていて欲しい、と心では思いつつ尋ねる。
「なあ、ルーミア。…最近人間を襲っているのは、お前なのか?」


するとルーミアは、顔を上げて、こっちに近づきながら、喋り始めた。
その表情は、満面の笑顔。しかし目は濁っている。
その様子に、強い違和感を感じる。

「そうだよ?それがどうかした?」
「…どう、して?」
…これは、誰だ?
「だって、〇〇ったら、最近、他の人間の事を見てばかりだったじゃない。」
ルーミア?いや、違う。
「だから、私の事だけを見てもらう為に、壊したの。〇〇と私を隔てる障害を。」
今、俺の目の前にいるのは。
「〇〇は私を好きだって言った。なら、私の事だけを見るのが当然なのに…」
紛れもなく、
「これに懲りたら、今度からは余所見はしないでよ?」
『宵闇の妖怪』だ。
「それじゃあ、一緒に…」



「来るなっ!」
…どうして?何でそんな事言うの?
そう思いながらも、一歩踏み出す。
〇〇は、一歩下がった。
「信じて、いたのに!それなのに、妖怪であることを隠し、しかも、俺の周りの人達を襲って!」
確かに隠し事は良くなかったかもしれないけれど、
愛し合っていれば、お互いの種族なんて大した問題じゃない。
そして、〇〇と私は愛し合っているのだから、他の物は要らない。
なのに、どうして〇〇は怒っているの?
…そうか。〇〇は余所見をし過ぎて、少しおかしくなってしまったんだ。
だから、
「もう二度と、姿を現すな…!」
こんな事を言って、愛している筈の私を、拒絶する。


仕方ない。〇〇が嫌がると思って、あまり気が向かなかったのだけど、
暫く、私の家で、〇〇と二人っきりになることにしよう。
少し、〇〇は嫌な思いをするかもしれないけど。
でも、大丈夫だよね?
愛している私と一緒なんだから。




「……」
さっきから、不気味な沈黙が続いている。
ルーミアは俯いたまま、動こうとしない。



ルーミアは、きっと、俺の事を食糧としてしか見ていなかったのだろう。
今までのは全て、俺を騙す為の演技で、
実際は笑顔の裏で、俺を、何時、どうやって食べるかを考えていたのだろう。
里の人達を襲ったのは、どうせ、食べようとして、失敗したのだろう。
何故なら、ルーミアは、妖怪。
平気で人間を殺し、その肉を喰らう存在なのだから。

けれど、悲しくも思う。
ルーミアと一緒に過ごしてきた、あの暖かい日々。
あれが、全部偽物だったということが、だ。



「……」
ルーミアは未だ動く気配を見せない。
今のうちに里に戻ろうと後ろを向こうとした時。

「…ゴメンネ。デモ、シカタナイヨネ?」

「…っ!」

ルーミアが、襲いかかってきた。

俺は、巫女から貰った札をルーミアに投げつけ、
その隙にそこから去った。
後ろから悲痛な叫びが聞こえてくる。
「〇〇!待って!」
無視しながら、走って逃げる。
もう、騙されはしない。もう二度と。




〇〇が、行ってしまった。
どうして…いや、決まっている。
私が〇〇を怒らせてしまったからだ。
何で〇〇は怒ったのか、それはまだ分からない。
けれど、私が〇〇を怒らせてしまったのなら。
謝らないと。
そう思って、私は〇〇を探すことにした。




「…本当にいいの?あなた、大分幻想郷を気に入っていたみたいだったけど?」
「ああ、構わない。」


あんな事があった以上、ルーミアは俺の事を付け狙うだろう。
それは、俺だけでなく、俺の周りの人達も危険に晒されるということ。
何かあってからでは遅い。
そう思った俺は、この幻想郷を出ることにした。
その為に、妖怪が力を発揮しにくくなるであろう昼間に、
この博麗神社に来た。
里の人達にはすでに別れを告げてきた。
ただし、詳しい理由は言ってはいない。
突然の事だったので、少し騒ぎになったりもしたが。
大分長い間住んでいたが、外界に戻っても、まあ、どうにかなるだろう。
ルーミアは…いや、気にする事じゃないな。
ただ、心の中には、ルーミアを信じる気持ちもある。
だから、ルーミアを退治してもらう訳ではなく、俺が出て行くのだ。
…何を考えているのだろう。
自分を喰おうとしていた奴を気遣うなどと…


…どうやら準備が出来たようだ。行くとするか。




「ここにも、いない…」
〇〇が行ってしまってから1週間。
どこを探しても〇〇が見つからない。
二人っきりでいつも過ごしていたあの場所は勿論、森の中全域も、
夜の内に里の中だって探したのに。
殆ど飲まず食わずで探し続けているからか、だんだん視界がぼやけてきた気がする。
今が昼か夜かも、よく分からなくなっている。
本当に、〇〇はどこに行ってしまったのだろう…
ん?あれは…人間?
ちょうどいい。〇〇の事を聞くとしよう。
人間を装って、その人間に近づく。
「ねえ…」
「ん?何かな?」
「〇〇って人知ってる?知ってたら、どこにいるか教えて欲しいんだけど…」
「え、〇〇?あいつなら、5日程前に外界に帰るって言って里を出て行ったぞ?」


「え…」


心臓が撃ち抜かれたような感じがした。
そんな、〇〇が、外界に?
そんな、そんな。
なんで、なんで。
ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ。
ウソダ…ウソダ…
ウソダッ!

ズシャッ…


「…あ。」
いつの間にか、目の前にいた人間は消え、代わりにアカイ肉塊が転がっていた。
私の手には、それと同じ色の液体が。



「…あははっ。」
ああ、やはり私は妖怪なのだ。こんな風に、人間を殺す事しかできない。
それでも…
「私は、〇〇とずっと一緒にいたい。」
そう、それは変わることはない。
だけど、もういい。
〇〇が私を拒絶し、私から逃げるのならば、どんな手段を使ってでも、〇〇を捕まえる。
…その為にも、まずは。



チュンッ!
「くっ!」
『楽園の素敵な巫女』博麗霊夢は、弾幕ごっこをしていた。
本来ならば、無傷で倒せるような相手と、である。
しかし、今回は様子が違っていた。
(…何でこんな奴に…!)
苦戦しているのである。
本来ならば楽に勝てる相手、
「そーなのか―?」
『宵闇の妖怪』ルーミアに。
「夢符『二重結界』!」
「甘いわねっ!」
いつもならば、もう霊夢が勝っていてもおかしくはない程の時間が経っている。
しかし、ルーミアは倒れていない。
それどころか、逆に、霊夢を追い詰めているのだ。
「闇符『ディマーケイション』!」
「しまっ…!?」


そして、長い戦いは終わり、
ルーミアが勝利を収めた。




やった。
紅白巫女に勝った。
いつもは負けてしまうのに、今回は勝てたんだ。
けれど、今重要なのはそこじゃない。
これで、
「じゃ、私が勝ったんだから、言うこと聞いてね?」
ようやく、
「私を外界に行かせて。」
〇〇に会えるのだ。


「…バカ、言ってんじゃないわよ…出来る訳ないでしょ?妖怪を外界に、だなんて。」
何を言っているのだろうか、この巫女は。
負けたら相手の言うことを聞く、というのは自分で決めたことだろうに。
…仕方ない。もう少し、痛い目を見てもらうと…

ズガ…ッ

…っ!?
突然頭に衝撃が走り、意識が薄れていく。
ダメ…こんな所で…っ…
…〇、〇…



「大丈夫かしら、霊夢?」
「何の用よ、紫…」
「あなたがボロボロだから、助けに来てあげたのよ。それにしても、ただの妖怪に負けるなんて…」
「…うるさい、わよ。」
「それで、この妖怪どうするの?あなたを倒す程、となると放っておくわけにはいかないわよ?」
「好きに…しなさいよ…」
「そう、それなら…スキマにでも封印しておきましょうか。」

…ここはどこなのだろう。
一面紫の空間が広がっていて、そこここに目のような物がある。
…確か私は…
「あら、お目覚めかしら?」
突然目の前に裂け目が出来たと思ったら、そこから、紫色の服を着た胡散臭い女が現れた。
「…誰?」
「私は幻想郷を管理する者、八雲紫。あなたは?」
八雲紫…聞いたことはある。何でも、最強のスキマ妖怪だとか。
「…私はルーミアよ。それで、ここは何処なの?」
そうだ、私は早く〇〇の所に行かなければならないのだ。
それなのに、こんな所でのんびりしている訳にはいかない。
「ここはスキマの中よ。此処の結界にあなたを封印したわ。」
「封印!?」
そん、な。
封印ってことは、此処にいるしかなくなる訳で、それはつまり、
〇〇に会えなくなる事を、意味している。
「あなたは霊夢を倒した。」
「理性と、強大な力を制御する術を持つ大妖怪や神ならまだいいわ。」
「けれど、ただの妖怪がそこまでの力を持つということは、それだけで幻想郷を歪めかねない。」
「だから、封印させてもらったわ。」
「一応、この結界の中では、お腹が空いたり、年を取ったり、なんて事は無いようにしてあるわ。」
「じゃあね、ルーミア。まあ、千年位経ったら出してあげるわ。」
呆然としている私に対して、言うだけ言うと、
女、八雲紫はさっさと さっきの裂け目を開いて、その中に入っていってしまった。

〇〇は、人間だ。

千年経って、私が解放される前に、〇〇は死んでしまうだろう。
つまり、もう二度と、〇〇には会えない。
話したい事が、一緒にしたい事が、謝りたい事が、沢山あるのに。
そんなの…


「嫌だ…!」


それなら、嫌なら、どうすればいい?
…決まっている。今までと同じように、
障害は、壊すだけ。
それで、何の不都合も、無くなる。

「待っててね…〇〇。」




「こうなる位なら、もっとしっかりとした結界を張れば良かったのかしら…」
八雲紫は悩んでいた。
一ヶ月程前に封印したルーミアが、何度も結界を破ろうとしているからだ。
最初は大したことは無いと放っておいていたのだが、
何故か、ルーミアの力が次第に強大になっていき、
最近では、一日に一回以上は結界を補修しないと、封印が解けてしまうまでになっていた。

「あの時はとにかく早く封印する事が最優先だったしね…」

それを解決するには結界を張り直すのが一番なのだが、
その為には一度結界を解除する必要があり、
その隙にルーミアは脱出してしまうかもしれない。
かといって、このまま行くと、結界がそろそろ完全に破られてしまう。
補修するのももう限界なのだ。
ルーミアを消す…いや、あれだけ強大な力を持った彼女を消せば、
少なからず幻想郷にも影響が出る。
そもそも、どうしてただの妖怪であった筈のルーミアがあれほどに強くなったのだろうか。
精神に重きを置く妖怪は、その精神によって強さが大きく左右される。
ならば、ルーミアの精神はかなり強い物となったのだろう。
しかし何故…


そこまで考えると、ふと、ルーミアがいつも口にしている名前が紫の頭を過ぎった。
「〇〇、ねぇ…。もしかすると、そいつに逢いたいが為に、結界を破ろうとしているのかしら…」

その時、一つの考えが浮かんだ。

時間は、無い。
いい方法も、思い付かない。
なら、これしか無い。

そう思った紫は、一か八か、その考えを実行に移す事にした。




「ハァ…」
俺が外界へと戻って来てから、一カ月半。
最初は、凄まじかった。
『神隠しの被害者が帰って来た』なんて報道され、
マスコミにもみくちゃにされた。
両親には、泣かれたり、叩かれたりした。
何処で何をしていた、というのは、流石に本当の事を話すわけにも行かず、
その間の記憶が一切無い、という事にしておいたが。
まあ、そんなのはもう終わり、今は静かな一人暮らしだ。


ただ、こうして一人でいると、ふと幻想郷での出来事を思い出すのだ。
そして、その中にはルーミアとの思い出も沢山あった。

二人っきりで何をするでも無く寄り添った事。
一緒に美味しい物を食べに行った事。

けれど、一番頭から離れないのは。

「〇〇、待って!」
最後に聞いた、あの悲痛な叫び声。

それらを思い出す度に、自分を戒める。
あれは全て俺を喰う為の演技だったのだ、騙されるなと。

けれど、何時も、それと同時に疑問が出てくる。
あれらは本当に演技だったのか、と。

「…止めた。意味無いしな。」

そう、今頃そんな事を考えても意味は無い。
俺は既に幻想郷から逃げ出したのだから。

ただ、もし、もう一度ルーミアと逢ったなら、その時は。
ルーミアにその真意を聞いてみることにしよう。
…勿論、そんな事があるわけが無いが。
そんな事を考えながら、布団に入って、そのまま寝た。




目が覚めると、俺は妙な所にいた。
なんせ、何処を見渡しても紫、紫、紫。
そして、今の状況について暫く考えた結果、
「…ああ、夢か…」
そう結論を出した。
俺は自分の部屋で寝ていた筈だからな。


そんな事を考えていると、


「〇〇…?〇〇なの…?」


突然後ろから声がした。
振り返ってみると、そこには、

「…ルーミア…」

ああ、何て都合のいい。
逢えたなら、そう思った途端に逢えたのだから。
例え、夢の中であったとしても。

「なあ、ルーミア…」
「っ…何…〇〇…?」

夢だと分かっていても。

「…お前は…俺を喰う気だったのか…?その為だけに、ずっと俺と一緒にいたのか…?」

それでも、聞かずにはいられなかった。

「そんな訳無いっ!私は…私は、〇〇の事がずっと好きなのよ!?なのに…」

「どうして…そんな事言うの…?やっぱり、〇〇は、私の事…」


あの時と同じ、悲痛な叫び。そして、とても不安そうな目。

けれど、そこにいたのは間違い無く、

俺の好きになったルーミアだった。


「…ごめんな。お前が妖怪だって知って、俺、お前の事信じられなくなってた。」

ああ、何て都合が良いんだろう。

「けど…そうだよな。例え妖怪だったとしても…」

この夢も、そして、

「お前は、ルーミアだもんな。俺の、好きになった…」

俺自身も。


この夢が、現実になったら…

そう思いながら、俺の意識は薄れていった。




「〇〇っ!」
急に倒れた〇〇を抱き起こす。…寝てるだけみたい。
ああ、それよりも。
また、〇〇と逢う事が出来た。

結界が緩んだからそこから結界を壊そうとしたら、そこに〇〇がいた。
最初は幻影かと思ったけれど、今こうして触れているのだからそんな事はないだろう。

〇〇は、私が〇〇を食べる為にずっと一緒にいた、と思っていたらしい。
とんでもない誤解だ。
私は、ただ、〇〇が好きだから、一緒にいただけなのに。

けれど、その誤解は解けた。
それだけじゃない。
〇〇がまた、私の事を好きだ、と言ってくれたのだ。
これで、私達を分かつ物は何もない。


〇〇を抱き寄せる。
…〇〇の温もりがする。

この腕の中の温もりは、
もう二度と放さない。
そう誓いながら、私も、〇〇と一緒に眠りについた。


「ず――っと一緒だよ?〇〇。ず――っと、ず――っと…ね。」
最終更新:2011年05月06日 01:52