○○は幻想郷に来て一年と幾許か。
彼は幸せである。



来て間も無く、○○は美しい女性と知り合った。
ただ道ですれ違っただけであったが、彼女の顔から視線を外せなかった。
彼女は微笑み、短い会話をした後、挨拶をして去った。
名は八意永琳。長い銀の髪が特徴的な腕の良い薬師である。
○○はその美しさに、心を奪われた。一目惚れであった。


歓迎会も兼ね、居酒屋で○○は仕事仲間と呑んでいた。
好みや理想の異性の話で大いに盛り上がった。
○○も遠慮無く喋りに喋った。美しい薬師の特徴を、そして永琳という名前まで。
○○が気付いた時には、仲間からのニヤけた視線に囲まれていた。
恥ずかしさも高揚感に紛らわされ、○○も笑った。
それを遠くから眺める瞳には、妖しい輝きが宿っていた。


翌朝、永琳を見かけた○○は、特に何も思わずに挨拶をした。
「おはよう… ございます」
と、永琳は○○の手を取り、潤んだ瞳で挨拶を返した。
少し甘い香りが○○を包み込んだ。手は痛いほどしっかりと握られていた。
○○は動揺し、心に違和感を覚えたが、湧きあがる幸福感で封じ込めた。


その春、○○は思った。未だ花見をしていないと。
そして次の休みの日、日が昇ると家の戸が心地よいリズムを奏でていた。
こんな朝早くに誰かと、戸を開けると笑顔でバスケットを持った永琳がいた。
「おはよう○○。一緒にお花を見に行きませんか?」
唐突の申し出であったが、○○はデートの誘いに舞いあがっていた。
花を愛でつつ飲んだ不思議な風味のお茶は、○○にとって忘れ難い思い出となった。


その夏、○○は思った。暑い日はざる蕎麦を喰いたいと。
涼しい所を求め歩く○○は、憶えのある綺麗な声に呼び止められた。
「お昼が未だでしたら、一緒にお蕎麦でも食べに行きませんか?」
心が通じていると、○○は素直に感動した。
蕎麦屋でなく、彼女の屋敷に招待された事で感極まった。
手作りの食事が、男を捕えて離さない事を○○が知るのは、もう少し先である。


その秋、○○は思った。永琳と紅葉狩りに行きたいと。
その次の日の朝、家の外では永琳が笑顔で弓を携え待ち構えていた。
「眠れなくて昨日から待ってました。早速もみじ狩りに行きましょう」
○○と永琳は、守矢神社まで腕を組みながら歩き空を仰いだ。
川のほとりに出て○○が空から水面に目を移した瞬間、永琳が弓を構え放った。
○○が振り向いた時には、素敵な笑顔の永琳が見詰め返していた。
心に染みるような獣の鳴き声が遠くから響いた。○○は、この幸せが長くあるように願った。


その冬、○○は思った。独り身での夜は寒いと。
その日○○が仕事から家に帰ると、明らかな気温差に驚いた。
『家の事は全てやらせていただきました。どうか風邪など引かない様に。永琳』
部屋の物は妙に片付き、鍋にはまだ温かな煮物があった。
○○は何の疑問も持たずに、食事を済ませ床に就いた。
人肌の温もりが残る布団で、○○はいつもの香りに包まれて眠りに堕ちた。
夢の中で○○は蝶となり、銀色の美しい花へと誘われていった。



雪解けの季節、○○は永琳と共に永遠亭への引越し準備をしている。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年05月06日 02:00