妹が出来た。
紅魔館の面子とは元から仲が良かった。
自分から出向いてくれる、幻想郷では珍しい男性で、
それでいてメイド長も知らない料理が作れるのだ。
「これじゃ貴方を珍しがってるだけね」と小さな主は苦笑した。
紅魔館に通ってティータイムを過ごす日々が二週間程経った。
その日は菓子を三皿に分けているともう一皿用意するように言われた。
僕は巫女でも来てたのかなと思った。
ところがテーブルで待っていたのは、
確かに紅白の服こそ着ていたが、
金髪で紅眼で、硝子の様に輝く羽を持った少女だった。
「……妹?」
レミリアに聞くと、少女は羽根をぴくんと動かした。
「ええ」
羽根がぱたぱたと動く。
「なんて名前なのかな?」
「フラン、だよ」
「よろしく」
「んー///」
恥ずかしそうにティーカップで顔を隠す。
ちょっと素っ気ない気がして、
嫌われなかったら良いんだけどと思った。
フランは色々と不安定だから、
来客や周りに迷惑をかけないよう普段は地下に隠れてるのだとレミリアに聞かされた。
大分ここにも馴れて来たから会わせたのだと。
フランは終始恥ずかしそうに俯いていたけど、
いざ僕が帰ろうとすると、入口でシャツの裾を掴んで離さない。
「……私も行きたいー」
「妹様、それは……」
咲夜さんがちらちらと僕とレミリアを交互に見る。
ああ、気に入られたんだなあ。
「私は構わないわよ?
○○なら大丈夫でしょ」
レミリアは承諾してこちらを向いた、
咲夜さんは相変わらず困ったような顔でこちらを見てたが、
「フランの好きにすると良いさ」
羽根をぴこぴこと羽ばたかせながら、
僕より少し高い所を飛びながら、
二人で手を繋いで帰った。
「外に出るのは久しぶり」
「いつから出てないの?」
「んー、覚えてない。
ずっと前に宴会に行ったけど……楽しくなかった」
フランの手を握る力が強くなる。
「でも、おにーさまがいるから今日からきっと楽しくなるよ!」
一目惚れとか、そういう事なのかな。
今日初めて出会ったばかりなのに、
えらく好意的な彼女に違和感を感じた。
「ん……お兄様?」
「だっておにーさまは、私を見て妹って言ってくれたよね」
話が噛み合わない気がするけど……まあいっか。
咲夜さんからはフランは精神的に不安定な面が強いと聞いたが、
夕食を作る手伝いをしたり、
他にも家事を率先して手伝ったりとそういう様子は見せなかった。
風呂にやたら長い時間をかけたり、
シンプルな調理に文句を言ったり、そういう所は女の子らしいなぁ。
ただ、風呂に一緒に入るのはごめん被った。
いや流石に人に換算すりゃティーンズに入るしね?
咲夜さんに頭洗って貰ったり背中流して貰ったりしてたからと、
それを理由に手を引いたが何とか断る。
風呂から上がった時泣いていたので、
理由を聞いた所「シャンプーが目に入ったー……」ああもう……
さて、布団は……
フランが既に僕のベッドに寝転び手招きしていた。
そうだなうん僕が布団敷いて寝ようか。
「あー!駄目なの!おにーさまはフランと一緒に寝るの!」
「こらこら無茶言わないの、うちのベッドは狭いんだから……」
フランは目を潤ませて懇願する。
「……ずっと地下に居たから、
誰かと一緒に寝た事が無いの……」
「う……」
強要する気は無いらしい、
僕の手を取ってはいるものの、それ以上引っ張る様子は無い。
「仕方ないな……」
明かりを消して、ベッドに入る。
フランの体はひんやりしてて、絡み付かれても苦痛じゃない。
「おにーさま、おやすみのチュウして?」
「えー……」
「……」
「わかったよ」
軽くキスしたつもりだったが、
ちゅるんと舌を吸われて驚いた。
フランはすぐに「いたずらだよ」と言ったが、
舌先に当たった牙の鋭い痛みが、
やけに体に馴れる。
まるで、僕が望んでこの痛みに甘んじてるような、不思議な感覚。
「おやすみ、おにーさま」
一匹の蛇が身体を這い回る。
白蛇は神の使いだったか、
どうであれその冷たい感触は気味が悪く、
蛇に首を締め付けられる自分の姿を見て、
そこで目が醒めた。
あぁ、夢だったか……
寝汗をかいた様子は無い、
フランはベッドに居なかった。
……台所から焼けた臭いが漂う。
あー、なんだかんだで子供だしなあ。
台所は荒れてしまっただろうが、
うっかりと火事でも起こさない様いそいそと服を着替える。
「あ、おにーさまおはよう」
我が目を疑った。
フランはトーストにジャムを塗った物を作っていた。
よく使い方を知ってたもんだ。
「私これしか出来ないよ……ごめんね」
ありがとうって頭を撫でる。
気持ちだけでも嬉しいけど、
自分の出来る範囲を理解してるのは偉いよ。
あれ、そういえばフランの分は無いのかい?
「え……、もう食べちゃったよ……ごめんね?」
構わないよ、起きない自分が悪いんだから。
朝飯が用意されるのは久しぶりだった。
一度紅魔館に宿泊した時以来か。
あの時は咲夜さんが気を遣って起こさなかったので、
結局昼過ぎに目が覚め、
準夜行性の彼女達はテーブルに俯せて眠っていたっけ。
「明日は僕が作るよ」
フランは首を横に振る。
自分の仕事にしたいらしい。
「……じゃお願いしちゃおうかな」
「うん!」
昼過ぎに咲夜さんが訪れた。
レミリアが昼寝を始めたので様子を見に来たそうだ。
「それで、昨夜はお楽しみでしたね?」
「あなたがそれを言いますか……」
「冗談よ、妹様の様子からすると何とか無事の様ね」
「?……まあ理性が何度か飛びそうになったよ」
「じゃ、大丈夫か……」
何がだよ、と思ったが、
咲夜さんはすっと立ち上がり僕を指差してこう言った。
「妹様を悪く言うつもりじゃないけど、
紅魔館側からの警告と思ってちょうだい」
「何がさ」
「妹様はお嬢様と同じく吸血鬼、曲がりなりにも悪魔の類よ。
余り宗教的にならないよう言うけど、覚悟はしなさい」
時間を止めて消え去った咲夜さんの席には、
数冊の料理本が残されていた。
「おすすめ朝ごはん、簡単につくれる朝ごはん……こっちもか」
いつから見られてたんだ全く……
夕方、
冷蔵庫を見ると前日まであった食糧がほぼ無くなっていた。
……推理すると、
フランが朝食を作る→しくじる→「こんな物出せないよぅ」→破壊→トーストだけ残る。
ってオチ?
「フラン、買い物に行こうか」
「え……いいの!?」
フランは羽根をパタつかせる。
「ああ、誰かが食材を使い込んじゃったからね」
「う……」
「フランの好きな物を作ろうか」
「じゃあ私は○○の好きな物作るよ!」
そうかそうか、
ガーリックライスでも頼んでやろうか。
フランとの生活が始まって暫く。
蛙の鳴く季節になってきた。
まだまだ夏には早いのだが、
ひんやりとしていたであろう地下室暮しの長いフランは、
梅雨の暑さで既にダウンしていた。
「暑いー……」
最初は普通に服を脱ぎ始めたので普通に怒った。
昨日まで三日程大雨が続いていたので、
今日ぐらい涼しくなってくれるだろうかと思ったがそういう訳にもいかず、
初夏の日差しは地面に反射して家を熱していた。
「地下室に帰りた……くない」
帰りたいと言おうとして引っ込めた。
「それなら夏の間だけ避暑に行かないか?」
「ひしょ?」
「暑くない所に行って、暑さから逃げて生活する事さ」
「んー……どこに行くの?
そりゃまあ……地下室が調度良いんじゃない?」
フランは悩んでいる。
妹になるー、と飛び出していった以上、
実家に帰るのは気恥ずかしい物でもあるのだろうか。
「それに、さ。
向こうで暮らす間は咲夜さんに頼めば家事も減るんじゃない?」
「……むー」
しまったこれは地雷だったか。
……好きでやるってのも変な感じだけどなぁ。
「まぁ……○○がどうしてもって言うんなら……良いよ」
「良かった……じゃあちょっと咲夜さんに聞いてみようか」
こういう時に咲夜さんは便利というか何と言うか、
レミリアに頼まれてるようで呼べば出てきてくれる。
「咲夜さーん」
「はい、こちらに」
「かくかくじかじかで地下室を借りたいんだけど……」
「地下室でしたら……」
一瞬咲夜さんの姿がブレる。
確認しに行ったのか。
「調度品はそのままですが、やはり埃が溜まってました。
掃除をしておくので日が暮れたら妹様と一緒にいらして下さい」
「ありがとう、助かるよ」
咲夜さんはにっこり微笑んで去った。
「あーでも、なんか、やだなー」
「何が?」
「お姉様うるさいもん、
服装がはしたないとか、たたずまいがなってないとか」
「あぁ……」
過保護だからな。
「なら僕があげた服なら文句言わないんじゃない?
友達のセンスにケチを付けるような女の子はレディじゃないからね」
「それだと○○にセンスが無いみたいだよ」
「まさか」
里で買っておいた浴衣を押し入れから出す。
夏にはちと早いが、
雨もまだ渇かぬ内だ、それなりの趣はあるだろう。
「どうかな、うさぎ柄」
「おいしそー」
くじけそー。
「……やっぱり花柄にしよう」
「かわいいね!この服」
「浴衣ってんだよ。
里で夏の夜に着る服だね」
提灯持って、下駄履いて、
夕闇の道をぴちゃぴちゃ跳ねる。
とりあえず羽根を出す切り込みを作ってよかった。
パタパタとはためく事からフランが喜んでるのがわかる。
「ね、ね、
これ、パチェやめーりんも褒めてくれるかな?」
「ああ、きっとな」
何着ても可愛いのに褒めない訳ないじゃんと思ったけど、
ちょっとは洒落たままで居たいから黙っておく。
紅魔館が見えて来た。
「……あれ?」
窓から人影が行ったり来たり、
外から見ても慌ただしい雰囲気が伝わってくる。
自分達を迎え入れようとしてる訳では無いようだ、
「何かあったのか?」
フランが手をぎゅっと握ってきた。
来たのを察知したのか美鈴が焦った様子で出て来た。
「やぁ美鈴、どうしたんだ?えらい慌ただしいようだが……」
「○○さん、妹様、大変です!
咲夜さんが……咲夜さんが居なくなったんです!」
メイド長代理は美鈴が行う事になった。
本人は「妖精に話が通じますから」と言っていたが、
表情はやはり暗いままだった。
そしてレミリアは、
ひとまず自分の部屋に僕とフランを招き入れた。
「あぁ美鈴、お客様に何かお茶を」
「あ、はい……」
「貴女が入れられる物で構わないわよ、咲夜もいないしちょうど良いわ」
「かしこまりました……」
レミリア自身も美鈴が不慣れな事、
咲夜さんが居なくなって動揺しているのは認識しているようで、
美鈴も「暫く席を外せ」と受け取ったようだ。
「さて、○○、フラン。
せっかく来て貰ったけど大したもてなしが出来なくてごめんなさい。
順を追って説明する前に何か質問は?」
「咲夜さんが『居なくなった』ってどういう事?」
聞いたところでレミリアはカップを掴もうと……して、指が何も掴めない。
「……運命が見えなくなったの」
「あれは、例え対象が幽霊になろうが天人になろうが幻想郷にいる限り見る事が出来る、
スキマ妖怪のそれの中でもね」
「じゃあ、外の世界に吐き出されたとか、
……時間軸の違う世界から帰ってこれなくなったとか?」
「……そうね、おそらく後者。
どのみち霊夢と紫に頼るしか無いわね」
レミリアはふとフランの姿を見た。
「可愛いじゃない、
咲夜が居たらすぐに私のも仕立てたかもね」
「……ありがと」
素直になったわね、
とでも言いたげにレミリアは微笑み、
「そういう訳で地下室は片付いて無いのよ。
フランの私物は別室に運んでおいたから、そこで寝て頂戴」
「ああ、悪いな……」
カップを取りそこねたり、時々羽が震えていたり、
動揺は隠し切れなかったようだが、
やはり相応に咲夜さんを信頼しているのだろう。
でもなければ、ああも虚勢は張れまい。
ただフランだけが不機嫌なだけだった。
階段を降る途中も俯いたままだ。
「……えい」
ほっぺを指で押してみる。
「む、なにふんのよー」
「はぶてるな」
「はふててないー!」
「ほーれぐりぐり」
「むー!」
ほっぺを指でふにふにしてると、
飲茶セットを片付けた美鈴が後ろから降りて来た。
「あ、○○さん、夕食は中華になりますがよろしいですか?」
気丈に振る舞ってはいるものの、
やはりこちらにも疲れが見えている。
「ああ、お疲れ」
「はいはい」
「めーりーん、○○がいじめるー」
「妹様が可愛いからですよー」
そう言って美鈴ももう片方のほっぺをふにふにし始めた。
「むー!」
怒ったフランを宥める為に、
用意された部屋までお姫様抱っこで行く事になった。
「えへへー//」
羽をぱたぱたされると痛い、ガラス質だし。
しかし我慢。
妖精メイドに茶化されても我慢。
用意された部屋は北窓の日の差し込まない部屋だった。
フランに対する気遣いだろうか。
本人はもう疲れた様子で浴衣のままベッドに横になっていた。
「こらこら、風呂入って、着替えてから寝なさい」
「えー、お風呂入ったら力抜けちゃうもん、
そしたら○○に襲われちゃうー、きゃー」
「きゃーじゃない」
おんぶして浴場まで連れてく。
「あら○○、まだお風呂入って無かったの?」
「ああレミリアちょうどよかった、フランをお風呂に入れてやってくれ」
「えー!お姉様と入る方が危険だよ!」
何言ってるんだか、と思ってレミリアを見ると顔を赤らめて……って、
「図星かよ!」
美鈴に引き渡す事にした。
風呂は一人で入って、
部屋に戻るとフランは既に寝ていた。
まあ、する事も無いし、
明日になったら咲夜さんを探すのを手伝わないといけないので、
そのまま寝る事にした。
ふと時計を見るといつも寝る時間より遅くなっていた。
予想外に忙しくなったからなあ。
「フラン?」
声をかけてみたが、
既に寝入っているようで反応は無かった。
「おやすみ……」
さて、
自分の所に来てから人間のリズムで生活していたフランこそ寝付いたものの、
夜は本来化生の時間である。
美鈴もああ見えてメイドらしい仕事は出来るようで、
僕の枕カバーに手紙を隠していた。
咲夜さんなら時を止めてすっと届けるのだろうが、
彼女なりにフランに見つからない為の細工なんだろう。
そして僕は手紙に書かれたように、
「待っていたわ」
レミリアは物憂げな表情をしていた。
無理も無い、最も身近な従者が居なくなった上に、
「貴方にこれを告げるのは酷だけど・・・」
「或いは、フランが咲夜さんを消したかもしれないって事だろう?」
レミリアが息を呑む。
美鈴は気まずそうに、
パチュリーだけは全てを予見していたかのように平然としていた。
「・・・・・・ええ、ああも存在を抹消出来る存在なんて、
幻想郷においては、フランしか居ないわ・・・」
「具体的な手段は検討がついてるの」
パチュリーがゆっくりと口を開いた。
「そんなの・・・幾らでも有り得るわ」
「手っ取り早く存在を破壊する、二度とこの時間に戻れないように時間を破壊する、
ハクタクのように歴史を破壊して因果を乱す、逆にあらゆる存在の中から「十六夜咲夜」という人物を・・・」
「もうやめて」
レミリアがそれを制する。
「あんなに・・・・・・○○と一緒に暮らしてあんなに幸せそうだったのに・・・
フランが・・・そんな酷い事する訳無いじゃない・・・
あの子を閉じ込めた私がそんな目に合うならまだしも、
毎日自分のの世話をしていた咲夜を殺したりするはずがない!」
「そうだよ」
鈴の音のように、
空気を切り裂いたその一言に、全員が振り向いた。
「私が咲夜に、そんな事する訳無いじゃない」
「フラン、起きてたのか」
「ん・・・///」
僕を見て軽く微笑んだ後、フランはつかつかとレミリアの横に歩き、
「で、そうだよね?お姉さま」
不自然に、肩に手を置いた。
「え・・・?」
「お姉さまが、私を疑う筈が無いよね」
フランは長らく人と接する事が無かった故に、
コミュニケーション手段が乏しいって。
そう言ったのは皮肉にも咲夜さんだったか。
気づかないのは一人だけで、
彼女のその行動は自分が犯人である事を遠巻きに自供してしまっている。
いや、あるいは、
それを自ら行う事で脅しているのか。
『お前も、いずれ、こうなるぞ』と。
「だから、フラン・・・」
レミリアが震えながら口を開いた。
「言ってるじゃない、あなたじゃないって・・・」
「・・・そ」
肩から手を離し、くるっと食卓を向き、
笑顔で、皆に問いかけた。
「そうだよね、美鈴は?パチェは?
小悪魔はここには居ないけど、
私が咲夜を殺したりする訳無いよね?
咲夜もその内ひょっこり戻ってくるよ、きっと!」
まだ隙間妖怪や月の頭脳に頭を下げてない以上、
この状況を打破する事は出来ない。
皆、茶を濁すような反応を・・・
「そうそう」
「○○、やっぱり今日は帰ろう?」
何を、馬鹿な、
「咲夜がいないとやっぱりつまんないもん?
久しぶりに、夜中のお散歩にさ、今日は帰って寝ようよ」
フラン、君は、
余りにも駆け引きを知らなすぎる・・・
最終更新:2010年08月27日 00:18