子供の頃、誰かと約束をした事は無いだろうか?
たわいのない約束、大人になれば忘れてしまうもの。
しかし、それが相手にとって重要な約束だとしたらどうなるだろうか。
そんな事を考えながら、私は参道をゆっくりと昇っていた。
何十年か前、私が子供の頃に遠足に出かけた場所だ。
そして、神隠しにあって数ヶ月間姿を眩ました……らしい。
一緒に居た親曰く、一瞬目を離した瞬間に私の姿が消えてしまっていたそうだ。
両親にも随分心配をかけたものだと、私はいまだに済まなく思っている。二人とも既に彼岸の人だが。
そう言えば、二人に申し訳ないと思っている事がもう一つあった。
この歳になっても、結局伴侶を見つけられず孫を抱かせる事が無かった。
孫自体は弟が子だくさんな為、両親を悲しませる事は無かったけれども長男という事もあって随分期待を掛けてしまった部分があるのだ。
別に全く出会いが無かった訳ではない。何故か長続きしなかったのだ。
最初の彼女は霊感が強かった。何度か逢瀬を重ねた後、別れを告げられた。「霊感が無かったらお付き合い出来たかもしれないのに」
社会人になってからの彼女は、同居時代に不眠や幻覚を見る精神的な疲れによって入院し、そのまま疎遠になってしまった。
人影や変なものが見えると、病室で怯えていたのを覚えている。その後、回復して他の男と結婚し穏やかに過ごしたらしいが。
他にも何人かの出会いはあったが、結局長続きしなかった。
『解ったわぁ、ずっと待っているからね、浮気しちゃ駄目よ』
……? 何か、声が過ぎったような気がする。
私は汗を拭きながら、朽ち果てた神社の境内を眺める。
ハイキングコースからも近くにある新しい神社の参道からも外れた場所にあるこの神社。
ここだ、私が居なくなった場所。両親が道を間違えた事によって迷い込んだ場所だ。
『本当は今すぐでも貴方を○して引き込みたいけどぉ……でもそれやると―――が煩いのよ。だから』
感慨深げに辺りを見渡していると……、動悸が、苦しくなった。
慌てていつもの薬を飲み込み、堪えようとする。医師も言っていた、残りの時間をどう使うか、よく考えてくれと。
こうして、思いでの場所を巡るのも、名残を惜しんでいる、訳、だったが……。
「やば、い。何時も、と、違う……」
いつものように、臓器が締め付けられると身構えていた私の身体から、力が抜けていく。
痛みはない、苦しみもない。寧ろ、何かが自分から抜き取られていく感じが。
『これなら痛くないでしょ○○、ここで貴方の身体がもう持たなくなるのは決まってしまっている事なの、だから私が楽に来れるようにしてあげる』
声が、聞こえてくる。ああ、なんで、今まで忘れてたのだろうか。
行けるはずがない場所に神隠しによって紛れ込んだ私。長い長い階段。大きな日本庭園とお屋敷。
実直で愛らしい庭師と、神隠しとして迷い込んだ私を保護してくれた主人。
『ずっと、ずっと、待っていたのよ○○。本当は貴方に能力を使いたかったけど、約束したから現世に戻したの』
ああ、そうだ。思い出した。子供ながらにとてもよく私は屋敷の主人に懐いた。
ずっと此処に住まうように申し出てきた主人に私は言ったのだ。主人の正体を知っていたから、ちゃんと幽霊になってからと。
『思い出したようね、○○、さぁ、逝きましょうか。あの子も貴方に会いたがっているわ。これからはずっと、永久にずっと一緒よ○○』
ああ、綺麗な蝶々が。私があの人に綺麗だからもっと見せてと言ったあの蝶々が。
数時間後、彼は事切れた姿で土地の管理人に発見される事となる。
最終更新:2011年05月06日 02:47