その日、アリスさんは僕の向かいに座ると開口一番言った。
「約束を果たしてもらおうかしら」
「約束?」
「ええ、結婚の約束。」
思い出した。
子供のころ、僕はアリスさんによくそんなことを言っていた。
ありすおねーちゃん。
そう呼んでた頃と今と彼女の姿は変わることは無い。
「…なつかしいですね。」
「私は今でも覚えてるわよ。」
あなたがオネショして私に泣き付いて来た事もね。と言って彼女は酒を一口飲む。
この人には勝てる気がしない。
「僕も結婚するのにまだそんなこと言われちゃうんですね。」
僕も何とか運命の相手を見つけることができた。
その人が外来人の女性というだけで反対されたが、
「人里と外来村の橋渡し」
などと最近では持ち上げられることも多い。
今日は僕の結婚前祝いで酒場はにぎわっている。
「ええ、全く信じられないわ。」
アリスさんはお酒をテーブルに置き、そのまま頬杖を付いた。
機嫌はいいみたいだ。
「ところでアリスさん。」
「なぁに。○○。」
「今日は男だけの宴会なのですが。」
今日は独身を最後から数えて7日目の夜、つまり結婚式1週間前だ。
結婚式の日程が決まると何故かお互い独身最後だからと婚約者とは分かれて過ごすことになってしまった。
「へー。子供しか居なかったからわからなかったわ。」
この人の前では酒場の店主でも子供だろう。多分。
彼女は視線をお酒の器に移すと、その縁を指で撫でた。
「私は、あなたにいろいろ教えたと思うけど。」
僕も縁を撫でる桜色の爪を目で追った。
「『約束』についてはなんて教えたかしら」
指が止まる。
「『約束は果たす。』」
「よくできました。」
指は器の縁をつかみ、彼女はそのまま一口飲んだ。
満足げなため息をつく。彼女の目が僕を映す。
「そういうことだから」と言ってアリスさんは席を立った。
なんだったのだろう。と思案する暇も無く次の来訪者が僕の前に座る。
だた彼は祝いの言葉を早々に告げるとは今さっきまで座ってた美しい人の話しかしなかった。
彼が言わんとする事はうすうす了解できた。紹介なんてする気は全くなかったが。
次の日、頭が割れそうだった。
後半の記憶が無い。ただし家には帰っていた。
友達の話を聞くとなんでも飛びっきりの美人が僕を連れ帰ったそうだ。
またひとつあの人に頭が上がらなくなってしまった。
次の日、婚約者に会えなかった。
雌鳥パーティーは一晩二晩では終わらないということだ。
「あら、ごめんなさい」
そういうとアリスさんは僕の横を通ってパーティー会場へと入っていった。
次の日、外来村が色めき立っていた。
どうやら博麗神社の巫女が仕事する気になったらしく何人かが現世へと渡ることになった。
僕の友達も帰る決意を固めたそうだ。
またお祝い事の飲み会が開催された。
何故か婚約者の姿は無かった。
次の日、友達が血相を変えて乗り込んできた。
僕の婚約者が現世へ帰ることを決めた。という冗談めいたことを言っていた。
急いで外来村に行くと村は閉め切っていて、僕を拒絶した。
彼女を探すために戸を叩いて回ったが、しばらくすると両脇を誰かに抱えられ無理やり追い出された。
その夜結界が開き、何人かの外来人が現世に帰ったという。
次の日、僕は失意の底にいた。
伝聞だが、彼女は女性側の宴会が終わってから雰囲気が変わり、
結界が開くと知るや周りの止める声も聞かず現世に帰ったと言う。
結婚資金という名目の金も神社に渡ったそうだ。
人里と外来村で僕達のことが騒動になっているらしいが、彼女が幻想郷に居ない今どうでもよかった。
次の日、周りから誰も居なくなった。
外来村では、どうやら僕が誰かと浮気をしていたなどの下世話な噂が立っているらしい。
宴会で美人に詰め寄られていたと、具体的な噂だという。
人里は、人里でまた外来人を排他できる事案が出てきて早速行動に移している。
そんなことを一々伝えに来る友人が疎ましくなり追い返した。
もうなんだか疲れてしまった。
次の日、手持ちの金全てを酒に変えて一人引きこもっている。
酒場の店主は何も言わず淡々と酒の手配をしてくれた。
どうやら今日は誰かの結婚式があるはずだったそうでその分酒が余っているようだ。
それから、やることは浴びる様に酒を飲むことしかしていない。
酔うことに集中すると酒の回りも早いらしく視界が定まらない。
手元が狂い酒が零れる。
「あらあら。だらしないわね。」
揺れる視界に台拭きが横切る。
当たり前のようにアリスさんがいる。
「私も貰おうかな。」
彼女は自分の器に酒を注ぐ。かんぱい。といって彼女は僕に器を傾けた。
「どどど、どうして」
呂律と頭が回らない。いつどうやって入ってきたのか。
器から口を離して、「彼女のこと残念だったわね。」とアリスさんは言った。
「…どうでもいいでしょう。あなたには。」
「あら、怖い。」
そしてもう一口。
「この前、彼女と少し話したわ。」
「…この前」雌鳥パーティーのときか。
「あなたと一緒になれて嬉しいのが半分、もう帰れなくなった悲しみ半分。そう言ってた。」
「だからこう言ってあげたの。素直になりなさい。って」
このとき僕はどんなに揺れてもアリスさんを外さない自分の視界が不思議だった。
彼女の蒼い瞳が僕を映す。
「本当にタイミングが悪かったわ。霊夢が仕事をするなんて思ってなかったから。」
アリスさんは幻想郷の有力者と仲が良かったはずだ。
それならば、知っていたのではないだろうか。結果が開くことも。
「返す返すも残念だわ。」
アリスさんは上機嫌だ。この前と違い酔いのせいには見えない。
「…アリスさん、もしかして」
「○○、約束のためには最大の努力をするべきよ。」
彼女は器を飲み干すと、空になっちゃったと言って次の酒を注いだ。
最初からわかっている。この人には、敵わないのだ。
「…ひとついいですか。」
「なぁに。○○」
「僕を素直にしてください、と言ったらどうしますか」
彼女は僕の器の上に手をかざすとすっと上の空間を撫でた。
酒の水面が少し揺れた気がした。
「さぁ改めて乾杯しましょ。二人の門出に。」
勝者が全てを得る。
僕は彼女に器を傾けて、一気に仰いだ。
最終更新:2011年05月06日 02:48