「すみませんね、旦那、面倒を防ぎたいんで外来の人はお断りなんですよ」

申し訳なさそうに頭を下げられ、そそくさと店頭から追い出される。
此処は娼館。といっても数人だけの女性が居る性的なサービスを受けられる小さな場所だったが。
夜這いの習慣があり、基本的には夫婦間で性的な欲求を補完させるのが人里の性処理事情だ。
しかし、それでもあぶれたりもよおしてしまう場合もある。
それらを合理的に消化する為、こうして小規模の風俗店が存在する。
だが、何故かこの店を外来人が利用する事は出来ないのだ。
今日もまた、新入りらしい青年が残念そうな面持ちで、彼らの多くが住む共同住宅の方へ歩き去っていく。

(すまないねぇ、あんたら入れるとどんな厄介事が降りかかるか解ったもんじゃないんだよ)

この店の管理が長い所為か、祖父が凄腕の猟師だった所為か、店主は感が非常に鋭い。

(見たところ、あんたは気付いてないだろうが……)

店主は視線を感じていた。そして、店から離れた場所にある杉の影から見覚えのある人形遣いがじっと見ているのを。
彼女の目は爛々と、そして瞳孔に光が無くまんじりと青年を見詰め続けていた。

(全く背筋が寒くなるねぇ。それなりに力のある妖怪だと店そのものが吹き飛ばされてしまうわな。
ただでさえ外来人絡みの痴情や痴話喧嘩は異変級の危険が伴うんだ、巻き込まれたら堪らないよ)

店主は杉の辺りをチラリと見やる。そこには既に誰も居なかった。
大方、青年の後を追いかけて行ったのだろう。場合によっては、青年に大して実力的な行動に移るかもしれない。

(そりゃまあ、愛しの男が風俗店に入ろうとなんてしたら焦るか、男が溜まっている、と判断するだろうよ)

あの手の思い込みが深い女性は、極端に悲観的か肯定的に事態を捉える。
こういうケースであれば男に対して感情を爆発させるか、溜まっている性欲を『自分で』解消させようとするに違いない。

(ま、金子を払わずに性欲を解消出来るかもしれないんだ。悪い話じゃないとは思うぞ……多分)

あの手の女性が繰り広げる業の深い世界を時折耳にしている店主には、この後青年がどんな目に遭うかは理解できる。
だが、どうする事も出来やしない。歪んだ愛が日々振りまかれている幻想の郷で、こんな憂いが何を救うというのだろうか。

(まぁ、店で春を買うよりは自分を慕ってくれる女性との営みの方が健全ってなもんだろう……あくまで、多分)


数日後、店主はげっそりとした青年と腕を組んで艶やかな肌色の人形使いを見かけるのだがそれはまた別の話。

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最終更新:2011年05月06日 03:02